うつ病の精神病理、その基礎障碍-時間、道徳、体感
あと,新型うつ病をふくむ現代的なうつ病の「基礎障害」にまで話を展開してくださってありがとうございます.おそらく古典的には,内因性の(躁)うつ病の基本障害って,シュトラウスからゲープザッテルに至る,内的時間の停滞と加速で説明するのが主流なのかなと思います. @TheDaikon
2011-09-01 22:36:41要するに,うつ病の基本病態は制止Hemmungであって,世界の時間はそのままなのに,本人はゆっくりしか動けない,考えられない.だから頭が悪くなった体が悪くなったと感じる.僕はこの話を病状説明に使うことがよくあるけど,実際の患者さんの主観的体験にもよく合致するみたいです.
2011-09-01 22:39:35木村敏先生のポストフェストゥムもたぶんこの流れにあるし,ラカニアンでもこの変の時間性とシニフィアンの議論を接続する論考があります.ただ,この時間体験,神経症圏の抑うつでも聞くと同じだって言う人がいるので,内因性の病態に限られるかどうかは怪しいと考えてます.
2011-09-01 22:41:54うつの論理:ダニエル・ヴィドロシェ http://t.co/9SE242x そういえばラカンの分析を受けたのにIPA会長になったヴィドロシェ先生も,うつ病の基本障害は制止(=彼の用語では「遅滞」)とみて,「うつ病の遅滞度を測定する」とかなんとかいう評価スケールがありました.
2011-09-01 22:44:21うつ病の遅滞度を測定する:ダニエル・ヴィドロシェ http://t.co/fNjT2lM これでした.でも絶版です.そしてヴィドロシェ全然面白くないです.
2011-09-01 22:46:22双極II型の1症例における時間の精神病理- http://t.co/vTszb7d 新宮研出身の僕の友人の論文ですけれども,いわゆるバイポーラーIIにもインクルデンツーレマネンツのテレンバッハ的基礎障害がみられることが論じられてます.近年の躁うつ病の精神病理の隠れた名作.
2011-09-01 22:51:17うつ病では内的な時間がゆっくりになって世界に対して遅れを取るから「頭が悪くなったように感じる」と書いたけれども,これが極端になると「脳が腐ってしまった」とか「脳がない」とか言い始める.これを心気妄想と呼ぶ.これは統合失調症の妄想とは違い,理由がある妄想ということで二次妄想とよぶ.
2011-09-01 23:30:53貧困妄想,罪業妄想,心気妄想をうつ病性の三大妄想とするわけだけれども,1990年代に,これってそもそも妄想なのか?と問うような,妄想の定義に対する哲学的問い直しが行われる.精神病理プロパーな皆さんご存知のシュピッツァー先生ですね.
2011-09-01 23:35:12シュピッツァーの説を可能な限り要約.「お腹が空いた」という言明を主張するとして,これは彼本人にしか分からない事実なので,「お腹が空いた」ということを「確信」をもって主張する権利が人にはある.一方「FBIに狙われている」という言明は一人の人間だけに真偽確定の権利があるわけではない.
2011-09-01 23:38:53だから,統合失調症の妄想が「妄想」といわれる所以は,本来,外界に対する言明を,あたかも自分の内的状態に対する言明かのように主張する,という点にある.「狙われている」という判断が,「お腹が空いた」という他人が批判し得ない個人的確信のレベルへと移動するカテゴリーミステイクがある,と.
2011-09-01 23:41:00本来,一人称特権がないはずの言明を,一人称特権があるかのように言明してしまうのが妄想,ということ.で,これで行くと,さっきのうつ病性の妄想は,「自分自身の内的状態に対する正しい言明」であるということになる.「脳がなくなった」は「お腹すいた」と同じレベルの言明だということですね.
2011-09-01 23:44:09脳 回路網のなかの精神―ニューラルネットが描く地図 http://t.co/JEGIF4M 妄想の定義をめぐるこの議論で一世を風靡したシュピッツァー先生は,その後は精神病理を離れてこんな研究に方向転換してしまいました.でもこれもすごい本ですよ.
2011-09-01 23:47:14ここからは私が考えていることだけれども,こういう研究はうつ病の二次妄想説を脱構築していく契機になりうると思うんですね.二次妄想説をはっきり書いてるヤスパースは,二次妄想を気分から二次的に了解できる妄想と考えた.暗い気持ちのときは罪の意識を抱くのよくあるよね,という罪業妄想理解.
2011-09-01 23:54:13道徳性-倫理性の話題へ
フランスの古典精神科医は,ちょっと違ううつ病の妄想理解をしてます.「うつ病では特別の障害が道徳感,すなわち善悪の判断の上に及ぶ.その障害は原理的には病的意識の過度の倫理性にある.ここから自己非難,悔恨,罪業感といった恐ろしい感情が生じる」http://t.co/rl9Y02c
2011-09-01 23:58:52要するに,フランスでは妄想性うつ病は「道徳の病」なんです.この辺,おそらくモラリストの伝統なんですよ.そして,治療に関しても「道徳療法」が盛んでした.ヤスパース流に,気分から二次的に妄想が生じるというより,moraleの問題を持ちだしてくるほうが面白いので私はこっちが好きです.
2011-09-02 00:03:23悪のシンボリズム:ポール・リクール http://t.co/5rrIwQA その意味で,リクールのこの本は古典フランス式のうつ病妄想の理解にとって重要な本です.
2011-09-02 00:05:36テレヴィジオン:ジャック・ラカン http://t.co/2goGnUp めずらしく精神病理の話をしたのでラカンでしめる.ラカンはこの講演で気分障害を「道徳的臆病さ(lâcheté morale)」として論じているけど,これは実はフランスの重厚な伝統を引き継ぐものなんです.
2011-09-02 00:09:22臨床的にもね,うつ病の妄想を聴取するときに「ああ,この人は気分の障害のせいでこういう妄想を抱いてるんだなぁ」(ヤスパース)とみるのははっきり言って妄想を聴いてはいない.妄想のなかに個人が実存のすべてをかけて抱え込もうとしている罪責性を聴きとる,というのが精神療法的態度.
2011-09-02 00:29:35臨床精神医学 2011年 08月号「内因性は,今」 http://j.mp/qJ9ZGv うつ病の本質とか書いてたらタイムリーな特集号が出ている.それぞれの疾患の内因性に関して,日本で現在望みうる最高の著者が論じている. http://t.co/z0hf9qR
2011-09-01 12:23:59非定型うつ病と「体感」について
「非定型うつ病」は,気分の反応性(楽しいことがあると元気になる,仕事は行けなくてもディズニーランドにはいける)があるので怠けと思われやすいですが,これが「うつ病」とする場合,中核症状である「鉛様麻痺」の存在を私は(というか非定型うつ病を認める精神科医の大部分が?)重視します.
2011-09-04 22:34:00鉛様麻痺って要するに「手足や体に鉛が入ったかのように重い」という身体体験なわけです.実は,こういう身体体験にはどうも古い精神医学的記述の歴史がありそうで,私が敬愛するセグラ師匠(19世紀フランスの精神医学者)は,うつ病をセネステジー(体感)から発生するものと考えていました.
2011-09-04 22:37:27体感,というと身体に特化したような響きになりますが,要するに身体全体で捉えられるような一種の「雰囲気」のようなもの.アリストテレスのkoinè aisthesisのような,五感に共通する「共通感覚」としての全身疲労,倦怠感のようなものに非定型うつ病の鉛様麻痺は相当しているはずです
2011-09-04 22:40:46