「新国立競技場整備計画経緯検証委員会」による、関係者へのヒアリングレポートには、政府の調査による証言が記載されています。その中の、JSCの発注業務補助を担当した山下設計の証言を抜粋すると、こういう事を言っています
2022-01-10 09:09:43「30万㎡、1,500億円のプロジェクトをやったことがあるが、それは関係者が民間だったこともあり、決断が早かった。今回の場合は、関係者が多かったので、なかなか決まらなかった。設計JVも随分困ったと思う。図面が遅れ、ゆるい図面でお金をはじいたため、金額の余裕を見ることになった。
2022-01-10 09:10:02マスタースケジュールの管理も行っていたので、JSCに言って、日建設計の責任者を呼んで、早くやるように言ったこともあるが、設計JVの方もそれほどスピーディーにできなかった。その原因は、人員が足りなかったことや検討事項が多過ぎたことの両方にあると思う。
2022-01-10 09:10:22普通に屋根を架けるのとは違うので、いろいろチェックするということで図面が遅れたと考えているが、おそらく技術協力者・施工予定者が見積もるときにもゆるい図面だったので、余裕を見て価格を入れてきたと思う。その余裕分が工事費の膨らんだ原因の一つと思っている。」
2022-01-10 09:10:40想像して欲しいのですが、あなたが業界8位の設計事務所の所員だとします。そして業界1位の設計事務所と協働しているとします。いったいどういう状況になったら事業主に業界1位の設計事務所を呼び出してもらって面と向かって「設計図を早く完成してください」と言わなくてはならなくなるのでしょうか
2022-01-10 09:11:33その状況は、もうメールとか電話で「遅れてますよ」とか「もっと早く進めてください」とか言って調整する段階はとっくに超えているという事です。いったいどんな事態になっていたのか、実務者であれば想像するだけで恐ろしくなると思うのですが、地獄の様な状況じゃないですか
2022-01-10 09:11:59「文藝春秋」でも設計が遅れていた事、ゼネコンが「ザハ案が危ない」事を官邸に直訴していたという話、天井に貼るテフロン材や防火センサーの仕様が確定していなかった事を伝えています
2022-01-10 09:12:19設計図に仕様が明記していないのはそれが製品になっていない、市場に出ていないという事で、そうなるとゼネコンはメーカーと協議して特別なものを開発しないと見積が出せません。当然、値段は跳ね上がります
2022-01-10 09:12:57さて、この「ゆるい図面」で見積を出さなければいけなかったゼネコンは、いったいどういう状況だったのでしょうか。日経産業新聞2015年7月7日号が以下のように伝えています
2022-01-10 09:13:41「『1625億円の根拠を示してください』技術協力会社となった大成と竹中はJSCに求めた。しかし『見せてもらえなかった』(ゼネコン幹部)。ゼネコン側が独自に見積もった整備費は3000億円に達した。
2022-01-10 09:14:01大成の山内隆司社長(現会長)と竹中の宮下正裕社長がたびたびJSCに足を運び、直接交渉してきた。ある首脳は『一緒に合理的な手段を考えましょうと一貫して訴えてきた』と話す」
2022-01-10 09:14:573000億円の見積が出たのは2015年の1月なので、そのくらいの時期の話だと思います。ゼネコンの立場からして見ると、事業主に対してこう言わなきゃいけない、こんなやりとりをしなくちゃいけない状況というのもまた地獄です
2022-01-10 09:15:21日経新聞はゼネコンとJSCの対立の様に伝えていますが、ゼネコンが「それなら安くできる業者や素材を紹介してほしい」と言わなくてはいけないのは、図面にそういう情報が「書いてない」という事で、図面を書いた人にも向けられるべき言葉です
2022-01-10 09:15:502015年にこれだけ設計の問題が指摘されていたのを、2021年に180度覆して「設計に問題はなかった」と主張するのなら説得力のある裏付けが必要だと思うのですが、「いまこそ語ろう、ザハ・ハディド」 の「4000枚の図面が完成していたので、後は着工を待つばかりだった」という説明に納得できるでしょうか
2022-01-10 09:16:11それとは別の話として「いまこそ語ろう、ザハ・ハディド」の、あたかもオールマイティな建築の設計図が一つだけあって、それが完成しているのだからプロジェクトの実現可能性は疑うまでもない、という主張、それがまず違っています
2022-01-10 09:17:01一般的に、基本設計を終えてから作成する建築の図面には「見積図」「確認申請図」「施工図」「竣工図」といくつもあって作成する目的も提出する時期も違うものです
2022-01-10 09:17:19ザハ案の図面作成の流れは「見積図」の提出が2014年12月で「確認申請図」提出予定は2015年7月でした。ここまでは日建設計を含む設計JVが主導して図面を作成しますが、これで終わりでなく次に「施工図」を作成しなくてはいけません。「見積図」と「確認申請図」だけでは建築は建てられません
2022-01-10 09:17:45「施工図」は「見積図」や「確認申請図」よりも段違いに詳細で具体的な図面で、その作成は施工業者が担当します。これを設計JVがチェックし、時には設計と施工で協議して修正を入れて、変更があれば設計と施主が都度承認しながら進めます
2022-01-10 09:18:04「施工図」の作成は建築が着工した後も延々と続くもので、1階の工事中に2階の施工図を作成する様な感覚です。最後に作成するのが「竣工図」で完成した建築の仕様を正確に把握するためのものです。「見積図」や「確認申請図」だけでは建築のメンテナンスや将来の増改築は困難です
2022-01-10 09:18:21ザハ案の場合、このうちの最初の「見積図」でつまずきました。建設費をコントロールするには図面でコントロールするしかないわけですが、ザハ案の建設費が制御不可能、アンコントローラブルな状況に陥ったのは「見積図」がちゃんと出来ていなかったからです
2022-01-10 09:18:41「いまこそ語ろう、ザハ・ハディド」 で4000枚も出来ていた、と言っていたのは「確認申請図」の事で、「見積図」の問題についてはまるで触れていないのに、「あとは着工を待つばかりだった」とはとても言えないと思います
2022-01-10 09:19:22また、「見積図」の目的は建築の予算を確認すること、「確認申請図」の目的は建築の安全を確認することで、この違いからも「確認申請図」が完成したからと言って建築が建てられるわけではないことを説明できます
2022-01-10 09:19:47