転生したら岩だったので話は終わりだ(3)

DASEI
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帽子男 @alkali_acid

「幾度となく霧を抜けたと言うのか。刃の歌い手よ」 騎士がそう嘴を入れる。 「どこへ通じるともしれぬあの霧を」 森番はだんだん瞼を重くしながら適当な相槌を打つ。 「うーむ。いちおう何とか」

2022-12-07 23:38:25
帽子男 @alkali_acid

本当かよ。 全部が信用できねえなこいつは。 そういう空気が場に広がり、妖精の馬までもが疑わしそうに鼻息を吐いていた。

2022-12-07 23:40:54
帽子男 @alkali_acid

"霧のあなた。妖精の故郷たる仙境であれば、あるいは宝玉を壊す術も見いだせるやもしれません。しかし霧はいずこの世界と通じているとも知れず、女神の加護さえもそこでは不足やもしれません。それでもなお行くというのですか、ヴォルカーラリルの子ヴォルントゥーリル" 「…すー…すー」

2022-12-07 23:43:55
帽子男 @alkali_acid

途中じゃん。 話のさ。 山猫は思わずみずからの尻尾を咥えた。やや離れたところに立つ騎士は鞘に納めた断金剣の柄頭に手を置きながらむっつりとした表情だ。 「まことに無礼な男だ」

2022-12-07 23:45:35
帽子男 @alkali_acid

宝玉の剣がまた赤金の柄を左右に打ち振り、持ち主の頬桁を殴りつける。 「ふご…おぐ…ん…なかなかよいな…あ、さよう。ではこれにてごめん」 森番は立ち上がると、武器を背に回した。たちまち柄から赤金の糸があまた、乙女の長髪のように伸びて鞘を形作り、さらには、

2022-12-07 23:49:30
帽子男 @alkali_acid

同じように赤金の帯が伸びて、しやなやかな腕で男の胸を抱くようにして留まった。 「大目付殿には、私が霧のあなたにゆくとお伝えいただければ幸い」 「よかろう…引き受けた。だが…いや…ゆくてに月明りの射さんことを」

2022-12-07 23:57:03
帽子男 @alkali_acid

ヴォルントゥーリルは緑の天蓋から出ると、すぐに丈高い楢の陰に隠れて見えなくなった。 そうなるともう。妖精の最も優れた斥候にさえ後を追うのは難しかった。妖精を出し抜くのに最も長けているのは妖精なのだ。

2022-12-08 00:03:55
帽子男 @alkali_acid

杜の都を十分に離れたと思えたところで、森番は宝玉の剣に話しかけた。 「うーむ…先程は助かった。正直言って…首をなくすところであった」

2022-12-08 00:08:14
帽子男 @alkali_acid

魔法の武器としては、さすがに無理がある気はしたが、しかしなお意地でもありきたりな無機物を貫くことにし、沈黙を守った。 「うーむ…だが眠るときは…別の姿の方がよいかもしれぬ…」

2022-12-08 00:16:15
帽子男 @alkali_acid

勝手な注文をつけてくる白と金の斑男に、宝玉と赤金の利剣は断固無視を続ける。 すると妖精は切れ長の双眸をいっそう細くし、口元をわずかに綻ばせると、歩みを速めた。 積もる落ち葉の上にわずかも跡を残さない、独特の足運びでで古木をぐるりと巡るように、あるいは間を縫うように進むと、

2022-12-08 00:20:37
帽子男 @alkali_acid

次第にあたりが霞がかり、まだ空の半ばにあるはずの日の光が薄れて、あたり一面が見えない雲の影がかかったように色褪せ、ねじれた幹や張り出した枝、うねる根がぼやけて、揺らめくようにして遠ざかってゆく。 空気は徐々に冷え、湿りを加え、梢の駒鳥の囀りも、叢の野鼠の身もじも籠って響く。

2022-12-08 00:24:21
帽子男 @alkali_acid

「ふむ…霧の中では、夢見の才あるものはさらに多くを見るという。起こりうべきこと、起こりうべきでないこと、起こりえたかもしれぬこと、起こりえなかったはずのこと…私は一度も覚えがないが…エイコニーエ…そなたは…そろそろ寝たいのだが」

2022-12-08 00:26:33
帽子男 @alkali_acid

宝玉の長剣は無言のままだったので、妖精の森番は諦めて帯を外すと、胸元に抱き直して、彼にさえ名の知れぬ樹の根本にうずくまると、 秒で規則正しい息をさせ始めた。

2022-12-08 00:29:33
帽子男 @alkali_acid

赤金の拵えに収まった結晶の刃はいかにもうっとうしそうに鞘鳴りをしてからやがて赤髪をほどかせ、透き通った肌とたわわな胸鞠、円かな双臀を持つ乙女に変じると、しがみついてくる男を抱き返してやった。

2022-12-08 00:32:02
帽子男 @alkali_acid

かすかに苦しげな呼吸とともに迫る唇を受け入れ、接吻をかわすと、ゆっくりと喘鳴が収まってゆく。 「うむ…楽に…なった…むにゃ…」 霧のもたらすほのかな寒けから守るように、珠の娘がなびかす紅蓮の鬣がすっぽりと白と金の斑の男を包み込み、やわらかな温もりを与える。

2022-12-08 00:34:36
帽子男 @alkali_acid

ヴォルンは太平楽の面持ちで、己の頭文字の刻印が入ったエイコの尻朶を鷲掴み、放漫な結晶の乳房に林檎か何かのようにかじりつく。 エイコはまるで血肉を備えた存在のように喘ぎ、わなないてから、、赤金の眉をひくつかせ、慎重にニ、三度相手の側頭部を拳固で殴ったが、効き目がないと解ると

2022-12-08 00:38:53
帽子男 @alkali_acid

震えながら溜息を吐き、結局はいつものように好き放題を許すのだった。そうして満ち足りた森番の寝息につられ、存外に逞しい腕の中で、鉱物らしからぬまどろみへと落ちていった。 霧はますます濃くなり、まるで布団のように木々におおいかぶさり、音と、光と、匂いと、一切を消し去るようだった。

2022-12-08 00:42:35
帽子男 @alkali_acid

奇妙な場所での、奇妙な添い寝。すっかり習慣になった行為を繰り返しながら、しかし宝玉の娘はいつもと異なる夢を見た。 過去の夢。未来の夢。 ひどく不吉で、同時に逃れ難い、運命にまつわる夢を。

2022-12-08 00:45:06
帽子男 @alkali_acid

霧に包まれた森の中で、妖精の男が宝玉の女を抱いて眠っていた。 老いも衰えも知らぬ白と金の斑のかんばせに、幼児のような穏やかな表情を浮かべ、透き通ってやわらかな結晶の乳房を枕がわりに、高い鼻から静やかな寝息をさせている。

2022-12-24 20:43:14
帽子男 @alkali_acid

丈夫(ますらお)の長い腕(かいな)に捕われた乙女もまた、赤金の睫を伏せ、玲瓏にして豊満な肢体を伴侶の褥がわりに与えながら、夢の中へ沈み込んでいた。 鉱物も夢を見る。定命の人間や、不死の妖精とさえも異なる、奇妙な夢を。

2022-12-24 20:46:47
帽子男 @alkali_acid

ひとつの夢の中で宝玉の乙女、エイコニーエは妖精王の寝具となっていた。 少女ともまがう小柄な少年は、凝星石の女神像の手首と足首に銀と鋼の枷をはめ、花と香草で満たした臥所につないで、冷たく艶やかな肌にしがみつき、甘く声変わりを迎えぬ喉から爛れた恋の詩をこぼしていた。

2022-12-24 20:50:41
帽子男 @alkali_acid

少年と乙女が肌を触れ合わせるたび、隠れ里の木々は一斉にゆれざわめき、次々に星や日や月の輝きを湛えた花を咲かせ、脈打つような光を放つ果を実らせた。 緑陰に住まう不死の民は、双眸から叡智と深慮を去らせ、ただ酔い痴れたように恍惚として花をむしっては噛み、果にかぶりつき、踊り歌って、

2022-12-24 20:53:25
帽子男 @alkali_acid

互いに愛を、いや情を交わした。 妖精の合唱は幹という幹、枝という枝、根という根をねじれさせ、波打たせ、やがて緑の津波を引き起こした。 怒濤の勢いで広がる樹海は、草原を、荒野を、田園を、山嶺を、砂漠を、海洋をさえ飲み尽くし、やがて折り重なって天空へと延び、無数の命の渦を虚空に広げ、

2022-12-24 20:57:06
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