【2021年9月】1日1SSセルフまとめ

すべてフィクションです
0
小椋 杏/おぐら あん @ogura_anne

生温い風が吹いていた。見上げた空の雲行きは明らかに雨の気配を孕んでいる。早く雨が降ればいいのに。雨が好きな訳じゃないけど雨上がりの清浄な世界はわりと好きだ。そんなことを思っている間にもぽつりぽつりと雨粒が落ちてくる。醜いもの穢れたもの全て、この雨に流れて消えたらいい。 #TwitterSS

2021-09-01 22:23:50
小椋 杏/おぐら あん @ogura_anne

睫が頬に落とす影まで綺麗だった。一筋流れて落ちた涙も。 こんなことを考えている場合じゃない。 何でもいい、とにかく君を元気付ける言葉をかけなきゃと思うのに。 おろおろしている僕の様子を見て君は、泣きながらもくすっと笑った。 「もう。雰囲気ぶち壊し。もっと泣きたかったのに」 #TwitterSS

2021-09-02 23:35:01
小椋 杏/おぐら あん @ogura_anne

おとなになったらヒーローみたいになれるはずだった。でも実際にそんなことはなく、むしろ子どもの頃の方がもっとかっこよくて強かった。それでも戻りたいとは思えない。 世界に立ち向かう自分はちっぽけな存在だと知って、だからこそこの広く大きな世界を泳ぐのが、はちゃめちゃに楽しい。 #TwitterSS

2021-09-03 23:25:11
小椋 杏/おぐら あん @ogura_anne

……随分長いこと眠っていたらしい。絶え間なく夢を見ていた気がするけれど、目が覚めたそばからそれはどんどん褪せてしまう。身体を起こそうとしてうまく動けないことに気がついた。どうして。 「──気分はどう?」 震える声に視線を移すと、見知らぬ老婆が目に涙を溜めて僕を見ていた。 #TwitterSS

2021-09-04 22:00:14
小椋 杏/おぐら あん @ogura_anne

行く先が見えずに途方に暮れていたぼくに、手を差し伸べてくれたのはあなただけでした。だからぼくはあなたのために力になりたい。決意を込めた言葉をあなたは豪快に笑い飛ばした。きみはきみの幸福だけを考えなさい、と。涙が止まらなかった。 どうしたら、あなたのように強くなれますか。 #TwitterSS

2021-09-05 22:50:54
小椋 杏/おぐら あん @ogura_anne

空が狭くて地上が明るすぎて、星が見えない生活にもすっかり慣れた。でも平気な訳じゃない。平気な振りをするのがうまくなっただけ、その分、心の内側は歪んでしまった。息が詰まってしまう前にもう一度、満点の星空を見に行きたい。 あの場所のあの星空が、あの頃のままでありますように。 #TwitterSS

2021-09-06 23:42:17
小椋 杏/おぐら あん @ogura_anne

逃げたくなったらいつでもおいで。 駄菓子屋のおばちゃんがにっこりした。 逃げたくなったら。あの時は解らなかったけど今なら解る。今のあたしが逃げて行ったら笑われるだろうか。 笑われてもいい。 だって「いつでもおいで」って言ったのはおばちゃんだもの。 追い返されたらどうしよう。 #TwitterSS

2021-09-07 23:22:10
小椋 杏/おぐら あん @ogura_anne

随分と見くびられたモンだ。そんなオモチャを振り回して、俺様に手傷を負わせられるとでも? 伝説の剣? そりゃあおまえさん、騙されたんだな可哀想に。俺様は逃げも隠れもしねェ。しっかり腕を磨いて、もっと強くなって来な。ここにでんと構えて待っててやる。 こう見えて気は長ェんだ。 #TwitterSS

2021-09-08 21:57:02
小椋 杏/おぐら あん @ogura_anne

風の泣く夜、ひとり毛布に包まっていると古い記憶が忍び寄ってくる。ああいけない。取り込まれないようにすればするほどそれは、密やかに強かに心を侵す。きっとこれは一生、私に取り憑いて離れない。小さな闇の中で息を付く。この命が尽きるまで、付き合うしかない。そういうことなのだ。 #TwitterSS

2021-09-09 20:32:50
小椋 杏/おぐら あん @ogura_anne

気がついたらあのひとの痕跡が消えていた。誰もが口を揃えて「そんなひと知らない」という。あたしだけが幻でも見ていたのだろうか? そんなことはない。あのひとは絶対にいた。目を閉じればまだ脳裏に鮮やかにあの笑顔が見える。 あたしだけはきっと、あのひとのことを覚えてるんだから。 #TwitterSS

2021-09-10 19:32:14
小椋 杏/おぐら あん @ogura_anne

「どうして笑っているの?」 尋ねられてはっとした。笑っているつもりはなくてむしろ泣き叫びたいくらいなのに。笑うのも怒るのも泣くのも下手くそで「何を考えてるか解らない」ってよく言われたっけ。唇の端が引き攣れたようになった。 周りには、笑っているように見えるのかもしれない。 #TwitterSS

2021-09-11 21:28:05
小椋 杏/おぐら あん @ogura_anne

ちょっと待て。 僕の主観は僕のもので、だから君の主観はどうでもいい。違うことを「違う」と認識して初めて全うな関係になれるだろう? は? そうか、それはあくまで君の主観でどうやら僕とは異なるようだ。 主観が異なるから解り合えることはない、なんて。 誰が決めた価値観なのやら。 #TwitterSS

2021-09-12 21:01:50
小椋 杏/おぐら あん @ogura_anne

今日はどんな一日でしたか? いいことがありましたか? 美味しいものを食べましたか? 明日の準備は完璧ですか? 明日もいい日になるといいですね。 明日のあなたが、できるだけたくさん笑って過ごせますように──なんて。 決して届きはしないのに。 あなたの幸せを祈りながら眠りにつく。 #TwitterSS

2021-09-13 23:37:37
小椋 杏/おぐら あん @ogura_anne

アザミの花言葉は「わたしに触れないで」だそうだ。あの佇まいでは確かに、とも思うけれど、人一倍傷つきやすくて虚勢を張った結果かもしれないのに、なんて考える。 刺々を避けて花弁にそうっと触れることならできる。 そういうやさしさを待ってるんでしょう? 私はあなたに、触れたいよ。 #TwitterSS

2021-09-14 21:25:25
小椋 杏/おぐら あん @ogura_anne

悪戯な風にお気に入りの麦わら帽子が拐われた。あっと叫んだときにはもう随分飛ばされていて、慌てて駆け出したあたしが目にしたのは、見知らぬ誰かが力強く麦わら帽子を捕まえるところだった。お礼と共に受け取ってしっかりと被り直した麦わら帽子のつばの先で、その笑顔は輝いて見えた。 #TwitterSS

2021-09-15 23:38:22
小椋 杏/おぐら あん @ogura_anne

取り出した棒をしゅっと箱に擦りつけた。 その直後の匂いはわりと好き、ぼわっと膨らんだあと軸に絡みつく炎も。指先に熱を感じたら耐熱ガラスのお皿に置く。すーと炎が消えるのを見届けると、使命を遂げたような神妙な気持ちになる。 いつか、大きく燃えさかる炎を見たくなるんだろうか。 #TwitterSS

2021-09-16 23:25:24
小椋 杏/おぐら あん @ogura_anne

いつか迎えに来るから、と貴方は言いましたね。私はその言葉を信じて今日も、貴方が現れるのを待っています。もう何年経ったのか定かではありません。それでも私は貴方を待ちましょう。 今となっては嘘みたいな誓いです。 でもあの瞬間の貴方の瞳には、真実の光しかありませんでしたから。 #TwitterSS

2021-09-17 22:38:25
小椋 杏/おぐら あん @ogura_anne

ちいさくてつやつやした黒い石の中には神様がいる。この世界を消したいほど憎くなったらそのときには、真っ先に私の殻を壊しておくれ。神様が何を思ってそう言ったのかは解らない。そしてそう遠くない未来にわたしはきっと、神様の殻を壊すことになるだろう。 今はまだ。そのときじゃない。 #TwitterSS

2021-09-18 22:58:18
小椋 杏/おぐら あん @ogura_anne

それは巡り合わせの妙だった。 僕が三分寝坊していたら。 彼女が二分早く家を出ていたら。 僕たちはその瞬間に立ち会うことはなく、僕と彼女の人生という数直線に接点はなかった。運命なのか偶然なのか。彼女と議論を闘わせた結果。 運命の偶然或いは偶然の運命──そう呼ぶことに決めた。 #TwitterSS

2021-09-19 22:30:21
小椋 杏/おぐら あん @ogura_anne

祖母がくれたお土産は、小箱に詰まった五人の童人形だった。人形、といっても手や足はなく、ころんとまあるくて、見ようによってはおくるみでくるまれた赤ん坊のようでもあった。 おとなになってそれは「お手玉」だと知った。本来の遊び方で遊んだことは一度もない。ごめんよ、童人形たち。 #TwitterSS

2021-09-20 22:35:44
小椋 杏/おぐら あん @ogura_anne

ぼくの名前は、雨月、という。 名付け親は母方の祖父で、ぼくが物心つく前に鬼籍に入ってしまったので由来は知らない。見えない月を思う風情、見えないものを愛でる心──というネット記事を読んで、祖父が雨月と名付けた由来が解った気がした。 中秋の名月は、分厚い雨雲の向こうだった。 #TwitterSS

2021-09-21 21:05:08
小椋 杏/おぐら あん @ogura_anne

別れ際、ばっちゃが手を振りながら叫んだ。いつかあの夢の意味が解る、と。問い返そうにも溢れる人波に揉まれて見る間にばっちゃは遠ざかった。あの頃のばっちゃと同じくらいの年寄りになったが、未だにばっちゃのことばの意味は解らないままだ。長く息をつく。 夢のように過ぎた生だった。 #TwitterSS

2021-09-22 23:20:00
小椋 杏/おぐら あん @ogura_anne

粉々に砕けた硝子が二度と戻れないように。 傷ついた心は決して元には戻らない。 ぼくが受けた傷よりもなお深く抉るように、あのひとを傷つけることもできるのかもしれない。けれどそうしようとは思えなかった。 あのひとは唯一無二でだいじなひとで。 傷ひとつ無くまっさらでいるべきだ。 #TwitterSS

2021-09-23 23:01:50
小椋 杏/おぐら あん @ogura_anne

雷が鳴ると椎茸が生えるらしい。 人間も雷みたいな何かに打たれて初めて芽生えるものがあるんじゃないか。アイツの怒声は轟く雷鳴で、それを浴びるように生きてきたのだから、絶対に芽生えるものがあるはずだ。 そう信じてきた。 確かに芽生えたそれは大きく膨らんだ。 もうじき、爆ぜる。 #TwitterSS

2021-09-24 23:55:12
小椋 杏/おぐら あん @ogura_anne

雨の前兆は嫌いじゃない。 重ったるい分厚い雲、今にも滴がこぼれ落ちそうな空模様をちらちらそわそわ伺うのも悪くない。絡みつくようなしっとりした空気は苦手なんだけど、それも雨の前兆の一部だと思えばどうにでもなる。 ああ、まだだ。まだ降るな。 もうちょっとで会社に着くんだから。 #TwitterSS

2021-09-25 22:46:22