藤田直哉氏と佐藤雄一氏による、マジックワードに関する議論から詩歌の朗読パフォーマンスイベント「サイファー」のコンセプトまで

「内輪でたむろってるノリが、貫環境的に残るリズムを生みだすようなコミュニケーションになるようエクササイズ」という視点は、詩だけでなくネット、オフラインにも派生する面白いモチーフではないでしょうか。 発端となった藤田氏の議論も、広い意味での対話における語の原理的問題のように感じます。 長いタイトルになりましたが、それでも抜け落ちている論点の多々ある、内容の濃い議論だと思います。 ※発言の内容を見て、やや時間順でない形で編集しました。問題ありましたら手をいれてくだされば幸いです。 ※誰でも編集可です。
人文 低評価された詩人の粘着やな ネット 批評
2
藤田直哉@震災文芸誌『ららほら』 @naoya_fujita
「構築なき脱構築」ってのは、日本にはヨーロッパのような近代文学のようなものが確立してないから、ミステリーなどの作品内部で「構築」をやった後に「脱構築」をするという二段階が必要だ、という話だったと思う。そして、僕は優れたアニメやマンガというのは「構築」に凄く労力を使っていると思う
藤田直哉@震災文芸誌『ららほら』 @naoya_fujita
オタク文化が「構築なき脱構築」なんて言ったら、怒られるのではないかと思う。消費者はそうなのかもしれないが、優れたアニメやマンガ、ゲーム、それからフィギュアでも絵でもエロゲーでも、「構築」の強度を感じるものは多い(構築の意志なしにアニメを作ることなんて現実的に出来ないだろう)
藤田直哉@震災文芸誌『ららほら』 @naoya_fujita
その上で、「構築して脱構築」する、例えば『エヴァ』なんかそうでしょう。前半、脚本やキャラクター、そして作画や音楽を如何にしっかり作っているか。『まど☆マギ』の場合だって、凄く緻密に構築してあったと思うけど(こっちの場合は既に「魔法少女モノ」という形式が構築されてあった)
藤田直哉@震災文芸誌『ららほら』 @naoya_fujita
そもそも本音を言えば、「脱構築」っていう言葉の内容も意味も、何冊解説書を読んでもデリダの本を読んでも、僕は理解できない。もう使うべきではない言葉なのではないかとすら思っている。あるいは、「自分はこういう意味で理解して使う」と毎回注釈しなきゃいけない言葉なのではないかと。
藤田直哉@震災文芸誌『ららほら』 @naoya_fujita
こういう魔術的術語化をデリダ本人はどう思っているのか、戦略的にそれが必要で有効だと思っているのか、それとも違うと思っているのか、今となっては書いたものから推測するしかないわけだけど、それも解釈の話になるので、誰にもわからんね
藤田直哉@震災文芸誌『ららほら』 @naoya_fujita
「脱構築」自体が悪いわけでも、それを使っていらっしゃる立派な学者や評論家の方を批判する意図はないんだけど、「脱構築」の受容史と、論者ごとの使用ニュアンスの違いをまとめて一冊本にしてくれたら本当に便利だと思うことしきり。
藤田直哉@震災文芸誌『ららほら』 @naoya_fujita
wiki「脱構築という思想においては、「脱構築という思想そのものもまた、つねに脱構築され、つねに新たな意味を獲得していく」ということを意味しており、それぞれの哲学者によって、またその発言の機会によって、主張の主眼が異なる。だが、この不定形さを受容することそのものが、脱構築である」
藤田直哉@震災文芸誌『ららほら』 @naoya_fujita
デリダが言ったとされる二項対立解体とか多義性とかヨーロッパの形而上学システム解体とかの意義は一般論としては分かるんだけど、具体的な彼のテクストの中での「脱構築」と、それの影響を受けて使用する人の使い方は、下記の性質のせいでもうさっぱり分からない。
Master.T @Master_Tea2
@naoya_fujita 忠実に「脱構築」やってると、同じ論者でも「脱構築」の内容とか指示対象さえも常に変動しているはずだから、静的に捉えること自体は難しいように思います。その場その場のコンテクストを押さえるしかないのかな。
藤田直哉@震災文芸誌『ららほら』 @naoya_fujita
.@Master_Tea2 それってなんでもいいってことになりませんか? デリダはおそらくそうやって「脱構築」という言葉が融通無碍に流通し、それが毒でも薬でもあり、多義性を持つという状況自体を意識的に作ったと思いますし、その批評性と造語力には感服せざるを得ないのですが
Master.T @Master_Tea2
@naoya_fujita 粗略にいうと、言葉として固定してなくても、コンテクストの中では理解できる、というようなことでしょうか。「パルマコン」という単語が、「毒」をさすのか「薬」をさすのかは、文脈の中で了解するしかないように。
Master.T @Master_Tea2
@naoya_fujita で、互いが文脈を読み間違えると大惨事に(笑)。京都人と他地域の「お茶漬け」を巡る話もそうでしょうか。お互いが「お茶漬け」の意味を脱構築されるというアレ。
Futoshi Hoshino @nosnino
@naoya_fujita ご無沙汰しています。精密な議論が必要とされる話題ですが、基本的には仰ることに同意します。手前味噌ながら脱構築については最近短文を書いたのですが、そこでの私の苛立ちは藤田さんのそれと通じるところがあると思います。 http://t.co/8BCju2H
藤田直哉@震災文芸誌『ららほら』 @naoya_fujita
.@nosnino ご無沙汰しております。そして、ご紹介ありがとうございます。僕は、基本的にデリダや、ちゃんとある程度言葉の内容を説明して使ってる方に文句はないのですが、作品研究の際に、作家が説明なく「脱構築」と言い出したときに途方に暮れるという実践面で困ってる感じです
藤田直哉@震災文芸誌『ららほら』 @naoya_fujita
まぁ、研究や評論の都合のために作家は言葉をちゃんとするべきだなんていうのは、明らかに倒錯なので、好きに使うのが当然作家であるというのは分かっていても、本当に泣かされる
藤田直哉@震災文芸誌『ららほら』 @naoya_fujita
「定義」できなくて、「多義的」で曖昧で毒でもあり薬であり、好き勝手に言葉だけが流通する…… まるで「神」や「文学」や「アート」のように。そういう限界概念(だったか?)を人工的に作り上げて流通させることで、そのシステムを知り抜いていると、そしてそれが言語の問題であるとする点は凄い
藤田直哉@震災文芸誌『ららほら』 @naoya_fujita
しかし、僕はデリダの良い読者ではないので、勝手にそう読んで「スゲー」と言ってるだけなので、厳密に言えば、多分違う。
藤田直哉@震災文芸誌『ららほら』 @naoya_fujita
誰も正確な意味や定義に到達できないが故にその言葉が強い流通力と魔術的術語としての魔術性や権威性を獲得する。こんな悪魔的な単語をシミュラークル(偽者)として人工的に作って流通させ、言葉と認識のシステムを暴露したデリダは凄いが、「日本語」の伝統にそれが有効かということは悩むところ
藤田直哉@震災文芸誌『ららほら』 @naoya_fujita
聖書の矛盾とか曖昧なところとかわけのわからない単語とかメタファーとか解釈しまくって哲学や思考システムや文学や言語に食い込んでいる伝統のあるところでそれをやるインパクトは、日本ではないんじゃないかな、と思ったりする。
佐藤雄一(Sato Yuichi) @yy_sato
@naoya_fujita 「爆発力」とかもマジックワードですね。
藤田直哉@震災文芸誌『ららほら』 @naoya_fujita
.@yy_sato マジックワードというか、僕があんまり定義とか論理性にこだわらないで作品に感想を言う際の言葉ですので。作品の良さは「論理」だとは限らないと思うので(論文やエッセイは論理的かつ定義つけて書いたほうがいいかもしれませんが、感じることは論理的ではないので)
藤田直哉@震災文芸誌『ららほら』 @naoya_fujita
論理の飛躍と適当さがある程度許される、学術研究ならぬ批評故の「面白さ」とも関わるので、これも良いとも悪いとも言えなかったりして…… 
藤田直哉@震災文芸誌『ららほら』 @naoya_fujita
教授とか学会とかに「この語の定義が……」とか「論理の飛躍が……」とかしばかれ続けた院生は、日本では理解しうる心性になるのではないかと思う。フーコーのディシプリン批判とかとセットで。でもその場合は、教授と学会が「構築」への抑圧として機能していて、それで初めて理解できる。
藤田直哉@震災文芸誌『ららほら』 @naoya_fujita
しばいてくれることの重要性をつくづく感じる。それへの反発が生み出したものを理解するためにも、しばかれないといかん。しばかれて腐って悪口を言って「学会が間違っている」「制度が間違っている」とか文句言って、それでも自分がダメなのかも……と悩む過程そのもので何かが分かる、という。
佐藤雄一(Sato Yuichi) @yy_sato
@naoya_fujita なるほど。ただ、「批評家」が顕名でいう以上「責任」はとるということですよね?つまり「爆発力」ということばを仮に「自分の好み」や「定義とか論理性」にこだわらず使ったとしても、そのクライテリオンにもとづいて、「批評家」が判断した場合(・・・)
残りを読む(66)

コメント

永瀬恭一(一人組立) @nagasek 2011年8月27日
タイトル長すぎたので直しました。
tgt @doniakatu 2011年8月28日
naoya_fujita 藤田直哉 僕の勝手な、狭い範囲だけを見て好みだけで決める「新しい詩」の表現では、@ni_kaさんのブログ詩、AR詩が群を抜いていて、次に和合亮一+ポエムマン+匿名掲示板の駄コラ詩が来て、サイファーや『骨折りダンスっ』は少し爆発力が足りてない気がする。
tgt @doniakatu 2011年8月28日
yy_satoつう人がせこいのは自分に不利な評価や発言をスルーしてるところ。粘着すげええええしか思わない。
tgt @doniakatu 2011年8月28日
詩なんて興味ないが、さんりおにポエムマンより低評価された詩人とやらが、それを明示しないでさんりおランスに粘着しただけに見える。 そんで身内のまとめ。yy_satoがkdrnのは手前に不利なツイートをスルーしてるところだろう。これが身内ですね分かります。
ログインして広告を非表示にする
ログインして広告を非表示にする