考察とか歴史とかのメモ

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ぷに子 @trkhngn

2つめ。亡国にもかかわらず消滅せずに人の姿をして現代にまで存在することの意味、理由を ドイツの中にあるプロイセン王国の誇りとか、そういう「何か」だと推測。飛び地はあくまでロシアんちの昔の家で、ドイツという国の中(国民含む)にプロイセンの歴史や文化が失われない限り

2010-07-15 17:48:01
ぷに子 @trkhngn

プロイセンという人の姿をした生命体?は存在し続ける。よって文化とかそういう「何か」が残るドイツの家にいる。ドイツがプロイセンのことを忘れないかぎり、プロイセンは存在することができる。プロイセンが消滅する時はドイツがプロイセンのことを忘れた時。

2010-07-15 17:49:44
ぷに子 @trkhngn

メモ。(-ω-`;) <毎日毎日あっちこっちで政権争いしてて体痛いあるよ…   戦国時代→cレ甘_甘) <毎日毎日戦ばかりで体痛いです…

2010-07-15 17:56:16
ぷに子 @trkhngn

ふむ・・・手元の資料で確認した1556年、西ハプス家所領となる、というのは違うようだ。3巻を確認したところ、マリー嬢との結婚で西ハプス家領に。と書いてあるので1477年か。ヘタリアという国擬人化二次創作というものは創作者であるひまさんの解釈がすべてだからなぁ・・・

2010-07-15 18:39:18
ぷに子 @trkhngn

あ、ちなみに3巻P61の 「1577年 マクシミリア大公とマリー女公の結婚~」 は誤植ね。 1577年つったらもう独立企てとるがなwww 1477年だよ。

2010-07-15 18:41:46
ぷに子 @trkhngn

西墺考察。 1477年 - 1482年 (マクシミリアン1世とマリーが共同統治) この1477年~をひまさんが 『オランダ・ベルギー』が西ハプス領になった年という解釈をしている。と、いうことは、フェリペ1世、カスティーリャ王、フアナと共同統治:1504年 - 1506年

2010-07-15 19:05:47
ぷに子 @trkhngn

この『共同統治』時代は結婚時代に含むかもしれないということだ。可能性としては、 共同統治時代は手を組んでいただけ。他の統治していた国と同じ扱い。結婚したという表記は西ハプス家がうまれてから。という解釈の仕方がある。

2010-07-15 19:08:14
ぷに子 @trkhngn

そして、共同統治時代から、つまりはフェリペ1世とフアナが結婚した日が結婚記念日、という解釈の仕方がある。ひまさん自身がフアナ嬢を気に入ってるふしがあり、ちょっと年代的にはギリギリもしくはアウトな時代に上司としてフアナ嬢を登場させている。

2010-07-15 19:11:50
ぷに子 @trkhngn

やっぱり無理があったのであろう、ロマーノ子分時代のフアナの登場は別の上司(1559年~ロマーノ子分時代なのでおそらくフェリペ2世)に変わっている。年代的にギリギリとひまさんが以前いっていたのは、イタリア戦争終了時1544年にはまだフアナが生きていたことに由来するのだろう

2010-07-15 19:23:41
ぷに子 @trkhngn

1479年11月6日 - 1555年4月12日がフアナが生きていた時期であるが、精神を病んだフアナは1508年に幽閉されたという記述があるのだ(一説によるとされていなかったともある)もちろん、彼女は退位しなかったが、作中登場するのは作者であるひまさんの趣味であることは明白だ

2010-07-15 19:29:51
ぷに子 @trkhngn

その後、ヘタリア年表を作り、ロマーノ支配が1559年になる。そこで無理があるとわかったのか、3巻ではフアナ嬢ではなくフェリペ2世に変わっているのだろう。そもそも、イタリア戦争時代にスペインの背中に「ハプスブルク領」という張り紙が貼ってある。その意味も重要だ。

2010-07-15 19:37:57
ぷに子 @trkhngn

あの張り紙が貼ってあるということは、親分は貴族のいいなりだということが読み取れる。つまりは尻にしかれているということだ。イタリア戦争開始時には、結婚していたことは確実(イタリア戦争開始:1521年 西ハプス家誕生:1516年)

2010-07-15 20:11:41
ぷに子 @trkhngn

そして、あのセリフ『今のうちに好きなこと全部しといたほうがいいぜ』オーストリアが策略(政略結婚)でスペインをゲットすると~という本家の言葉があるが、当時のスペインはオーストリアの策略でしょうがなく結婚していたことがわかるし、自由もきかなかったことが読み取れる。

2010-07-15 20:30:16
ぷに子 @trkhngn

しかし、子分ができてからの子分へ対する傲慢な態度(だが失敗に終わる)から、オーストリアには尻にしかれ頭が上がらないから子分には偉そうな態度をとってやるぜ!と読み取れないだろうか?『今のうちに~』のオーストリアへの態度と、子分ができた時の子分に対する態度があまりにもちがう。

2010-07-15 20:32:24
ぷに子 @trkhngn

考察に過ぎないが、西墺の過程は ハプス領へ(共同統治)→結婚(西ハプス誕生)→尻にしかれつつもオランダ・ベルギー支配権をもらう→ロマーノ支配。ええやつやん→オランダが反抗期→オランダがでてった→無敵艦隊敗れる→俺はオーストリアの味方やで!→西ハプス断絶。離婚後フランスの元へ

2010-07-15 20:45:38
ぷに子 @trkhngn

オランダ・ベルギーはまず1477年にオーストリアの支配下にあったが、1556年にスペインの支配下になった。でおk?

2010-07-15 20:50:58
ぷに子 @trkhngn

つまり、オランダ・ベルギーは79年間オーストリアのところ(神聖ローマんち)にいたということでおk?

2010-07-15 20:52:47
ぷに子 @trkhngn

ベルギーさんとハンガリーさんがおはなしする話とか見てみたいー

2010-07-15 20:53:08
ぷに子 @trkhngn

騎士団国家の消滅後も(略)騎士団は一種の慈善団体となり、現在も存続している。(by wiki) !!これか!プロイセンがなぜ現在にいるのかはこれだったのか!でも、ドイツが忘れないかぎり~のが萌える

2010-07-15 21:04:24
ぷに子 @trkhngn

@sorabo 身長差の件ですが、萌え抜きの考察、でしたら私考えましたよ。プロイセン>フランス>>スペインってかんじですね。そもそも、ラテン系っていうのは小柄で身長が低く、日本人とさして変わらないんです。日本人も最近平均身長伸びてきたので、もしかすると日本より低いかも・・・?

2010-08-13 10:56:16
ぷに子 @trkhngn

@sorabo 世界の平均身長を見るとわかると思うのですが、スペインはかなり低いです。そして、プロイセンは貧相な体、といってもゲルマン人です。(ゲルマン人といっても3種ありますが)なので、一番高いと思われます。

2010-08-13 11:00:44
ぷに子 @trkhngn

@sorabo ちょっとデジタル資料がなかったので印刷した資料であったのですが、ひまさんがモイ・普・伊・独の身長差を描いているイラストがあるのですが、プロイセンは170後半、アメリカと同じくらい?でした。モイはイタリアより少し低いので、171くらいでしょうか

2010-08-13 11:09:46
ぷに子 @trkhngn

@sorabo たしか身長は公表されていたはずなので、そこでフランスの正式身長、175cmがわかります。身長差のイラストを見るかぎりではプロイセンは175よりは上なので、普>仏ですね。

2010-08-13 11:14:52
ぷに子 @trkhngn

@sorabo アニメがひまさんの設定を忠実にひきついでいるかといわれると、疑問ですが、アニメの資料でもスペインはかなり低いです。貴族と親分を重ね合わせてみたら貴族の目あたりに身長がきていました。案の定、ロマーノよりも低いです

2010-08-13 11:16:56
ぷに子 @trkhngn

@sorabo ちなみに、フランスと照らし合わせてみたら鼻の下あたりに身長がきていました。 というか、やはりというべきか、日本(165)と照らし合わせてみたら、日本より若干低かったですwwwやはり、各国の平均身長をもとにしているので、スペインはかなり低いです。

2010-08-13 11:19:31