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セカンドアフターEX2012
やおき @yaoki_dokidoki
昼ごはん食べながらセカンドアフターEX2012を読みちゅう。てら×しづ対談は、志津さんの導入が、なかなか共感させる手つきだ。

セカンドアフター公式ブログ
目次も見られます。

やおき @yaoki_dokidoki
そして開始2ページ目にして、てらまっとさんの作った聖地巡礼用立ち絵装置の話が出てくる。この異様さがいい。

ツイートまとめ 「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」聖地巡礼in秩父with拡張現実 秩父が舞台のアニメ「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」聖地巡礼写真まとめです。"Analogue Augmented Reality System Device"こと「あなる」試作初号機の動作確認も兼ねています。 12945 pv 54 7 users 1

てらまっとさんの「あの花」聖地巡礼。

やおき @yaoki_dokidoki
「じょしらく」の楽屋はつねに侵入者におびやかされていて、また壁や天井や床下にも不気味なものがひそんでいる。そのことをてらまっとさんは「けいおん!」の安心な守られた部室とはことなる「穴だらけのインフラ」と呼び、わたしたちの「震災後の日常」と結びつける(セカンドアフターEX2012)
やおき @yaoki_dokidoki
てらまっとさんは、「拝借景」というアートプロジェクト/シェアハウスでの自分の体験と、震災後の日常、つまり避難所での生活(プライベートとパブリックの境界がなし崩し)や食品や飲料水に入り込んでくる放射能の脅威を想像的に結びつける。

拝借景色
拝借景プロジェクトのブログ。お風呂の様子など見られます。

借りる、住まう、考える:拝借景と住むことのアート
それについてのてらまっとさんのブログ記事。

やおき @yaoki_dokidoki
「いずれにせよ『じょしらく』では、一見すると部屋のなかに閉じこもっているように見えて、実は否応なく外部にさらされている」(セカンドアフターEX2012所収「震災後の遠景」、p.13)
やおき @yaoki_dokidoki
てらまっとさんの連想というか想像というか妄想というか、それは神がかっているなー
やおき @yaoki_dokidoki
志津Aさんもてらまっとさんも、アニメ版「じょしらく」でBパートで東京観光のように楽屋の外へ出る仕掛けがあったのを拙速ではなかったかという。
やおき @yaoki_dokidoki
てらまっとさんは「『じょしらく』では、一見すると部屋のなかに閉じこもっているように見えて、実は否応なく外部にさらされている」(「震災後の遠景」『セカンドアフターEX2012』、p.13)という。
やおき @yaoki_dokidoki
つまり、わざわざ東京観光へ行かせなくても、窓の外の異物たち、壁床天井にひそむ不気味なものたち、侵入者たちによってすでにつねに「じょしらく」は外部にさらされている。また、志津Aさんは胡蝶の夢のエピソードやバブル景気へのタイムスリップエピソードを「いま・ここ」の相対化であるという。
やおき @yaoki_dokidoki
したがって、アニメ版「じょしらく」は東京観光のBパートをオリジナルに挿入することで、本来じょしらくがもっている「穴だらけのインフラ」によって不安にさらされつづけている「日常」の相対化、「いま・ここ」の相対化という視点のラディカルさを不鮮明にしている。その点で拙速ではなかったかと。
やおき @yaoki_dokidoki
ここで、おふたりの話題は抽象化されていく。セカイ系、日常系をめぐる近景/中景/遠景という視点へとシフトする。志津Aさんは、たとえ『じょしらく』であれ、「『外』というのも、非常に狭いというか、限定されたもののような気がします」と述べる(『セカンドアフターEX2012』p.13)
やおき @yaoki_dokidoki
というのは、そこで描かれている外、「社会」は結局のところネットオタク的な想像力に依存した限定的な社会のようだからだ。例としてマンガ版の「試し秋」というエピソードに出てくる、眼鏡をかけた小太りの男性として描かれている「読者」像があげられている。
やおき @yaoki_dokidoki
近景と遠景が短絡されるセカイ系に対して、「いま・ここ」を拡張する日常系(つまり、近景を敷衍・拡張するということかな?)は、風景や小道具の特定ゲームにみられるように、視聴者間のコミュニケーションを活性化する(つまり、いまここを拡張?)という。
やおき @yaoki_dokidoki
てらまっとさんの印象的なコメント。「日常系では、視聴者の『いま・ここ』がコミュニケーションを通じて社会的な領域へと拡張されることになります」(「震災後の遠景」『セカンドアフターEX2012』p.15)。→おそらく、近景はコミュニケーションを通して中景まで広げられるということ。
やおき @yaoki_dokidoki
つづき「このことは、ニコニコ動画のインターフェイスにわかりやすく現れていると思います。近景が視聴者の『いま・ここ』であり、遠景が画面のなかの『ここではないどこか』であるとすれば、社会的な領域としての中景は、両者のあいだを流れていく匿名のコメントの群れに対応しています」つづく
やおき @yaoki_dokidoki
つづき「これは言い換えると、アニメを見るという経験のうちに、部屋の外にあるものが侵入してくるということを意味します」(「震災後の遠景」『セカンドアフターEX2012』p.15)。→これは直前で述べられていた、部屋の中でテレビと孤独に向き合うセカイ系的な視聴スタイルとの対比である。
やおき @yaoki_dokidoki
ちなみにセカイ系の典型例として、エヴァの中にとじこもるシンジくんのことが挙げられているが、これを現代のニコニコ動画におきかえると、シンジくんの前の操作パネルに、戦いを見ているひとたちのあざけるようなコメントが大量に流れるという想像がされた。それはとても辛そう。
やおき @yaoki_dokidoki
みんなが、「右、右」「もっと早くうごけんのか」「足元ビル注意」などとコメントして、それを無視したりコメントに翻弄されたりしながら戦うシンジくんの姿。それってニコ生みたいだね。
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コメント

やおき @yaoki_dokidoki 2012年11月22日
綴りを間違えていたのでタイトルを変更しました。「retholica」→「rhetorica」
やおき @yaoki_dokidoki 2012年11月22日
レトリカ関連を拾遺しました。
やおき @yaoki_dokidoki 2012年11月22日
セカンドアフター、てらまっと、rhetorica、ハム壁、Fなどの参考文献を追加しました。
やおき @yaoki_dokidoki 2012年11月22日
てらまっとさんの"Analogue Augmented Reality System Device"こと「あなる」試作初号機の写真を追加。
やおき @yaoki_dokidoki 2012年11月23日
『ハムスターを壁にバンバンぶつける』vol.2と、その音楽レビューで紹介されてた音源などを追加しました。
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