「イナカの善人」は道徳の泥棒であると言う孟子の教えについて
- nomaddaemon
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『論語』の子路篇に「中行を得て之に与(くみ)せずんば、必ずや狂狷か。狂者は進みて取る。狷者は為さざる所あり」という言葉がある。「中行」ってのは中道・中庸の人のこと。「狂」は志が高く進取の気性に富むが、言行不一致の気味がある。「狷」は、知は及ばないが節義を守ることには堅い人。
2012-10-26 12:43:13「中行」は儒家の理想だけど、それはたいへん得難いものなので、過不及のところは認めつつも、孔子が次善の存在として「狂狷」を評価しているところに注意。儒教において徹底的に批判されるのは、孔子が「徳之賊也」と罵倒した「郷原」である。
2012-10-26 12:45:30「郷原」とは、孟子によれば次のような人物のこと。「謗ろうにも非難しようにも、まるでしっぽのつかまえどころがなく、流俗と歩調をあわせ、けがれた世と呼吸を一つにし、態度は忠信に似、だれからも愛され、自分でも正しいと信じている」(『孟子』尽心下、訳は島田虔次による)。
2012-10-26 12:48:31んで、ツイッターで私自身も含めた人々の言説を眺めてて感じるんだが、みんな「自分は『中行』ではないかも知れないけど『狂狷』ではあろうとしていて、それが『郷原』のあまりにひどい言動を、やむにやまれず咎めている」と思ってるんだよね。ウヨクはサヨクに、サヨクはウヨクに対してそう思ってる。
2012-10-26 12:51:14ゴータマ・ブッダが言ったのは、「そういう意見への執着というのは、実のところ素朴な『好き嫌い』の感情が我と結びついてできているもので、それに基づいていくら戦っても、無自覚のままに意見の奴隷になってしまって、自分も他人も抑圧するだけだから、そういう不毛なことはおやめなさい」ってこと。
2012-10-26 12:54:41ま、これ自体は全く正しいお話だと思うのだけど、現実問題として社会を少しでも「まし」に運営しようとしたら、「幸福計算」という「取引(bargain)」をせざるを得ないわけで、そのためには「意見」を明示した議論だってしなきゃいけない。そのあたりがね、まさに「ポイズン」なんですわ。
2012-10-26 12:58:42ウ・ジョーティカ師などは、「瞑想においては、決して bargain しないでください。bargain の文脈から離れることが瞑想なんです」ということをよく言うし、ゴータマ・ブッダは、世俗の文脈から離れた出家生活を強く推奨する。その点において、彼らの態度は実に一貫しているわけです。
2012-10-26 13:01:36これに対して、「修身斉家治国平天下」が君子の道であるという筋を外せない儒教の徒は、上述したような仏教の主張を承知しながら、それでも士大夫(≒為政者)として生きる道を模索しようとする。その格闘の軌跡が表れているのが宋学以降の儒教であって、私がそこに興味をもつのは、それゆえです。
2012-10-26 13:05:28ま、いくら学んだところで、結論は、「意見を言うにしても、それは修身(格物致知)によって志向される、人欲から距離をとった世界観に基づかなければ不毛である」という凡庸なものになるしかなさそうなんですが、「中行」というのはそういうものかとも思いますので、ちまちまやって参りますですよ。
2012-10-26 13:10:13このあたりはわりと大問題でさ、「郷原」と「中行」って、ぱっと見では区別がつきにくいから、世の人々の「郷原」ぶりに批判的な人たちは、どうしても「狂狷」、なかんづく「狂」のほうへと向かいがちなんだよね。
2012-10-26 22:27:16王陽明も晩年に、「私も以前にはまだいくらか郷原の気味があったが、今やっと狂者の心境(狂者的胸次)に立つことができた」なんて言ってたりする(『伝習録』下、一一二)。
2012-10-26 22:37:46陽明先生のこういう気持ちはよくわかるのだが、ただこうした傾向が進んで「狂」であることがベタに評価されるようになると、今度は「狂」を気取って世に迎合しようとする「郷原」が現れて来たりもするわけで、そのへん悩ましいところだと思いますな。
2012-10-26 22:40:34けがれた世界で正しいと信じている生き方をして、だれからも愛されている人を、謗ろうとか非難しようとするというのは、もう許したげてと思います
2012-10-27 17:01:05ということで、翻訳で部分的に見ていてもわからないことは多いですから、原文を参照しつつ、少し丁寧に考えてみようかと。最終的に「郷原」をどう評価するか、というのは、また自ずから別の話ですが…
2012-10-28 18:51:15以下、『孟子』の尽心篇下より引用。尽心篇は『孟子』七篇の最後の篇であり、そのまた末尾に見えるのが、以下に引く「郷原」に関する議論ですから、これは『孟子』全篇のほとんど最後の話題ということになる。直前には「狂狷」に関する孟子のコメントもありますが、それはさすがに省略します。
2012-10-28 18:58:19孔子曰く、我が門を過ぎて我が室に入らざるも、我これを憾みざる者は、其れ惟だ郷原か。郷原は徳の賊なり、と。曰く、何如(いか)なれば斯ち之を郷原と謂うべき、と。
2012-10-28 19:01:05万章の質問。「孔子は、『我が家の門を通りすぎて我が室に入らなかったとしても残念に思わないのは、ただ郷原である。郷原とは道徳の盗人だ』と言いましたが、どういったのを郷原と言うべきなのでしょうか」
2012-10-28 19:04:12曰く、何を以て是れ嘐嘐(こうこう)たるや。言に行いを顧みず、行いに言を顧みず。則ち古の人、古の人と曰う。行い何為(なんす)れぞ踽踽(くく)涼涼たる。斯の世に生まれては斯の世たり。善(よみ)せらるれば斯ち可なり、と。閹然として世に媚ぶる者、是れ郷原なり、と。
2012-10-28 19:07:42孟子の回答。「『狂者は何だってあのように大言壮語するのか。行為を顧みずに物を言い、言葉を顧みずに行為する。それで口を開けば「古の人、古の人」と繰り返すのだ。また、狷者はなぜあのように孤独であって、人に親しまないのか。→
2012-10-28 19:11:42→今の世に生まれた以上、今の世の人らしくして、人から善い人間だと思われれば、それでいいではないか』と言って、自分の本心を掩い隠して(韜晦して)世の中に媚びへつらうもの、それが郷原である。」
2012-10-28 19:12:57さて、まず「郷原」の語義から確認していきますが、朱子によれば「郷」は「鄙俗」であり、「原」は「愿」であって「謹厚」の意。要するに「郷において愿とされるもの」を「郷原」と言うわけで、つまりは「イナカで善人だと褒められているけれども、君子の公論によってはそう見なされない者」のこと。
2012-10-28 19:19:40