佐藤賢一先生による「閏月」解説

今日は4年に1度の2月「29日」ということで、江戸時代の科学史がご専門の佐藤賢一先生 @ke_1sato による、旧暦と閏月の解説連ツイをまとめました。
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--そもそも佐藤賢一先生は江戸時代の科学史がご専門です。

佐藤賢一の中の人 @ke_1sato

国立国会図書館の電子展示「江戸の数学」( http://t.co/hwIfBfN8 )が公開されました。第1部1~6章と第2部を執筆いたしました。今回、電子展示としては初公開の和算資料も数点あります。ご笑覧、ご批正をいただければ幸いです。

2011-12-21 10:07:40
橋本麻里 @hashimoto_tokyo

あ、面白そ。 RT @ke_1sato 国立国会図書館の電子展示「江戸の数学」( http://t.co/aR1T3yRb )が公開されました。第1部1~6章と第2部を執筆いたしました。今回、電子展示としては初公開の和算資料も数点あります。ご笑覧、ご批正をいただければ幸いです。

2011-12-21 14:39:58
佐藤賢一の中の人 @ke_1sato

恐縮です…『天地』も拙著を元ネタにして頂いたので複雑な心境です(笑) QT @hashimoto_tokyo 力作サイトで、思わず見入ってしまいました。ホントに面白いです…マニアックな話題かなと思ったのですが、意外なほど多くの方がRTして下さって…『天地明察』効果でしょうか(笑)

2011-12-21 15:33:10
橋本麻里 @hashimoto_tokyo

あわっ。ご本家…。RT @ke_1sato 恐縮です…『天地』も拙著を元ネタにして頂いたので複雑な心境です(笑) QT hashimoto_tokyo …『天地明察』効果でしょうか(笑)RT:国立国会図書館の電子展示「江戸の数学」( http://t.co/aR1T3yRb )

2011-12-21 16:25:51
ここから本題、閏月の話
佐藤賢一の中の人 @ke_1sato

今日は2月29日ということで、4年に1度訪れる一年の日数の「端数」につじつまを合わせる日。これが、江戸時代まで使われていた旧暦(太陰太陽暦)だと、1年=13ヶ月の年を作って季節と暦にずれが生じないようにしていました。今思うと、豪快なまでの日付操作です。

2012-02-29 09:03:33
佐藤賢一の中の人 @ke_1sato

旧暦の話のついでに。1年に13ヶ月ある年の余計な月を「閏月」と言います。月の満ち欠けで1ヶ月を計ると29日か30日。それを12倍すると大体354日しかならず、太陽の公転周期で計った1年=約365日との間に毎年11日ぐらいのずれが生じてしまうわけです。そのずれを直すのが閏月。

2012-02-29 09:10:00
佐藤賢一の中の人 @ke_1sato

(旧暦)→問題は、どのタイミングでその閏月を設定するか。季節の目安として立春、雨水……といった24節季があります。1ヶ月の間に24節季の2つが入るように旧暦は設定されていますが、たまに1つしか入らない「変な1ヶ月」が発生します。これを「閏月」とするわけです。

2012-02-29 09:14:20
佐藤賢一の中の人 @ke_1sato

(旧暦の話)→以下の話は暦研究者・岡田芳郎先生の本にも載せられているものだが、日本が旧暦から今の太陽暦に突然変更になった裏の理由。(明治6年のこと)当時から明治政府の官僚は月給制。ところが閏月が入ると1ヶ月分余計に支払わねばならない!そこで経費を節約するために太陽暦を採用したと。

2012-02-29 09:22:09
佐藤賢一の中の人 @ke_1sato

(旧暦の話)→この太陽暦採用を決断したときの責任者は大隈重信。一方、突然カレンダーを変えられた庶民は大迷惑。「太陽暦って何だ?」ということになって、『改暦弁』というパンフレットを書いて大儲けしたのが福沢諭吉。いやあ、こんな所で早慶の創設者がペアになって出てくるなんて。面白い歴史。

2012-02-29 09:25:54
佐藤賢一の中の人 @ke_1sato

(旧暦)→月の満ち欠けで1ヶ月を計るとハンパな数になるので29日(小の月)か30日(大の月)にします。この大小の月の現れ方も不規則。江戸時代までの人々は、来年が何日あるのか、1ヶ月はそれぞれ何日あるのか分からない状態で、年末に幕府公認の暦が出るのを待っていたわけです。

2012-02-29 09:36:42
佐藤賢一の中の人 @ke_1sato

(旧暦)江戸時代の商いは月末締めが多かった。そこで、今月は大の月なのか?小の月なのか?が重大問題となる。特に金貸し、両替屋などは切実。誰が考えついたかは知りませんが、店の前に大きく「大」と「小」の文字を裏表に書いた看板をかけて見分けるようになりました。(次のツイートで実物写真を)

2012-02-29 09:45:41
佐藤賢一の中の人 @ke_1sato

(旧暦)「大の月」と「小の月」を見分けるための看板。2006年に佐渡島で撮影。 http://t.co/cxQmgq3F

2012-02-29 09:49:57
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佐藤賢一の中の人 @ke_1sato

(旧暦)こちらは裏の方で「小の月」を表します。 http://t.co/fv0m3V4w

2012-02-29 09:51:20
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佐藤賢一の中の人 @ke_1sato

昔の観測と計算はかなりめんどくさいのですが、原理は先ほどつぶやいたとおりなんです。お役に立てて何よりです。 (^_^) RT @hahihin 「閏月はどこに入るのか」という謎が今解けました。ありがとうございます!

2012-02-29 09:57:55
佐藤賢一の中の人 @ke_1sato

(くどいけど旧暦)1年の日数が毎年変わり、月の大小も分からない。そんなことで江戸時代の人は「予定」を立てられたのか?閏月に生まれた人は一生の間に二度と誕生日を迎えられないのではないか?そんな心配は無用でした。祭などの行事は大体動かない日付に設定し、正月元日にみんな一斉に年をとる。

2012-02-29 10:06:19
佐藤賢一の中の人 @ke_1sato

ありがとうございます!恒例の行事は閏でない月に固定できても、占いなどは両方の月でやらざるを得なかったでしょうね。 RT @syunmyo 因みに宿曜経、などの占いでは、3月の閏月だとしても、常の3月と同様に星の運行を扱うようです。生半可な知識ですが。

2012-02-29 10:14:57
佐藤賢一の中の人 @ke_1sato

中国ほど「暦」に命をかけた文化というか国家はなかったと思いますねw RT @syunmyo 今年は寒いな~・・・・と思って旧暦とのずれをみると、納得しちゃう、ってこともありますね。中国でも皇帝が変わる度に暦をつくって、時間を支配する、行動を統制するなど・・・・凄いですよね。。

2012-02-29 10:19:09
佐藤賢一の中の人 @ke_1sato

(まだ旧暦です)江戸時代の暦を実質的に作っていたのは幕府の天文学者。一方、民間にも天文学者はいて、年末になると来年の暦を自分で計算して、幕府公認の暦と照らし合わせて楽しんでいる人が結構いました。日食の予報では、民間の学者の方の計算が当たって、幕府が赤っ恥をかいたこともありました。

2012-02-29 10:23:20
佐藤賢一の中の人 @ke_1sato

(旧暦最後)ある年代記史料に全く「閏月」の記載がないのは不自然ということで偽物とばれてしまったケースがあります。それから「暦」は消耗品です。皆さんも去年の暦など持っていませんよね。もし蔵の中や押入から古い暦が出てきたら、現代の物でもぜひ大事にとっておいて下さい。貴重な資料です。了

2012-02-29 10:34:02

--一部訂正

佐藤賢一の中の人 @ke_1sato

どうもありがとうございます!岡田先生のお名前、「芳朗」でいらっしゃいました。お詫びと共に訂正を。岡田先生の『明治改暦』(大修館書店、1994年)が参考になります。 http://t.co/rKiGPMsG

2012-02-29 11:24:31

--フィンランド大使館公式アカウントさんも。

駐日フィンランド大使館 @FinEmbTokyo

今日は閏日、Karkauspäiväかるかうすぱいゔぁ。フィンランドでは女性が男性に求婚できる日です。男性は女性からの求婚を断る場合、スカート用の布地を贈らなければなりません。4年に1度の特別な日です。気になるあの人に今日こそアタックチャンス。

2012-02-29 09:11:17
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