【ゾンサバ小説】軍人サークと小さな夢【6日目】
激昂して飛び出した手前、どんな顔をして戻ればいいだろう。中央回廊を歩きながらリッカは考えた。流石に何食わぬ顔で戻るのは気まずい。あの軍人には謝った方がいいかもしれない。かもしれないが…気に入らない。彼は実際に生存者を誰も助けていないではないか。125
2012-07-06 23:04:18コツン、と小さな音がした。ちょうど前を通りかかった東口玄関のあたりだ。なんだと思って振り向き、瞬時にリッカは凍りつく。バリケード代わりに玄関のガラス戸にぴたりと寄せて止められた車のボンネットの上、這いつくばった格好のゾンビが、月明かりの下に獲物を見つけて奇声を上げた。126
2012-07-06 23:05:46「~~っ」リッカは腰を抜かし、ぺたんとその場に尻餅をついた。ゾンビは手を伸ばし、ガラス戸にガツン、ガツンとぶつける。と、覆い被さるように二匹目のゾンビが出現、腕を振り上げ…ガラス戸に叩きつける! ヒビが走る! 二発目! ガラスが粉々に砕け散り、リッカは悲鳴を上げた!127
2012-07-06 23:07:11ガラス戸を叩き割ったゾンビはべちゃりとモールの床に落ち、ずるずると這い寄ってくる。続けて二匹目もボンネットから落ちる!その背後からはさらに何匹ものゾンビが車を乗り越え、モールに侵入しようとせめぎ合っているのが見える。外に一体何匹いるのか想像もつかない!128
2012-07-06 23:08:31リッカは力の入らない手足をばたつかせ、少しでもゾンビから距離を取るべく後ずさる。ゾンビは腐肉をしたらせながら、べたり、べたりとリッカに迫る。リッカの頭の中は真っ白だ。背後からガタンと音がして振り向くと、無数のゾンビ達が裏口のガラス戸にびっしり張り付いていた。129
2012-07-06 23:09:50「あう…あぅ」最早後ずさることもできず、リッカはその場に硬直した。ゾンビはずるずると体を引きずりながら着実に迫る!リッカは恐怖に体を震わせ、顔面蒼白になってゾンビの表情のない顔を見つめていた。腐敗した青白い肌。死ぬ!死ぬ!リッカの頭を「死」の文字が埋め尽くす。殺される!130
2012-07-06 23:11:17ゾンビとの距離はもう50センチもない。リッカの脳裏に家族の顔がよぎった。親父、母さん、クルミ、そして兄貴――「嫌ぁ!助けて!」絶叫した瞬間…今にもリッカに掴みかからんとしたゾンビの動きがピタリと止まり、直後、ものすごい勢いで後ろに吹っ飛んでいった!131
2012-07-06 23:13:07「無事か!?」ゾンビの背中を掴み、力の限りに引っ張って後ろに投げ捨てた男がリッカに問う。リッカは一言も声を出せず、辛うじて小さくうなずいた。男…サークはリッカの頷きにわずかに頬を緩ませる。直後、サークの後ろから二匹目のゾンビが飛びかかった。リッカの心臓が凍りつく!132
2012-07-06 23:14:43だがサークは不意に身をかがめると、ゾンビの腹部に強烈な体当たりをかました。ゾンビが弾かれるように転倒する。間髪を入れずサークは倒れたゾンビを追いかけ、ゾンビの顔面をぐしゃりと踏み潰した。腐った血液が飛び散り、ゾンビの体は痙攣して動かなくなった。133
2012-07-06 23:16:15ところがその時にはすでに二十体を越えるゾンビがモール内に侵入を果たし、後続も絶え間なく続いている。さっきまで静寂に満ちていたモール内は、すでに腐乱死体の乱立する林のようだ。サークは東口玄関とそこから湧き出るゾンビの集団を一瞥し、リッカを抱えて猛スピードで走り出した。134
2012-07-06 23:17:49「隊長!これは…」「全員起こして逃げる準備だ。早く!」一拍遅れて駆けつけたボブにサークが叫び返す。「ちょっ…数多くないスかこれ!?」「この娘を頼む。できるだけ数を減らすがここを捨てる覚悟はしておけ!」サークはリッカをボブに渡し、ゾンビの群れに突っ込んでいく!135
2012-07-06 23:19:33「隊長無茶は…」無駄だと悟ったのかボブは途中で言葉を切り、リッカを抱えて靴屋に走る!続けて飛び出してきたエイミに叫ぶ。「ゾンビの群れだ!今すぐ全員トラックへ!」「群れ…なぜ!?」「そういうのは後!」エイミが上階に取って返したのを見て、ボブは西口のトラックへ走る!136
2012-07-06 23:21:04「うおっ!こっちもッスか!」物資を積んだ脱出用トラック2台は、西口玄関のガラス戸を向いてモール内に停車している。いざという時の脱出のため、西口玄関は車ではなく軽めの荷物でバリケードを作っている。だが、ガラスを叩く音はやまず、無数のゾンビの姿がバリケードの向こうに見えた。137
2012-07-06 23:23:28「つまりここが俺の担当ッスね」ボブはリッカをその場に下ろし、トラックの荷台のドアを開ける。「ここに入ってて。大丈夫、あの人化け物ッスから」リッカを中に座らせると、ボブは小銃のグリップを握り、玄関に向けて構える。正直残弾数は心許ない。「ひょー!隊長パゥワーが欲ーしいー!」138
2012-07-06 23:25:12サークは2体のゾンビを前に、隊長パワーで強く踏み込みを入れたところだった。左右から同時にゾンビが手を伸ばし、掴みかかろうと迫る。サークは片方のゾンビの腕を瞬時に横から掴み、わざと自分の側に引き寄せる。重ねて足払いを仕掛け、重心を崩されたゾンビが前のめりに崩れる!139
2012-07-06 23:26:45バランスを崩したゾンビは反対側のゾンビを巻き込んで派手に転倒!間髪入れずサークの強烈な前蹴りが上のゾンビの頭を蹴り飛ばす!下敷きになっているゾンビはまだ起き上がれない!サークは勢いよく踵を持ち上げ、渾身の力で下のゾンビの首を踏み潰した!140
2012-07-06 23:28:12その時には次のゾンビがサークの背後に迫っている!流石にすぐには対応できず、サークは慌てて距離を取る。すでに4体を潰しているが、その間に6体増えているペースだ。減らすどころか増えている。しかも終わりが見えない。サークは冷や汗をかいた。141
2012-07-06 23:29:48モールを囲むゾンビの数は想像を遥かに超えている。拠点を守りきるのは無理だろう。サークは目的を切り替えた。「ボブ! 聞こえるか!」「ヤー!」大声で怒鳴ると、ボブが怒鳴り返してくる。「あまりに数が多い!撃退は不可能だ!」「そんな気がしてたッスよ!」142
2012-07-06 23:31:22「今からこいつらをこっちに引き付ける!全員揃ったら即脱出しろ!」「隊長は…」「死ぬ気はない!終わったら撤退する!」「無茶すぎッスよ!」「返事は!」「…ッ!イエッサー!外の車は鍵がついたままッス!使ってください!」「終わったら基地に向かう!」「サー、また後で!」143
2012-07-06 23:33:02ボブは平時も戦場も問わずにおちゃらけている男だが、指示にはしっかり従う。エイミにもボブ経由で指示が飛ぶだろう。部下が確実に仕事をこなすのであれば、上司も己の仕事を完遂せねばならない。サークは目の前のゾンビに集中する。ここからが正念場だ。144
2012-07-06 23:35:07トラックの荷台に座るリッカは、ようやく思考能力を回復させつつあった。ゾンビに襲われたこと。サークが駆けつけたこと。まだ現実感に乏しいが、己の身に起きたこと、起こしてしまったことの意味を徐々に理解する。あたしが…あたしがゾンビに見つかったからこんなことに!145
2012-07-06 23:36:32「ごめんなさい…ごめんなさい」リッカの口から呟きが漏れる。玄関に向けて銃を構えるボブはそれを聞き、軽い口調で言った。「遅かれ早かれッスよ。見ての通りガラスは脆いッスからね~。むしろ隊長がいる時にこうなってラッキーだったくらいッス。あ、あとでお礼は言っといた方がいいスね」146
2012-07-06 23:38:00エイミに促された民間人がぱらぱらと駆けてくる回廊の彼方、大量のゾンビを相手に大立ち回りを続けるサークの姿が小さく見える。ゾンビはどんどん数を増やし、既にどれだけの数がいるのかわからない。あの軍人は怖くないのか。リッカは体を震わせながら、サークの戦いをじっと見つめていた。147
2012-07-06 23:40:00よろめいたゾンビの首の筋肉を、サークのハイキックが引き千切る。月光の下、黒い血が噴水のように噴き上がった。その体をサークは突き飛ばし、噴出する血を後ろのゾンビの目に浴びせる。視界を失ったゾンビの襟を掴んで床に引き倒し、踵で首を潰す。横から伸びてきた手を体を捻って回避!148
2012-07-06 23:41:49これまでサークがゾンビと対峙した時は、まず隙を作り、それから致命打を叩き込む二段階の手順で行動してきた。ゾンビの力は人間を遥かに凌駕する。たった一度捕まっただけで全てが終わりかねない。それを防ぐには、ひとえに正面衝突を避け、ゾンビに攻撃の機会を与えないことに尽きる。149
2012-07-06 23:43:37