2011年12月30日

主体性と関係性、場の思想についての整理

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小山龍介 @ryu2net

今更ながらに哲学を勉強しようかと思う。

2011-12-30 00:31:33
小山龍介 @ryu2net

虫食いというか、あまりに抜けが多すぎて、流れがまったく説明ができない

2011-12-30 00:32:12
小山龍介 @ryu2net

たとえば、関係性についての問題が構造主義として出てくるまで、どういう変遷をたどったのか、全く知らない。主体性の問題が、どう変遷したのか。哲学の(たぶん)根本なのに。

2011-12-30 00:33:13
@kyogotakemoto

@ryu2net サルトルからフーコーあたりを読まれたらどうですか。レヴィナスも。

2011-12-30 00:39:03
小山龍介 @ryu2net

ありがとうございます!レヴィナス好きです RT @kyogotakemoto: @ryu2net サルトルからフーコーあたりを読まれたらどうですか。レヴィナスも。

2011-12-30 00:39:43
小山龍介 @ryu2net

中世までは神様がいて、近世は家単位で神様を選ぶことができるようになって、近代は個人の単位で神様を選ぶことができるようになって、「科学」という神様が一番人気になって、「選ぶ」主体としての展開があった。そこに構造主義がやってくる、みたいなまとめってありなのか、とか。

2011-12-30 00:34:44
小山龍介 @ryu2net

主体が関係性の中でバラバラにされて、たとえば今日僕がポッキーを買うのは、僕が主体的に選んだのか、CM見て動かされたのかとか、考えるようになって、要は機能主義的に?主体が解体されてしまった。でもそんなことはない。だって死があるから、僕の生は機能主義を超えた意味合いを持ってくる

2011-12-30 00:37:03
小山龍介 @ryu2net

死ぬのには意味はないけど、死ぬからこそ僕の生には意味がでてくる。というか、意味を見出すのが人間であり、それは他の動物が「人生」を考えないのと、根本的に異なる。

2011-12-30 00:37:55
小山龍介 @ryu2net

で、その生の意味がどこからくるのかと考えたときに、これはやっぱり死から照らしだされて見えてくる。しかも、自分が死んでいないわけだから、他人の死から照らされる。3.11で生き方が変わるのは、そこで亡くなった方の、生きている人間への問いかけがあるから

2011-12-30 00:39:11
小山龍介 @ryu2net

ホロコーストを生き延びたレヴィナスが、その偶然与えられた生の意味を問い直す。ここに、機能主義的な人間観からの逸脱がある。

2011-12-30 00:41:17
小山龍介 @ryu2net

つまり、死者が「観客」となり、僕達はその死者の視線を感じながら演じる「役者」となる。役者は、たしかに現実の関係性の中で、コンテキストに則った演技をするけれど、そのドラマの展開は、観客の視線を意識せざるをえない。

2011-12-30 00:42:25
@kyogotakemoto

@ryu2net 小山さんがレヴィナス!さすが内田さんファンですね♪

2011-12-30 00:42:24
小山龍介 @ryu2net

そうです! RT @kyogotakemoto: @ryu2net 小山さんがレヴィナス!さすが内田さんファンですね♪

2011-12-30 00:42:36
@kyogotakemoto

@ryu2net 内田さんは他者のことを死者に限定しているように読んでいて感じますが、レヴィナスの言う他者は、もう少し広い意味があるように思います。

2011-12-30 00:46:24
小山龍介 @ryu2net

同感です。RT @kyogotakemoto: @ryu2net 内田さんは他者のことを死者に限定しているように読んでいて感じますが、レヴィナスの言う他者は、もう少し広い意味があるように思います。

2011-12-30 00:46:53
@kyogotakemoto

@ryu2net レヴィナスが構造主義ではない点は、他者を決して包摂しえない存在と捉えていることですね。構造主義とポスト構造主義の深い溝をレヴィナスが繋いでいます。

2011-12-30 00:52:22
小山龍介 @ryu2net

これで整理がつきました! RT @kyogotakemoto: @ryu2net レヴィナスが構造主義ではない点は、他者を決して包摂しえない存在と捉えていることですね。構造主義とポスト構造主義の深い溝をレヴィナスが繋いでいます。

2011-12-30 00:52:56
@kyogotakemoto

@ryu2net よかった。嬉しいです(^_^ゞお休みなさい♪

2011-12-30 00:55:40
小山龍介 @ryu2net

清水博先生の「場の思想」における即興劇モデルは、こうした観客の視線が大きく関与する点で、他の場のモデルと異なるのではないかと思う(といいつつ、他のモデルを知らないが(笑))

2011-12-30 00:44:09
小山龍介 @ryu2net

そのうち、死者の視線は、もっと普遍的なものの視線になってくる。仏教でいえば、阿弥陀仏とか。一方で日常の関係性、もう一方でこうした抽象的な関係性を意識した即興劇のなかにいるのが、「人間」だろうと思う。

2011-12-30 00:46:09
小山龍介 @ryu2net

親鸞のいう浄土は、弥陀に救済されることを「信じた」瞬間に、救われる。それは、弥陀を観客として意識した瞬間に、その弥陀の視線によって救われるということ。

2011-12-30 00:49:32
小山龍介 @ryu2net

弥陀の視線によって、やるべきことが見えてくる。そしてそのことに打ち込む。念仏なんてどうでもいい、鍬を畑に打ち込むことが念仏になる。演じている即興劇の空間が、一気に広がるのが分かる

2011-12-30 00:50:54
小山龍介 @ryu2net

場の思想で重要なことは、二重性にある。日常の関係性と弥陀との感性性という二重性。これは、個と全体(Whole)との二重性。このときの全体性は、Totalismではなく、Wholism。弥陀の視線はあくまで、「わたし」個人に向けられていることが重要

2011-12-30 00:52:44
小山龍介 @ryu2net

いわゆる全体主義(Totalism)であるという批判が的はずれなのは、この視線の個人性にあるんじゃないかと思う。あくまで、「あなた」の生き方が問われるのであって、「わたしたち」ではない。「わたしたち」とした瞬間に、大きくズレてしまう

2011-12-30 01:00:35
小山龍介 @ryu2net

@ryu2net @kyogotakemoto つぶやきを使わせていただきました。問題ありましたら対応しますのでご連絡ください。 http://t.co/EyaGKpKe

2011-12-30 01:03:38
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