転生したら岩だったので話は終わりだ(3)

DASEI
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帽子男 @alkali_acid

刃渡りも重さも比べようもない断金剣をまたしても弾いたのだった。 「…それがきさまの武器か」 「いや…まあ…」 外套の女丈夫は妖精文字の瞬く刀身を正面に向け、突きの構えをとる。 斑の男は鑿を握ったまま、さすがにびっしょりと汗をかき、咳き込んだ。

2022-12-07 22:26:07
帽子男 @alkali_acid

「惜しい腕だ。だが…さらばだ」 殺気の颯(はやて)となって騎士は草地を蹴った。 さしものヴォルンも鑿で防げる技ではなかった。

2022-12-07 22:28:49
帽子男 @alkali_acid

だが、剣が骨肉を抉る音の代わりに、聞こえたのはまたしても涼やかな響き。 赤金の柄のついた宝玉の剣がひとふり、宙に躍り、振るい手もないままに必殺の一撃を食い止めたのだ。

2022-12-07 22:31:55
帽子男 @alkali_acid

女丈夫は歯噛みして、羽の軽やかさで飛び退る。 「…きさま…先程から…戦うつもりがあるのかないのか…魔法の剣だと…」 「うむ…うーむ」 斑の男はしばし唸ってから、莞爾として愛しげに名を口にした。 「エイコニーエ」

2022-12-07 22:34:02
帽子男 @alkali_acid

宝玉の剣は妖精の森番の手に収まった。かすかに腹立たし気に唸りながら。 はしばみ色の双眸がほれぼれと透き通った刀身に魅入ってから、薄い唇が鍔元に口づけると、ゆっくり息を吸い込む。 「うむ…楽になった」

2022-12-07 22:35:25
帽子男 @alkali_acid

ヴォルントゥーリルはかすかに古い旋律を口ずさみながら、踊るような足取りで透き通った得物を操った。輪を描きながら、無造作に上段、中断、下段に次々と刃の弧を描いてゆく。 煌びやかな光の軌跡を残しながら、雨霰と注いでくる連撃に、騎士は断金剣を嵐のように振るって防御に回ったが、

2022-12-07 22:38:27
帽子男 @alkali_acid

到底受け入れるものではなかった。 「おのれ!!」 女丈夫が妖精の細身に似合わぬ剛力を籠めた打ち払いで応じようとした間隙に、斑男は刀身と刀身を絡み合わせるようにして、無造作に武器をもぎ取り、まっすぐ上方に跳ね上げ、緑の天蓋に突き刺さるに任せた。

2022-12-07 22:40:58
帽子男 @alkali_acid

「…やあああ!!」 長剣を失ったと悟るや、腰から短剣を抜き払い、捨て身で突きかかる武人を、辺境の防人は歌いながらひらりとかわして、逆に足払いをかける。

2022-12-07 22:42:40
帽子男 @alkali_acid

転がってすぐ起き上がった騎士は、森番をねめつけた。 「きさま…刃の歌い手だったのか…だがヴォルントゥーリルなる名は王史にない」 「ああ…うーむ…さよう…昔のたしなみで…そろそろ昼寝にしては?」 「私の骸の上で眠るがいい。できるものならな。我が王のために…禍は断つ…」 「うーむ」

2022-12-07 22:46:18
帽子男 @alkali_acid

ヴォルンは首を傾げた。 「まこと…人の子の血を引いておられる」 「たやすく討てると思うか…知られざる刃の歌い手」 「いや…さにあらず…うむ…定命のそうした質(たち)が…私にはいささか眩い…それはそうとして昼寝にしては?」 「くどい」

2022-12-07 22:49:23
帽子男 @alkali_acid

不意に緑の天蓋が激しく揺すれ、木の葉を散らしながら、大きな山猫が一頭、断金剣を咥えて降りてくると、騎士の足元に得物を置いた。 少し離れたところで、忠義に乗り手を見守っていた妖精の馬は、肉食の猛獣の登場に、さすがにたじろいだようすでいななく。

2022-12-07 22:51:38
帽子男 @alkali_acid

「案ずるな我が友…妹の使い山猫だ…加勢は無用」 ”いいえ。無益な戦いを止めに参ったのです姉上” 「無益にはせぬ」 “私の夢見では、姉上はあの森番には勝てませぬ” 「刺し違えてでも討つ。例え刃の歌い手であろうと」 “叶わぬこと。あの森番の帯びる宝玉の剣がある限りは”

2022-12-07 22:54:23
帽子男 @alkali_acid

女丈夫は山猫のうながしにしたがって、斑男の持つ美しい得物をあらためて眺めやった。 「魔法の剣…だが断金剣をしのぐものではない」 "あれは魔法の剣以上のもの。この世にあってはならぬ、女神の化身です" 「女神だと…では…あれが…禍…」

2022-12-07 22:57:04
帽子男 @alkali_acid

”はい。森番のめくらましの術は霧のこなたでは随一と言えましょう…土、水、火、風、いずれの一族の練達にも勝る巧みさ。しかし妖精の呪文の帳のかかった宝玉よりなお漏れいずるは、まごうことなき常世の光。あの輝きを求め、竜も悪鬼も砂漠の魔霊も、海の民や小人、定命の人までもが争いを始める”

2022-12-07 23:00:53
帽子男 @alkali_acid

「ならばなおさら屠らねばならぬ。我が君を戦に巻き込ませはせぬ」 "宝玉の女神の加護ある男を、杜の都随一の武芸者である姉上とて、妖精の最高の名剣である断金剣とて傷つけられはしません" 「…ではいかにする」 "武器が通じぬならば言葉を"

2022-12-07 23:04:02
帽子男 @alkali_acid

山猫が進み出ると、森番は、 森番はもう寝ていた。 ちょと姉妹の話が長かったので。

2022-12-07 23:04:29
帽子男 @alkali_acid

"ヴォルカーラリルの子ヴォルントゥーリル" 「んむ…秋の木の葉のふかふかしたところは…やはり定命の森のよさよ…」 “起きて。そして聞いて下さい” 「むがむが…」

2022-12-07 23:06:06
帽子男 @alkali_acid

だしぬけに斑男の抱いている抜き身の剣が震え、赤金の柄のところが金と白の頬桁を強打した。 「ほがっ…あ、何でしたかな?」 "ヴォルントゥーリル。あなたは何故に宝玉の女神を連れて杜の都に来たのです。禍の種となるのは解っていたはず" 「あ…ああ」

2022-12-07 23:08:04
帽子男 @alkali_acid

ヴォルンはなだめるように、あるいは愛用の楽器の律を調えるように宝玉の刀身を指で撫ぜながら、山猫の問いに返事をする。 「勝手に禍の森を離れました故、大目付殿か物頭か、上役に申し開きをするのに都の方がゆっくり話せるかと思いましてな。ついでにお役も解いていただくので諸事便利かと」

2022-12-07 23:21:16
帽子男 @alkali_acid

"役目を離れていかにするつもりだったのです" 「はあ…まあのんびりしようかと…」 "宝玉の女神を側にある限り、あなたが憩える地はないでしょう" 「いや良い寝具があればどこも案外よく眠れるもので」 "戦が起きましょう" 「まあ…さよう」

2022-12-07 23:22:53
帽子男 @alkali_acid

獣の眼差しに、斑の男はさすがにいささか考え込む風ではあった。 「とは申せ…岩に咎はありますまい」 "岩より珠を掘り出し、磨いて輝かせたものにはありましょう" 「…うーむ…いかにも」

2022-12-07 23:26:34
帽子男 @alkali_acid

ヴォルンは透き通った武器を抱きしめ直すと、神祇官の使いを、次いで近衛の騎士を、さらに騎士の馬を順ぐりに窺い、また一番近くにいる獣に注意を戻した。 「夢見はいかに?」 “あなたは眠るのが好きなのに。夢は何かを告げないのですか” 「はあ。昼寝の夢などは見ますが」

2022-12-07 23:28:56
帽子男 @alkali_acid

まじかよ。 という視線が妖精王の側近たる姉妹の間を行き交った。 まじで迷惑なくせに考えなしの寝ぼけ野郎がよ。 "夢見は…ただ霧を見せるばかり" 「霧…なるほど…あれもなかなかよく眠れます」

2022-12-07 23:30:24
帽子男 @alkali_acid

森番のかなり苛々させる態度に、しかし神祇官は辛抱強く付き合った。 "宝玉は不壊に思えますが、我等にゆだねるならば、輝きを封じる術を工夫いたしましょう" 「いや。大事な寝具故。それと、やはり、王のおそばにはない方がよろしかろう…うーむ…霧…では霧の方に参ることにいたそう」

2022-12-07 23:34:14
帽子男 @alkali_acid

"霧のあなたへ…還るというのですか" 「さよう。霧のこなたでは何かと都合がつきそうもない故」 "もはや迷わず故郷へ辿り着ける妖精はないと、古老も教えるところ。あなたは霧を抜けたことはあるのですか" 「はあ…まあ幾度か」

2022-12-07 23:36:02
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