- mocharn3rd
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a.m.6:15 ロドス甲板 快晴 熹一はジャージを着て、ウォーミングアップをしていた。 この「小さな移動都市」とも言えるロドスで、ランニングできるような場所はあまり多くない。 異世界に来てからこっち、ロドスを拠点としてからは、ランニングはもっぱら甲板で行っている。
2021-11-06 00:04:35ロドス自体が移動しているため「馴染みの場所」がないこともあり、甲板が一番安全だった。 そろそろ走るかと思ったところで、赤系のジャージを着たグムと遭遇した。 「おはよう、キー坊!」 「おうグムちゃんおはよう! 早いなぁ」 「今日は朝の食堂の当番なんだ! だから早起きなの」
2021-11-06 00:05:00少し息が荒い。トレーニング後か。 「もしかしてもう朝トレ終わったんか」 熹一が驚いた顔をすると、グムは軽く力こぶを作った。 「うん、ボーイスカウトにいたからね、早起きは慣れてるよ」 「へ~いい習慣やな、朝飯楽しみにしてるで」 「うん!」 二人はハイタッチして別れた。
2021-11-06 00:05:12熹一は走り出す。 走っていると、色々な考えが頭に浮かんでは消える。 考えたくないときは風景や自分の体の動きに集中して、考えたいときは動きを体に任せる。 そうしているうちに、走っている状態が気持ちよくなってくる。 (何百回何千回やってもこれはたまらんなあ)
2021-11-06 00:05:30ランナーズ・ハイ。 親友の黒田から教わった境地だ。 (クロちゃんは元気でやっとるかな) 途中で立ち止まり、他のランナーの邪魔にならないように位置をずらしてシャドーを行う。 (正直、灘心陽流は護身術というには技術的に時代遅れの面があった) 黒田と、その弟子のことを思う。
2021-11-06 00:05:39(灘心陽流のすべてを知っとるわけやないが……護身術というよりも要人護衛が基本になっていた。自分の方は二の次……っていうとクロちゃんらしいが) 腰を深く落として掌打を打つ。 (破心掌とか、灘神影流と共通しとる技もけっこうある。でも……)
2021-11-06 00:06:01(「寝る」動作をやりづらかったから、クロちゃんはマウントポジション対策が不得手やった) 姿勢を戻して、ランニングに戻る。 (もとが同じ流派でも、目的が違えば求められる技術が変わる)
2021-11-06 00:06:34テラに来てから、熹一は自分の技が変化しているのを感じた。技自体が変化しているというよりは、技の選択・連携が変わっている。 良い意味で言えばテラに向いた闘い方になっていて、悪い意味で言えば地球向きではない。
2021-11-06 00:06:49タイマンが保証されているときなどは寝技は使うが、そう、1対多や多対多が前提だとスキができやすい。技が錆びないように格闘系オペレーターと一緒に寝技のトレーニングをする必要があった。
2021-11-06 00:06:56(どうしたもんかな) まだ問題はある。ごく一部のオペレーターを除き、だいたい数人一組で組んで闘うが、遠距離攻撃してくる敵や範囲攻撃してくる敵に対して、熹一はいまのところ回避行動しかできていない。
2021-11-06 00:07:06適当にそこらへんの石を投げて牽制したり、回避しながら回り込んで追い詰めるのが関の山だ。 「遠距離攻撃が必要や」 熹一は思い出す。
2021-11-06 00:07:14地球にいたころだった。 射撃場に、大柄の男が二人いる。ひとりは宮沢熹一であり、もう一人は彼の叔父、宮沢鬼龍だった。 熹一はコート姿で、鬼龍は軽装だった。 鬼龍は拳銃を撃っている。 熹一は鬼龍の姿勢と、的を見ていた。
2021-11-06 00:07:21「熹一、お前は抜きたくなくても抜かざるを得ない時がくる」 「なんや、こちらも抜かねば不作法というもの、みたいな話か?」 「作法の話じゃない」
2021-11-06 00:07:29鬼龍の撃った弾が、的の額、首、胸、肩と貫通する。 「大量の敵が銃や射撃武器、手榴弾などを用意してきた場合だ」 「む」 熹一は腕を組んだ。
2021-11-06 00:07:37「お前の"幻突"は遠く離れた者にも効くすさまじい威力だが、大勢が銃を用意してきた場合には敵わない」 「そらそうや、尊鷹の"弾丸すべり"でもそうそう対処できんやろ。そもそも銃に狙われんように気ィ使って普段から生活せんとな」
2021-11-06 00:07:43灘の秘伝書にも技の要点が書いてあるが「銃に狙われないように動く」ほうがそもそも大事な話と熹一は考えていた。 「それはカビの生えた本の話だ、忘れろ」 鬼龍は弾のリロードを行う。 「というと?」
2021-11-06 00:07:49鬼龍は頷く。 「お前は今でこそ米軍と手を組んでいるが、俺の後継者として狙われる身でもある――逃げ足のセンスと一緒に、いざというときのために少しは銃を撃てるようになれということだ」 なんとなくテンションがあがらないのを熹一は感じた。
2021-11-06 00:08:00「灘の目録に拳銃術などないが、時代が進むにつれて技が変わるのは武術の常よ。灘神影流も元をたどればタイ捨流であり、タイ捨流をさかのぼれば新陰流だ」 発砲音が響く。
2021-11-06 00:08:04「……」 「さらにさかのぼれば兵法三大源流、陰流――どうだ? 変化を感じないか?」 「もとは武器術だったから、もっと武器を使うことにオープンになれってか?」 鬼龍はまたリロードする。
2021-11-06 00:08:13「平たく言うとそうだ。昔から、どんな流派にもあいまいで抽象的な教えがあるだろう。アレは未来を見据えた、時代の流れを想定した教えなんだ」 リロードした銃を熹一に渡す。 「これは静虎じゃ教えられないことだろう」
2021-11-06 00:08:19熹一の父親・静虎は日本在住であり、日本は基本的に一般市民に銃の所持を認めていない。所持・使用に関しては免許と厳重な管理が必要だ。 そう考えるとなるほど、裏の人脈に長け、多数のアジトを持つ鬼龍のもとならば、銃のトレーニングはどうとでもなる。
2021-11-06 00:08:26「おとんからは投擲術なんかはちょこちょこ教わってたんやけどな」 「そっちを使いたいならそれでもいい。俺は得意だぞ」 鬼龍はニヤリと笑った。
2021-11-06 00:08:35ランニングの速度を落としてジョギングに切り替える。 静虎のもとを離れるたびに新しい技術を身に着けるのは、なんだか不思議な気分だった。
2021-11-06 00:08:45静虎が倒れたときには、一刻も早く回復するようにと活法を学んだ。 ハイパー・バトルで静虎と闘うことになった時は、鬼龍が自分の指導者になったし、灘・真・神影流を立てるときには日下部覚吾から様々な技を学んだ。
2021-11-06 00:08:50しかしそれらはすべて肉体の延長上のもので、銃を扱うのは少し違和感があった。 「そうも言ってられへんのかな」 後ろの人とぶつからないか確認して、ウォーキングに切り替える。 ちょうど熹一の横を通り過ぎたオペレーターも速度を落として、近づいてきた。
2021-11-06 00:09:00