剣道における傷害とGHQによる武道の禁止の歴史について

剣道における傷害と剣道における傷害とGHQによる武道の禁止の歴史についてまとめました。
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武心インデックス @g369

剣道と難聴について2ちゃんでスレがたっているが、私の知人の女性も長く剣道を学び難聴になった一人だ。まったくもっていたたまれない。成人前後くらいからか長くやり、70歳ほどになりすっかり難聴だと…それは剣道ではなく年齢…いやいやまったくもって剣道けしからん!

2012-08-09 10:39:53
武心インデックス @g369

面白いのは明治16年文部省が武芸の利害を調査して、結果学校教育への導入は不適切であると見送られた。

2012-08-09 10:51:14
武心インデックス @g369

利点欠点両面から議論がなされたが、東京帝国大学生理学者を中心に編成された調査団によると、長期にわたる柔術の修練は骨の発達を阻害し、剣術は頭を相当に保護しなければ重大な脳障害を引き起こすとの調査結果が出た。つまりは竹刀の弊害について。果たして脳障害とはなにか?気になるところだ。

2012-08-09 10:52:55
武心インデックス @g369

防具に関してはきっと何らかの進化があるだろうが、そこのところはどうなのだろうが?綺麗に面が入ると衝撃は凄まじいという体験談も耳にするが

2012-08-09 10:54:29
武心インデックス @g369

体操伝習所が明治17年に文部省に提出した剣術は、柔術の利点ならびに欠点が以下である。「二次術を利とする方(一)身体の発達を助く(二)長く体動に堪ふる力を得しむ(三)精神を壮快にし志気を作興す(四)柔惰の風恣を去りて剛壮の姿格を収めしむ(五)不慮の危難に際して護身の基を得しむ。

2012-08-09 11:03:46
武心インデックス @g369

害若しくは不便とする方(一)身体の発育往々平等均一を失はん(二)實修の際多少の危険あり(三)身体の運動適度を得しむること難く強壮者脆弱者共に過劇に失し易し(四)精神激し易く輙もすれば粗暴の気風を養ふべく(五)争闘の念志を盛にし徒らに勝を制せんとの風を成しやすし

2012-08-09 11:13:35
武心インデックス @g369

(六)競進に似て却て非なる勝負の心を養ひがちなり(七)演習上毎人に監督を要し一級全体一斉に授けがたし(八)教場の坪数を要するりこと甚大なり(九)柔術の演習は単に稽古着を要するのみなれども剣術は更に稽古道具を要し且常に其衣類及道具を清潔に保つこと生徒の業には容易ならず。

2012-08-09 11:20:15
武心インデックス @g369

さらに議論は続き、ついに大正二年に正課として認めらるに至る。だが問題点の是正は積極的に試みられ、それが武術体操の誕生に繋がる。だがこの流れは、欧米列強に対して国家主義を推し進めざるをえなかった当時の現状と合致したからこそと言える。即ち軍事教練としての需要である

2012-08-09 11:27:46
武心インデックス @g369

皮肉な事に武士の軍事訓練であった武芸が、時代錯誤として刀もろとも廃されたのが、四民平等の世に徴兵制(明治六年に徴兵令が出され、明治二二年大改正)と国家主義によって復活した。明治維新以降、古道具屋で埃を被っていた剣道具が姿を消したという。

2012-08-09 11:37:19
武心インデックス @g369

実際、まだまだ近代戦とて白兵戦は重要視されていた。弾薬の補給には限界があったし、戦車や飛行機などはまだまだ戦場では主役ではなかったのだ。結果、江戸期の武芸とてそこまで要をなさぬものではなかったらしい。だが大東亜戦争ではもはやその意義は薄れており、却って足を引っ張る結果になったとも

2012-08-09 11:48:27
武心インデックス @g369

そして大和魂を養ふ武芸はがさらに皮肉な事に、野蛮な日本人の根幹をなす危険な文化としてGHQにより禁止の憂き目を見る事になる。ちなみに武士道(士道、武道)と大和魂は本来は別個のものたが、(確信犯的には歪められた)葉隠思想と大和魂を混然され同一視されてしまったようだ

2012-08-09 11:53:19
武心インデックス @g369

戦後各流儀が忍んで稽古をしていたのは有名な話である。当時の新興武道だった少林寺拳法は演武大会ではボクシングのリングを用いて健康増進と勝敗を決する競技であなたたちのボクシングと一緒で思想的な危険性はないと押し通したとか

2012-08-09 12:01:42
武心インデックス @g369

鹿島新當流はこっそり集まり、道場ではばれるからと母屋と道場の間の庭で隠れて音を立てずに稽古したという。気合いもなく、木刀も当てないよう注意したとか。

2012-08-09 12:04:38
武心インデックス @g369

香取神道流も同様で、大竹先生の著者によると「終戦後二年間くらいは、学校でも、町道場でも、武道は一切できませんてした。竹刀が鳴る音も出せない状況でしたが、夜になってから香取神道流の型を思い出しながら、隠れて一人稽古をしてまして。」という話である。

2012-08-09 12:13:09
武心インデックス @g369

たかが二年と思ってしまいがちだが二年は長い。二年何もしなければかなり忘れてしまう。

2012-08-09 12:15:01
武心インデックス @g369

GHQによる日本刀の没収とて、地中に埋めて隠したなんて話しもあるし、稽古とて隠れてすればよい、などと今の時代に生きる我々は思うが、逆らえば米国に連行され処刑されるなんて噂もあったと聞く。勇気がいるというより博打みたいな感覚だったのではなかろうか

2012-08-09 12:18:25
武心インデックス @g369

黒田鉄山先生の祖父、黒田泰治先生もGHQの指令によって、文部省から出された「柔道、剣道等の武道を禁止する通達」を解除のため乗り込んで説得したという。その時は沖縄に引っ張られる覚悟だったとか。家族と二度と会えぬかもしれぬ程の覚悟。

2012-08-09 12:39:08
武心インデックス @g369

うちは師匠が先師についたのが戦後しばらくしてからで、とにかく物はなかったが禁止はされてなかった。だが先師は戦中戦後で大変だったらしい。ほとんど推測のレベルだが。ただ戦後は師匠以外誰もまとめに稽古しなかったらしい。みんな集まるとすぐ酒盛りになってしまう

2012-08-09 12:51:25
みんみんぜみ @inuchochin

@g369 民間道場については今で言う自主規制に近かったみたいですね。私の先生は焼け残った畳集めて柔道再開した、と言ってました。

2012-08-09 12:38:36
ちていのき @baritsu

基本が「クラブ活動含め学校では禁止」ですもんね。でも盛んに町道場に入門したり基地内で柔道部作っちゃったりして解禁への手助けになったのも連合軍将兵というのが皮肉w RT @inuchochin: @g369 私の先生は焼け残った畳集めて柔道再開した、と言ってました。

2012-08-09 18:01:54
みんみんぜみ @inuchochin

目の敵にされていたのはやはり剣道なんだろうか。戦後シナイ競技とかまで作ってるし。

2012-08-09 12:44:35
みんみんぜみ @inuchochin

日本人の性質から言って、お上(進駐軍)が剣道柔道禁止、と言っていたら、こっそり稽古してるのに気がついたら辞めろと言ったり、お上に密告したりしそう。それを考えると寧ろ日本人に見つからないようにやらなきゃいかんかったりして。

2012-08-09 12:56:27
みんみんぜみ @inuchochin

いやそれは無いです。大正には各地の剣術流派で流儀の稽古より武徳会式の稽古が主体になり始めてます。免許を得た人でも剣道の弟子しかいない例が多数です。 RT @iaiwaka: 略)ほとんど途絶えてしまったのか。 それは、戦後、禁止され、表向きには稽古する事すら出来なかったからです。

2012-08-25 07:04:28
みんみんぜみ @inuchochin

それからGHQは民間の武道武術を禁止してません。禁止されたのは学校武道で、民間武術は日本人が勝手に自主規制したのです。 RT @iaiwaka: 略)それは、戦後、禁止され、表向きには稽古する事すら出来なかったからです。(略)GHQが見抜けなかったからです。

2012-08-25 07:06:58
ちていのき @baritsu

「封建主義、軍国主義教育に加担した物を排除」の中での体練科武道の禁止ですからね RT @bubunken_web: GHQがリセットしたかったのは『教育』とか『軍部』とかにあった「武道」なのでわ。

2012-08-26 17:11:43