がん細胞の確率論的形質遷移とマルコフモデル(がん幹細胞とは?)

分子生物学の最高峰誌であるCELLに掲載された、才人E. Landerによる腫瘍細胞の中のがん幹細胞から非幹細胞への遷移、および逆に非幹細胞からがん幹細胞への遷移がマルコフモデルで記述できるという論文http://www.cell.com/abstract/S0092-8674%2811%2900824-5についての解説をまとめました。
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Jun Yasuda @jyasuda1

(Lander論文9)FACSでの各細胞の分離の純度は平均96%であった。6日間分離してから培養したが、急速に分布は元に戻った。一方で、各分画の増殖速度はそう変わらなかった。

2011-08-21 18:26:46
Jun Yasuda @jyasuda1

(Lander論文10)そこで各増殖サイクルにおいて確率的に状態が遷移すると仮定してモデルを作成した。この際、状態の遷移確率はその細胞の現在の状態にのみ依存して決定され、以前の状態には左右されないと仮定した。 以下、各細胞の「様」の字を略する。

2011-08-21 18:27:10
Jun Yasuda @jyasuda1

(Lander論文11)計算すると基底細胞が主であるSUM159の幹細胞は分裂後に基底細胞になる確率が0.35で、管腔細胞になる確率は0.07であった。一方管腔細胞が主であるSUM149の幹細胞が管腔細胞になる確率は0.30であるのに対し基底細胞になる確率は0.09であった。

2011-08-21 18:28:06
Jun Yasuda @jyasuda1

(Lander論文12)このモデルは意外な予測を立てることができた。まず、基底細胞が多いSUM159の幹細胞を培養した場合、単純量的モデルでは想定できない管腔細胞の培養1日目の上昇(理論値では最大7.3%、実測6.5%)を予測した。

2011-08-21 18:28:32
Jun Yasuda @jyasuda1

(Lander論文13)第二に、基底細胞も、管腔細胞も幹細胞様細胞になる確率がゼロではないというものである。正常組織における通常の「幹細胞」は幹細胞から分化した細胞は幹細胞にもどることはないとされている点で異なる。

2011-08-21 18:28:50
Jun Yasuda @jyasuda1

(Lander論文14)さらにこれらの確率の決定因子の一つとして、TBX3遺伝子を同定した。shRNA実験によってTBX3は基底細胞への分化の確率が上昇した、基底細胞への分化誘導に貢献していることが分かった。 

2011-08-21 18:29:04
Jun Yasuda @jyasuda1

(Lander論文15)この分布の平衡化現象は非幹細胞様細胞が組織中である程度生き続けられる実験条件においては移植マウスにおいても同様に認められた。通常の移植条件においては予想通り幹細胞様細胞のみが生き残った。

2011-08-21 18:29:18
Jun Yasuda @jyasuda1

(Lander論文16)がん幹細胞の議論のポイントである薬剤感受性の変化についてもマルコフ過程によるモデルで説明できることも示した。薬剤存在下での各細胞の各状態における遷移確率、生存率がそれぞれ一定であるという条件でシミュレーションすると、実際に得られる細胞分布をよく反映した。

2011-08-21 18:29:33
Jun Yasuda @jyasuda1

(Lander論文17)今回の研究で最もインパクトがあるのは、培養細胞が時間経過とともに分化状態が平衡状態に達するという現象は、数学の基本的な定理である、有限状態マルコフ連鎖についてのペロン‐フロベニウスの定理で説明できることを示した点である。

2011-08-21 18:30:03
Jun Yasuda @jyasuda1

(Lander論文18)このペロン‐フロベニウスの定理とは「時間が経つにつれてマルコフ連鎖は、初期分布に関わりなく、定常分布に収束する」というもので、その前提条件から、今回の実験では各細胞の各状態の遷移確率が不変であり、細胞間の相互作用によるものではないと考えられる。

2011-08-21 18:30:19
Jun Yasuda @jyasuda1

(Lander論文19)正常組織中では幹細胞はニッチという微小環境からシグナルを受取り、その機能を維持するが、がん細胞では内部ゲノムの障害のせいで確率論的に幹細胞性を獲得しうると解釈できる。

2011-08-21 18:30:34
Jun Yasuda @jyasuda1

(Lander論文20)論文によれば今回のケースのような、細胞の分化状態の遷移は正常組織でも観察されている。ここで面白いのは一切iPS関連の論文を引用せず、全く別個のタイプの実験のみを引用していることだ。

2011-08-21 18:30:56
Jun Yasuda @jyasuda1

(Lander論文21)さらに、正常細胞でも条件によっては他の細胞に遷移しうることを考えると、がん幹細胞の概念が正常の幹細胞と極端に異なるとは言えない、とある。

2011-08-21 18:31:13
Jun Yasuda @jyasuda1

(Lander論文22)がん幹細胞を治療標的として考えた場合、この遷移を抑制するような治療と併用すれば効果があるだろうとも指摘している。

2011-08-21 18:31:36
Jun Yasuda @jyasuda1

(Lander論文23)今回のマルコフモデルはがん細胞の薬剤感受性など、確率論的な遷移を伴う多くの系に適用できる。逆にそのような実験系ではマルコフモデルによる遷移率の推定を行う必要がある、としている。

2011-08-21 18:31:52
Jun Yasuda @jyasuda1

(Lander論文24)数学に弱い研究者としての感想、コメントであるが、まずは単なる観察に終ってきた培養細胞の平衡の問題が比較的簡単な数学モデルで説明できる、というのは大変面白かった。しかし、何回の細胞分裂で観察上平衡に達するか、について議論がなかったように思う。

2011-08-21 18:32:51
Jun Yasuda @jyasuda1

(Lander論文25)まずTBX3のshRNAの実験に見られるように、各細胞の遷移の確率を決定している因子はなにかを探る実験が興味深い。論文中にもあったが、細胞分裂時に転写因子などが姉妹細胞間で不均等分布する効果などもあるだろう。

2011-08-21 18:33:10
Jun Yasuda @jyasuda1

(Lander論文26)全体としてのインパクトだが、例えばシャーガフ則(生物のDNAのGとC、AとTはそれぞれほぼ同じ比率で存在する)の説明としてDNA2重らせん構造の解明があったわけだが、とてもそこまでは行かない感じ。例えば非幹様細胞から幹様細胞が出来るということ自体は既報。

2011-08-21 18:34:28
Jun Yasuda @jyasuda1

(Lander論文27)がん幹細胞という概念に対して、ある程度擁護的というか、治療標的として研究している科学者に配慮している様子がありありとうかがえる。自分たちの論文をがん幹細胞研究の攻撃材料にしてほしくない、という感じ。

2011-08-21 18:34:46
Jun Yasuda @jyasuda1

(Lander論文28)前にもつぶやいたが、実は意外に応用できる実験は少なそうに思う。また、本文では触れられていないが、細胞周期ごとに使われたマーカーが各細胞ごとに一定という保証は全くない。系を下手に選ぶと細胞周期ごとに細胞を分画しているだけになってしまう可能性もある。

2011-08-21 18:35:44
Jun Yasuda @jyasuda1

facebookの私のページのノートに上記まとめの抜粋を掲載し、さらに一部追加コメントを致しましたので、見てみてください。http://t.co/YbAjKWL http://t.co/9bPMKSN

2011-08-21 22:56:40
【非公式】ひろ@猫もふ欠乏症 @hiro_h

@jyasuda1 各細胞状態は、分裂なしに遷移しない、というのが前提になっているように見受けられますが、この点は正しいのでしょうか…?

2011-08-22 10:46:15
Jun Yasuda @jyasuda1

@hiro_h それはいい質問だと思います。私もよくわからなかったので、論文を見たのですが、per divisionで確率計算をしています。変な話ですが、ニワトリと卵の議論に似ているのではないかと。

2011-08-22 10:57:11
【非公式】ひろ@猫もふ欠乏症 @hiro_h

@jyasuda1 なるほど、むしろ実験or観察で確かめるのが良さそうですね…!

2011-08-22 10:58:48
Jun Yasuda @jyasuda1

@hiro_h 数千個の細胞をtime-laspで見ないといけないので今の技術では面倒くさすぎると思う。

2011-08-22 11:01:52