- leaf_parsley
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放射線被曝による健康被害(特にがんによる罹患・死亡者増加)についての説明は、公的、私的問わずWeb上でも多く記載はされているものの、必ずしもわかりやすい内容ではないし、中には明確に間違ったものも結構存在している。
2012-06-17 00:21:15被曝によりがんが増える、ということを疫学的に初めて明確に示したのは広島、長崎の被爆者を対象として行なわれたLSS研究http://t.co/bmWroB9I。
2012-06-17 00:21:35これは被曝者と(被爆の有無以外同じ背景を持つ)非被曝群(厳密には完全に被曝していない人ではない被験者も含まれている)を1:1に集め、その後の経過を観察して被曝による影響を評価するという手法をとっている。
2012-06-17 00:21:53疫学研究でなくても、対照データ(この場合は非被曝者)をきちんと取ることは研究の大前提。そうでなければ「被曝した→がんで死んだ→被曝するとがんで死ぬ」という誤った3段論法(3た論法とも言う)になる。被曝していなくてもがんで死ぬのに、案外こういった間違った論が流布しているのも事実。
2012-06-17 00:22:19被曝によりがんになるのは確率的影響といわれるが、私たち自身がんになること自体、確率的にしか記述できないし、そもそも人の命がほとんどの部分は確率的な出来事に左右されている。我々の生が(自分が思っているのとは違って)確率的なものでしかない、ということは絶望的な認識かも知れない。
2012-06-17 00:22:43確かに、被曝による影響は「がんに罹って死ぬ確率」が幾許か増加するという、ある意味で不気味な、ある意味で極めて無味乾燥な数値として提示される。しかし、もともと私たちの生はそういった不確定要因に支配されてきた。それを意識するのは自ら、あるいは周囲が危機的状況に曝された時。
2012-06-17 00:23:01それを否認することは個人の選択として自由ではある。実際自身や近しい人がなくなるという事実に直面すれば「なんでこの人が」という理不尽な思いをするであろう。しかし、事後的にではあっても、その理不尽さを受け入れることなしに前に進めないし、案外受け入れられるものであるとも思う。
2012-06-17 00:23:21閑話休題。LSS研究は被爆者を被曝量でグループ分けし、対応する非被爆群に比べ一定期間にどれだけがんにより多く死者が発生したか(過剰死亡者数)をまず求める。http://t.co/yz0szbRbの表にそれが示されている。
2012-06-17 00:24:12このとき、被曝群のがん死者=A、非被曝群のがん死者=B、被曝群の人口(=非被曝群の人口)をCとすると、過剰絶対リスク(EAR)は(A-B)/C、過剰相対リスク(ERR)は(A-B)/Bで、寄与リスクは(A-B)/Aでそれぞれ示される。3つもリスクの種類があるのには理由がある。
2012-06-17 00:24:313種類のリスクにはそれぞれ伝わりやすい情報と伝わりにくい情報がある。EARは全人口に対してどれくらいのインパクトがあるのか(被害規模はどうなるかを見積もる)を評価するのに便利であるが、リスク要因の影響を医学的に解析するには不向き。
2012-06-17 00:24:49一方、ERRはリスク要因とリスクの因果関係を示すには向いているが(高いほど被曝による影響が大きいことを意味する)、必ずしも発生するリスクの規模を見積もるのには適していない。(寄与リスクについてはここでは省略)
2012-06-17 00:25:04当然、もとはある人口に対する過剰死亡者数から導かれた数値であるので、EAR、ERR、寄与リスクの3者の間は整合的になる。ところが、これが「常に」成立するとは限らない。例えば、http://t.co/G98gFqJb を見てみよう。
2012-06-17 00:25:21ここには、非被曝時に20%のがん死亡率である集団が100mSv被曝すると死亡率が21%に増加する、ということが書かれている。つまり、10万人あたりの癌死者2万人、過剰死亡者数200人、ERR=0.05、EAR=1%ということになる。
2012-06-17 00:26:33ではこれを①30%の集団、②10%の集団にしたらどうなるか。人によってはERRを使うべきと主張するが、例えば①の場合、ERRを使うと31.5%、②の場合は10.5%になる。一方、EARで計算すると、①の場合31%、②の場合11%になる。
2012-06-17 00:26:53つまり、場合によっていずれかの方法で見積もると過小、あるいは過大に見積もっていることになる。勿論、この時点ではこれ以上の情報がない以上、どちらが正しいか判断できないので、いずれの計算もしたらアウト。なので、これを一般化することが必要になってくる。
2012-06-17 00:27:32LSS研究では被爆時年齢、性別、被爆後年数などでそれぞれの過剰死亡者数を求めており、ある程度のデータは蓄積されている。しかし、そのままでは完全なグラフにして、「広島、長崎何歳でどれだけ被曝して、何年後にどれくらいがんで余計に人が死んだか」を推定することはできない。
2012-06-17 00:27:49これは、データが疎であるということだけではなく、先にも述べたように死亡という事象が確率的な現象で、死亡者数自体がある分布に従う確率変数であることから、仮に得られたデータを点で結んだだけでは凸凹のグラフになって使えないので、モデルを仮定してフィッティングすることが必要。
2012-06-17 00:28:24そこで使われているのが、二つの考え方ERRモデルとEARモデル。これはERRを求めるものでもEARを求めるものでもない(それを勘違いしている人がいるようだが)。http://t.co/1Gi30yE7 のp231の部分に記載がある。
2012-06-17 00:28:43式の最初にかかっているλ0(c,s,b,a)とは、c:非被曝群の居住地(広島or長崎)、s:性別、b:生年、a:到達年齢の瞬間(といっても1年間)のがん死亡確率を示すポアソン分布のパラメータ。ポアソン分布は稀な現象を統計的に解析するときに有効な確率モデル。
2012-06-17 00:29:00一般にポアソン分布はPo(k)=λ^k*exp(λ)/k!と表される。式の意味はわからなくても問題ないが、要するにある一定期間にλ回発生するある現象がk回起きる確率を示す分布。λ=npで、このことからλ0が1年間にn人の集団のうちでのがん死者の期待値(平均値)であることがわかる。
2012-06-17 00:29:15これをもとに、ある線量の放射線を被曝したときに、何倍その期待値が増加するか(ERRモデル)、あるいはどれだけ加算されるか(EARモデル)という形で実測値に対してフィッティングを行なうと、実際にデータを取っていない条件での被曝群、非被曝群の死亡者数、過剰死亡者が推定できる。
2012-06-17 00:29:33推定された過剰死亡者数から得られたERR、EARをプロットしたのがhttp://t.co/1Gi30yE7のFig2 (ERR)でありFig3(EAR)で、これらは全固形がんをまとめたデータで、がん種別にも求められている。
2012-06-17 00:29:51ただ、気をつけなければいけないのはこの結果を以て○mSvの被曝によりどれだけ過剰ながん死者が発生する、とか何倍になるとか何%と増えるということは言えない。この結果で言えるのは、「広島、長崎の被爆者ではこうであったと推定される」まで。一般化したらアウト。
2012-06-17 00:30:15これも案外見落とされていることだが、統計解析をした結果は必ずしも予測に使えるものではない。そんなことができたらそもそも競馬の予想ではずれる、などということが発生しないことになる。広島、長崎の事例には適用可能だが、他の事例に適用するには更にデータを取ったりすることが必要。
2012-06-17 00:30:33