転生したら岩だったので話は終わりだ(2)

NAGAI。
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帽子男 @alkali_acid

王は丈の低い少年の姿をしていた。あどけない面立ちに、目を隠す飾り布を巻いている。冠は細い枝で編んであって、枯れることのない新緑の葉で飾られていた。 かたわらに屈強な女の騎士が控えている。 「ヴォルントゥーリル。王はそなたの声を聞きたいとお望みだ」 「うーむ」

2022-12-01 00:58:10
帽子男 @alkali_acid

森番は目を覚まして返事をする。 「ヴォルカーラリルの子ヴォルントゥーリル。これに」 「ヴォルントゥーリル。王はそなたが…連れているものの声も聴きたいと」 「は…」

2022-12-01 01:00:40
帽子男 @alkali_acid

しばらく間があって、ヴォルントゥーリルは咳ばらいをする。 「岩は無口故ご容赦いただければ」 「ヴォルントゥーリル。無礼であるぞ」 女騎士は冷たく答えた。

2022-12-01 01:03:20
帽子男 @alkali_acid

少年王は女騎士に告げる。 「王はそなたが連れているものと話がしたいと」 「うーむ。私が代わりに承ることは叶いましょうや」 「無礼であるぞ」 「は…」

2022-12-01 01:04:47
帽子男 @alkali_acid

「王はそなたと連れのかかわりを知りたいとお望みだ」 「寝具でございますが」 ざわめきが廷臣の間に広がった。 「岩を抱いて寝るのか…」 「何?岩を?」 「岩をか…」

2022-12-01 01:06:39
帽子男 @alkali_acid

幼い君主はぎゅっとそでをつまむと、うつむき、近衛に合図して、みずから踏み出した。 「ヴォルントゥーリルよ。予は…そちの寝具を譲り受けたい…是非とも…かわりに、環の山の都の、いかなる宝も、そちに褒美としてとらす」 「は…」 森番はしばらく間を置いてから、答えた。

2022-12-01 01:10:04
帽子男 @alkali_acid

「恐れながら…王は、岩を寝具にはせぬ方がよろしいかと」 またざわめきが広がり、少年王のそばで女騎士が怒気を膨らませ、殺気に近いものになる。

2022-12-01 01:12:43
帽子男 @alkali_acid

「私は西の果ての禍の森で森番の仕事についてから毎晩この岩を枕にするうちすっかりなじみましたが、この都の主にふさわしき寝具とは言いかねます」 「だが…そちが岩と申すそれは…予には…」 「岩にございますが」 「…そう…であるか…」

2022-12-01 01:17:11
帽子男 @alkali_acid

少年王はすっかりしょげ、女騎士はただちに森番を斬り捨てたいようすだが、しかしまだ命令を待っていた。 「ヴォルントゥーリル。禍の森は遠い。何故環の山の都まで岩を担いで戻った」 「は…なりゆきと申しますか…」

2022-12-01 01:20:03
帽子男 @alkali_acid

「…わからぬ。予はそなたを知らぬ…乳姉(ちあね)よ。ヴォルントゥーリルはどのようなものか」 君主が問うと近衛が応じる。 「怪しげな妖精らしからぬ男です。ご命令あらばただちに」 「ちがう。予はこのものを知りたいのだ。ほかにヴォルントゥーリルを知るものはおらぬか」

2022-12-01 01:22:51
帽子男 @alkali_acid

「私が存じております」 一人の妖精が進み出る。 「東軍奉行よ。ヴォルントゥーリルはいかなるものか」 「まぎれもなく我等土妖精の一員。名乗る通りの氏素性に相違なく。霧のあなたの生まれ、大杯の祝福は得ず、東軍では斥候として幽明の境(あわい)を超え常闇の地の果てのものみ塔に就きました」

2022-12-01 01:29:16
帽子男 @alkali_acid

またしてもささめきが広がる。 「常闇の地」 「世界の壁を抜け…悪鬼の巣窟へ入ったのか」 「あの地のものみ塔はすでに無人と聞いたが」 「多くがこちらの時の流れで二月ともたぬと」 「では…英雄ということか」 「なぜ武勲に歌われぬ」

2022-12-01 01:31:08
帽子男 @alkali_acid

東軍奉行は溜息を吐く。 「王よ。ヴォルントゥーリルは、土妖精の剛のものでも二月と留まれぬ常闇の地のものみの塔で七年の間一人斥候をつとめました…」 「ではなぜ東軍のしかるべき士分を与えておらぬ」 「…私がこやつの籍を除いたのです」 「何故か」 「…こやつは…七年…塔で寝ていたのです」

2022-12-01 01:33:42
帽子男 @alkali_acid

幼い君主は首を傾げた。 「妖精にも眠りは訪れる。予とて眠る。万夫不当の乳姉でさえも。そちもであろう東軍奉行」 「いかにも。しかしこやつは、七年の間、ただの一度も悪鬼やほかの魍魎の動きを一切告げ知らせず、そもそも見張りさえせず、ただ塔で寝ていたのです」

2022-12-01 01:37:02
帽子男 @alkali_acid

「…なんと…何故かヴォルントゥーリル」 不思議そうに王が尋ねると、森番は答えた。 「ぐぅ…うぇっ…は。あ…常闇の地は悪鬼の住処にてあれば、あそこで悪鬼が何をしようと勝手かと」 「なるほど」

2022-12-01 01:38:47
帽子男 @alkali_acid

君主はよく解らないという表情で逆向きに首を傾け、また問うた。 「ほかにヴォルントゥーリルを知るものは」 「私が存じております」 別の妖精が進み出る。鳥の羽で髪を飾っていた。

2022-12-01 01:42:17
帽子男 @alkali_acid

「風妖精の信使か。どうしたことで?」 「この方は我等が一時預かっておりました。そちらの東軍奉行から、常闇の地で七年耐えた見どころのある人物と紹介を受け…恐れを知らぬ気質を見込んで、凧使いに委ねました」 「凧使い。抜けた鳥の羽を蝋で固めて飛ぶと…聞いたことがある…」

2022-12-01 01:44:25
帽子男 @alkali_acid

「いかにも。この方は風妖精さえ尻込むものがいる凧をいささかも恐れず、載せるとすぐに天を舞うようになりました。ゆくゆくは竜ヶ島の探索の任に就き、失われた妖精の宝を取り戻すことも叶うかと思うほどでした」 「まことか?では東軍奉行は正しかったのだな」 「ある意味では」

2022-12-01 01:47:39
帽子男 @alkali_acid

「どういうことか?」 「この方は、最初の凧が妖精を乗せて天を舞って以来、誰も果たせなかったほど高く、遠くへ飛び、そうして…戻ってきませんでした。随分長い間、ほかの凧使いが探し回り、俊峰のひとつに壊れた凧、そうして乗り手の生きている姿も何とか見つけました」

2022-12-01 01:50:30
帽子男 @alkali_acid

「険しきを冒して難しい試みに挑んのだな」 「いいえ…寝ていたのです。そうして、そもそも凧に乗っている間もずっと寝ていたのだと、白状しました。空から地上を探索することも、雲の高みを目指すこともなく、ただ…寝ていたのだと」 「では…遠くへ高くへ飛ぼうしていたのではないのか?」

2022-12-01 01:52:37
帽子男 @alkali_acid

「恐れながら、風妖精の方々は、その話を我等水妖精にはなさいませんでしたな」 不満そうに別の妖精が進み出る。 「船手頭。そなたもヴォルントゥーリルを知っていると」 「直に顔を合わせておりませんが船手組の手練れならば皆、名は聞いております。まず風妖精から"土妖精の俊秀が食客にいる"と」

2022-12-01 01:56:18
帽子男 @alkali_acid

「聞けば凧使いとして最も遠く高くへ飛んだ豪傑と。何故手放すのかは不審でしたが、折しも船手組は大船を仕立てたばかり。高い檣を恐れぬ船乗りを欲しておりました。なるほどヴォルントゥーリルめは、杉の大樹の梢の如き主檣に置いても動ぜぬ胆力はある…ように思えた」

2022-12-01 01:59:06
帽子男 @alkali_acid

「寝ていたのか?」 「いかにも…大船が海の民との交易を終え、かの呪われし島の側を通りかかった折、見張りについていたのがヴォルントゥーリルめ。島に住む三たりの歌姫が呪歌(まがうた)で船を引き寄せる故、島影が見えたらすぐに知らせろと念を押したにもかかわらず」

2022-12-01 02:01:39
帽子男 @alkali_acid

船手頭は憤懣やるかたないようすで指をさした。 「こやつは寝こけ、大船はたちまち呪歌にとらえられました。水主は苦しみながら、しかし船頭が用心のため海の民から借りていた法螺貝を吹き鳴らし、音の響く間に小舟に乗り移り命ばかりは助かりましたが…大船はあえなく沈み…」

2022-12-01 02:04:53
帽子男 @alkali_acid

水妖精の重職は慨嘆する。 「あれほど美しくいかめしい船はもう二度と建てられぬでしょう。ヴォルントゥーリルはてっきり船と命運をともにしたと思っていましたが、しばらくして破片の上に寝そべって漂っているのを別の船が見つけたのです」

2022-12-01 02:06:23
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