なお、武田が大規模な騎馬隊を編成していたとすると、信長の鉄砲などはるかに凌駕する画期的な戦術となる、という皮肉もある。ともかく長篠合戦の構図自体が、旧戦術の騎馬対新兵器鉄砲に単純化され、なかなかそこから理解が進まないことは間違いない。常識の壁は、かくも分厚い。
2012-04-22 01:25:29まあ、当たり前の話は、記録に残らないのです。 RT @sweets_street: @kurmacf 制度面の話は、記録の遺漏で決め手に欠けることが多いのが辛いところです
2012-04-22 01:26:46もちろんこれは、不勉強を批判するものではない。戦後歴史学が、戦争そのものに取り組むことを忌避して来た当然の帰結だからだ。戦争論がテーマとして論じられるようになったのは、つい最近のことなのです。
2012-04-22 01:29:16ああ、大日本史料が、天正三年に入るそうですね。その絡みでしょうか。期待してます。 RT @takkawato: 長篠は史料編纂所のK子さんが科研を取ったそうなので、少し先へ進むのを期待したいですね(ってか、私もちと噛んでますが)。
2012-04-22 01:36:02そういうことです。武田でも、騎馬に関する訓練の規定は見つかっていないのです。 RT @sweets_street: @kurmacf 組織的運用が可能な騎兵隊を作るのは、鉄砲を持った歩兵を大勢揃えるより大変ですからね。養成するためのコストが比べ物にならないです
2012-04-22 01:38:08ありえますね。最近のスピードからすると。まあ、年末雑載で一冊よりはいいか(苦笑) RT @takkawato: 大日本史料の刊行が目標のようですが、なんでも長篠だけで一冊になるという噂も(笑)。
2012-04-22 01:49:57@kurmacf 封建制では、王権が直接大規模な騎兵隊を養うだけの財政基盤がないので、自分で養ってる馬に乗った小領主を寄せ集めて騎兵にするしか無いですが、それでは組織的運用ができないです
2012-04-22 01:47:20@sweets_street 封建制、という言葉は最近の歴史学会では滅多に使わないのでかえって馴染みがないのですが、日本の大名・国衆がヨーロッパの領主よりも直轄領が少なかったことは、宣教師の証言するところです。
2012-04-22 01:56:33@kurmacf 動員が領主単位になってしまうということが、部隊の編制や戦術に与える影響があまり周知されていないのかもと感じることがあります
2012-04-22 01:59:54動員の段階ではそうなのですが、武田ではその後に部隊をバラして兵科別に編制し直しているようなのです。 RT @sweets_street: @kurmacf 動員が領主単位になってしまうということが、部隊の編制や戦術に与える影響があまり周知されていないのかもと感じることがあります
2012-04-22 02:03:26@kurmacf そうこが問題なのですね。領主単位で部隊が編成されていると言うのはわかりやすいですが、領主が供出した兵が兵科別に編制されたらどのような運用がされるかというのを想像するのが難しく、このことが鉄砲隊論議や騎馬隊論議を難しくしているのではと感じます
2012-04-22 02:06:13@sweets_street そうですね。だからこそ武田では、集団訓練をやっているようなのですが。正直、私もかっちりとしたイメージが描けていません。なにしろ、各給人ごとに旗持ちも動員されるので。そもそも、かなり新しい議論ですので、学会でもこれから練りこんでいくところです。
2012-04-22 02:11:45