自分の息子の「正妻」を「妾」(めかけ)だと日記に書いてた藤原道長。常識では理解できない平安時代の「結婚」。本当に「一夫一妻制」だったのか?

源氏物語の時代の「結婚」は、本当に「一夫一妻制」だったのか?疑問点を検討する。
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巫俊(ふしゅん) @fushunia

もうすぐ、紫式部が主人公の平安時代の大河ドラマが始まりますが、この時代の結婚制度に関しては、「一夫多妻制」が正しいとする通説に対して、「一夫一妻」(妾はいる)が正しいとの新説が出てます。ただ、中国史クラスタの私からすると、律令に記述云々との原則論みたいなのに逆に強い違和感が出て、

2024-01-05 19:45:17
巫俊(ふしゅん) @fushunia

正妻は一人だとする、「一夫一妻(多妾)制」にも、構図として違和感があったのですが、そうした工藤重矩氏の新説に対して疑問点を指摘してる論文が、青島麻子「婚姻研究に見る源氏物語論」(博士論文、2012年)です。 l.u-tokyo.ac.jp/postgraduate/d…

2024-01-07 16:43:31
親魏倭王(元学芸員:考古学) @yamato_ouken_02

@fushunia 平安時代に正室・側室の別があったかどうかは個人的にちょっと疑問ですね。藤原道長の場合、倫子も明子もともに皇別源氏の出で家柄に優劣はないですし。

2024-01-06 08:36:06
村山茂樹 @Clunio

@yamato_ouken_02 @fushunia 「室」と「妾」の差異は大きかったんじゃないでしょうか。で、「室」も「正」と「即」の区別が殆どなかったんだと思います。現代人が陥りがちな過ちなんですが、側室は妾ではない。正式な妻です。

2024-01-06 09:47:30
巫俊(ふしゅん) @fushunia

@Clunio @yamato_ouken_02 藤原道長は、自分の息子の妻(北方=正妻)を、自分の息子やその妻は、摂政の自分より身分が低いからという理由で、「妾」と書いてたとのことです。道長は、妻戸口を妾門口と書き、部下の妻も妾と呼んでましたが、妻(め)という言葉自体、身分卑しいものの妻を指す言葉になっていったそうです。

2024-01-07 02:45:22
巫俊(ふしゅん) @fushunia

@Clunio @yamato_ouken_02 妻・妾の区別は、中国的概念として入ってきてはいましたが、実態に合わなかったことから、奈良時代は「妻妾未分離」だとされ、律令の規定も妻・妾はともに「二等親」だとされ、公的行政執行にあたるときに妻と妾が存在することで支障が出ないように処理されてたと、書かれてました。

2024-01-07 02:57:47
巫俊(ふしゅん) @fushunia

@Clunio @yamato_ouken_02 8世紀の籍帳は、年齢の高い女性を妻とし、他を妾としてますが、これは便宜的にそうした表記になったもので、奈良時代以前においても、文献によっては同一人物の妻が妾と表記されてるとのことです。

2024-01-07 03:01:00
巫俊(ふしゅん) @fushunia

@Clunio @yamato_ouken_02 道長自身は、倫子と明子の地位を、言葉の優劣で表現しようとすることは無かったですが、藤原実資の『小右記』では倫子が北方・当腸で、明子が妾妻・外腹だとされ、優劣が付けられてました。しかし、そうした優劣は相対的・流動的なものだとのことです。

2024-01-07 03:11:17

論文を探す参考にさせて頂いた、古典文学が専門の方のツイート

砂崎良【SazakiRyo】 @SazakiRyo

一夫一妻多妾制説については藤井貞和先生が「奇抜な説(珍説と言ってよかろう)」と批判されていて また法的な面を言っているのか実態か、正妻は婚姻時に定まったのか事後か、確定か流動的かという諸要素が混乱したまま話が進んでしまう傾向があります 青島麻子先生の『源氏物語 虚構の婚姻』が詳しい twitter.com/tarareba722/st…

2024-01-03 07:16:45
たられば @tarareba722

#歴史探偵 #光る君へ 番組の最後で河合敦先生がさらっと「(平安中期)当時は一夫一妻制」と仰っていました。これは大変重要かつ大きなポイントです。 これはそのとおりで、当時は何人か側室や妾がいても「正妻/正室」は親が認めた一人だけ。藤原道長にも何人か「妻」がいましたが正妻は源倫子(鷹司殿/源雅信娘)ひとりです。他の妻とは(たとえば源明子(高松殿/源高明娘))、子供の出世の速度や社会的立場、待遇、法的保護範囲に明らかな違いがありました。 また、『源氏物語』の主人公、光源氏も常に正妻はひとりだけ。葵の上と、彼女が亡くなったかなりあとに娶った女三宮のみ(紫の上には光君の正妻になるだけの家格やバックアップ等の資格がなかった)。つまり『源氏物語』とは、光君の正妻の座を巡る女たちの争い、という側面もある、ということです(紫式部自身も正妻ではない側室で、藤原宣孝には紫女とは別の正妻がおりました)。

2024-01-02 22:13:48
砂崎良【SazakiRyo】 @SazakiRyo

個人的には、天皇でさえ中宮と皇后を分離し一帝二后になったあたりに、 妻(およびその後見勢力)に配慮すると、一妻(正妻は一人のみ)制度は、平安中期には本当に馴染まなかった のだろうなと感じている。

2024-01-03 07:23:12
砂崎良【SazakiRyo】 @SazakiRyo

“平安時代の婚姻制度は法的に一夫一妻制であり、正妻とそれ以外の女性たちとの間には立場・社会的待遇に大きな差があった。” 工藤重矩先生のご意見は玉鬘&髭黒の結婚への解釈が強引に見え、また夕霧&落葉宮の件も… 源氏物語の結婚 - 平安朝の婚姻制度と恋愛譚 (中公新書) amzn.asia/d/gEpoZRW

2023-12-09 12:01:02
砂崎良【SazakiRyo】 @SazakiRyo

砂崎には納得し難かった。 青島麻子先生のこちらのご著書を読んで、議論の錯綜を整理できた気がしている。 『源氏物語 虚構の婚姻』 amzn.asia/d/fcWLu7z

2023-12-09 12:07:34
砂崎良【SazakiRyo】 @SazakiRyo

2014年刊行の『落窪物語』(岩波文庫、藤井貞和校注)を読んでいて、 "一夫一妻多妾"制だという、奇抜な説(珍説と言ってもよかろう) というくだりに出会ったときには、思わず吹き出してしまった(笑) pic.twitter.com/ciCZW8lPxq

2023-12-09 12:17:21
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巫俊(ふしゅん) @fushunia

正妻は一人で、残りの女性は「妾」(めかけ)だったとする工藤重矩氏の新説「一夫一妻(多妾)制」に対して、疑問点を指摘してる論文が、青島麻子「婚姻研究に見る源氏物語論」(博士論文、2012年)です。それを著書に直したものが、青島麻子『源氏物語 虚構の結婚』(2015年出版)でした。

2024-01-07 17:32:38
巫俊(ふしゅん) @fushunia

「律令に書かれてるから」(残りは妾だ)という論理が、日本列島の古代史の実態に合わないために、これだけの錯綜とした研究動向を生み出してしまったとすると、くらくらします。

2024-01-07 17:35:26
巫俊(ふしゅん) @fushunia

何かの根拠に基づき、新しく検討した結果、「本妻」(もとのつま)は「離縁された妻」だと解釈される、ということが起こった訳ですが、これは「生きてる妻は二人といない」とする、中国の儒教思想で、「正しく」解釈してしまったもので、そのような「離縁された妻」解釈は成り立たないとされます。

2024-01-07 17:39:49
巫俊(ふしゅん) @fushunia

こうした疑問点を整理して、中国との比較から、古代日本の実態としての「妻」を検討したのが、研究者の胡潔氏の報告「平安時代の婚姻と女性」があります。こちらはタイトルでグーグル検索すると、ダウンロードできました。

2024-01-07 17:42:41

日本古代の「妾」表記は、中国史の側から見ると、同じものには見えないです。

さきほどの胡潔氏の報告によると、中国の場合、
「妾」は夫とは呼んではいけない。ご主人様と呼ぶ。
「妻」は、「妾」にとって女主人にあたる。
「妾」の親戚は、ご主人様の親戚では無い。
「妾」が死んでも、ご主人様や女主人様は喪に服さない。

巫俊(ふしゅん) @fushunia

何か、昔の平安時代「一夫多妻制」説は、比較的平等な「妻たち」を想定して、「多妻」の定義にしてしまったことがあったので、妻の立場に優劣があることが分かった結果、律令には妻・妾の区別があり、法的に正妻以外は妾だったとして、平安時代は「一夫一妻(多妾)」だと言われるようになりました。

2024-01-07 02:15:32
巫俊(ふしゅん) @fushunia

しかし、実際には、「妾」は古代の日本の婚姻実態からかけ離れたもので、中国から学んだ概念(妻・妾の区別)でしたが、実態と合わないので言葉も曲がってしまい、藤原道長は自分の息子の妻(他の記録では「正妻」)を、摂政の自分より息子やその妻は身分が低いから、それだけの理由で「妾」と書いてました

2024-01-07 02:26:20

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砂崎良【SazakiRyo】 @SazakiRyo

@fushunia 中国の法制度では妻と妾を分けており、古代日本もそれを形式的には取り入れた。でも実態は違った。 という点は、婚姻史・女性史で研究が重ねられてきましたよね。「法律があったから、平安期には妻・妾は歴然と区別があった」と唱えるなら、「その法律がどれほど行われていたか」を示さねば意味がない

2024-01-07 11:53:58
砂崎良【SazakiRyo】 @SazakiRyo

@fushunia 新説が、正しい(正確な)説とは限らない、ということかと。たいていの新説は、先行研究の検討・検証の果てに生まれるため、より正しくなることが多いけれど、全ての新説が正しい訳ではない。当然といえば当然ですが…(溜息)

2024-01-07 11:58:58