転生したらミミックだったが誰も開けに来ない件(積み)【1】
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あの虫や苔が薬の成れの果てなのだろうか。だとすれば不思議なふるまいも納得がゆく。 それとも。 ぼんやりと不安な推測が意識の中で凝り始めた。
2022-05-08 01:38:32命、あるいは薬とは、自分のことなのではないか。 そういうことなのではないか。 死せる少女の復活のために作られた薬が、期限を過ぎても使われなかたたために奇妙な変質を来し、遠い別の世で死んだ誰かの残滓を捕らえてかりそめの復活を与えたのではないか。
2022-05-08 01:40:17交差する天の川の下をはしる裸足の少女の夢を見ていた。それは一度は虫と苔がおりなす幻燈によって演じられた光景だったかもしれない。 少女が大腿骨の笛を吹き鳴らすと、丈の高い草原のあちこちで影が立ち上がり、大鎌を構えて前進した。 どこへ。何のために。なぜ。それらはどうでもよい。
2022-05-08 01:43:52歌も光も語っていなかった。 だが少女は生きていた。はつらつと。まがまがしく。 もし自分が少女の命なり薬ならば、期せずして着服してしまったものを返さねばならない。
2022-05-08 01:46:44そう思えた。 箱の中で感覚器をまさぐらせ、やがて箱の真ん中のあたりに、何かがあるのを捉えた。 瓶。だろうと思う。多面体の、硝子か宝石のような感触。掴むことはできないが、蓋に付いた輪を引っ掛け、持ち上げることはできた。
2022-05-08 01:48:52蓋をあけると、薬あるいは命を、命の薬を、高く掲げ、勢いよく壁に投げつける。 粉々に砕けた瓶が屑星のように燃え煌めいて消えてゆく。煙を上げる液体が壁を溶かし、骸骨を地面に投げ出す。
2022-05-08 01:50:59瓦畳に寝そべる骨と皮ばかりの木乃伊に似た何かの周りで、虫の死骸が散らばっていた。枯れた苔も。 落ち窪んだ眼窩の中の闇にはわずかに命、あるいは命を模した何かがまだ残っている。
2022-05-08 01:54:28やはり薬は変質していたものらしい。少女は復活に成功したとは言い難かった。完全に失敗してもいないようだが。 あの鰭蛇のように少女の骸を糧にしようとした苔や虫は逆に朽ちていた。 どちらがどちらの餌食になったかは明白だった。気の毒に隠し部屋の生態系はここで断たれてしまったのだ。
2022-05-08 01:56:04しかしそのすべてをもってしても少女、らしきもののひからびた体を潤すには足りないようだった。 いまだに箱の中に残っている自分を構成する何かを差し出せばいくらかはましはましだろうが、それとて一時の猶予にしかならない。
2022-05-08 01:57:46いやそうだろうか。それはあまりにも無責任だ。 箱の中に入った命の薬を使って復活の儀式を、半端にでもやった以上は、最後までどうにかしようとすべきではないだろうか。
2022-05-08 02:00:18そう考えると、いてもたってもいられなくなった。せめて身動きができれば。そう考えたところで、瓶を投げられたのだから、ほかのこともできるはずだと気づく。 足、手、そういうものがありうる。はずだ。 音色と文字でそう意識を結ぶと、箱の内側で感覚器がざわめき、そうして。
2022-05-08 02:01:49手足が箱と蓋の隙間から飛び出した。かちかちと瓦畳を固い先端が叩く音がする。懐中電灯のような光を発する目玉を向けると、不揃いな大きさの虫の足のようなものがうぞめいている。
2022-05-08 02:03:45床に倒れるしなびた骸に歌いかけて励ましながら、尖った足で壁という壁をこつこつ、こつこつと叩いて回った。どこかに出口はないかと。 一面わずかに音の違う場所があった。だが取っ手も秘密の鍵穴も見当たらない。それでも執念深く、こつこつ、こつこつと叩いていると、ちょうど二百回目ぐらいか、
2022-05-08 02:06:59こんな仕掛けではとうてい誰も気付くはずはない。果たして少女の髑髏を壁に塗り込め葬ったものたちは本当に復活させたかったのだろうか。 とにかく水や食べ物を探してこなくては。あるいは何か少女が餌食にできるものを。
2022-05-08 02:10:24隠し部屋を一歩出ると、断崖に沿って削られた手すりのない通路だとわかった。下から冷たい風が吹き上がってくる。 耳を澄まし、目玉であたりを照らすと、やがて鰭蛇を見つけた。隠し部屋に入って来たものよりずと大きい。数匹が断崖の亀裂に身を捻じ込んでいて、光に反応して跳ね、
2022-05-08 02:12:57驚くような距離を過って、くるりと丸まってから道の上に落ちた。近くに来ると改めて大きさに驚かされる。 さらに鰭蛇たちは自分には目もくれずに隠し部屋に潜り込んでゆこうとした。少女の骸を餌食にするつもりのようだった。
2022-05-08 02:14:18そう察した瞬間、昆虫に似た節足でうねる胴をひとつ踏み貫いていた。さらに逃げようとする別の一匹の頭を潰し、三匹目は箱の角を落としてぺしゃんこにした。
2022-05-08 02:16:28相手と自分がとっさに発揮した凶暴さそれぞれにぎょっとした。だが虫と苔で成り立っていたあの小さな世界でも、命はそうして残忍なやりとりをしていた。 ただ大きさが違うだけだ。鰭蛇はゆっくりと痙攣しながら冷えてゆき、徐々にしなび、やがて乾き果てた。
2022-05-08 02:18:56箱の中に納まったまま、節足をうごめかして、開かれた隠し部屋の周囲に少しずつ行動範囲を広げ、見つけた生きものを誘い込んだ。 鰭蛇、岩石そっくりに擬態した蛞蝓らしき生きもの、あめんぼのように壁面から少し浮いて滑るように動く足の長い毛むくじゃらの昆虫、すばやく這う粘菌。
2022-05-08 02:23:45