広島教採塾さんの「教職教養を想いや語りに活かす」のツイート。

まとめてみました。広島教採塾さんのHPは、http://kyousaijuku.com/
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レトリカ教採学院(教採塾)河野正夫 @kyousaijuku
教職教養(教育原理、教育心理、教育法規、教育史、教育時事など)は筆記試験のためだけと割り切っている人が多いようですね。でも、教育を考え、自分の想いや語りをまとめ上げるときには、教職教養の知識は欠かせないものになってきます。教職教養の知識なしで語っていたのでは、単なる思いつきです。
レトリカ教採学院(教採塾)河野正夫 @kyousaijuku
例えば、「ほめて伸ばす」ということを大切だと考えている、とします。それはそれで間違った考えではありません。「できた」、「分かった」という喜びを子どもに感じさせながら学びを成長させることはとても大事なことです。でも、いつも単に褒めるだけでよいのでしょうか?
レトリカ教採学院(教採塾)河野正夫 @kyousaijuku
もちろん、叱ることも大事だという意見もあるでしょうが、ここでは、褒めるようなことがあった場合ということで考えてみましょう。子どもが「できた」、「分かった」というときには、常に褒めてあげるのが効果的なのでしょうか?
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これに関しては、教育心理などで出てくる「ワイナ―の原因帰属」の理論を思い出すと興味深いことが言えます。原因帰属理論の中に、成功の原因を何に帰属させるかという観察結果があります。成功した時に、その成功の原因をどこに見出すかということです。
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有名な例では、習熟度がもともと高い子どもは、テストで満点を取った時などには、満点を取ったという成功の原因を自分に帰属して考えます。つまり、「自分の勉強法がよかった」とか「あの問題集をやったのがよかった」とか「教科書を読み直したのがよかった」という風にです。
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ところが、習熟度がもともと低い子どもが、テストで満点を取ったという場合には、その子どもは満点を取ったという成功の原因を他者に帰属させがちです。つまり、「テストが簡単だった」、「先生が甘く採点してくれた」、「運が良かった」などと感じてしまうのです。
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まとめて言うと、満点を取ったという成功体験、つまり、「分かった」、「できた」という事実があったとしても、その成功原因をどこに帰属させるかについて、習熟度の高い子どもと低い子どもでは大きな差がある場合があります。
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このことから褒めるときの褒め方も使い分けなければならないことになります。もともと習熟度が低い子がテストで満点を取った時に、「満点を取ったね。良かったね。凄いね。頑張ったね。」と褒めても、その子どもは、満点を取った原因を「採点が甘かった」などの他者に帰属させているかもしれません。
レトリカ教採学院(教採塾)河野正夫 @kyousaijuku
成功原因を他者に帰属させているときに、いくら褒めても、自己達成感や自己有用観は生まれないでしょう。だから、そんな時には、「ノートをきちんとまとめたのが良かったんだね。」とか「毎日、宿題をやり続けたのが良かったんだね」と、成功の原因の帰属先を示唆してあげることも必要になってきます。
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子どもを「ほめて伸ばす」と簡単に言いがちですが、教育心理などをしっかりと勉強していれば、どのような時にどのように褒めればいいのかのヒントになります。何も知らず、学問的な基礎知識もなく、ありきたりに、褒めて伸ばすことが必要と叫ぶだけではプロフェッショナルな語りとは言えないでしょう。
レトリカ教採学院(教採塾)河野正夫 @kyousaijuku
もちろん、先程のワイナ―の原因帰属の理論も、いろんな実験結果や観察結果があります。全ての場合に一様に適用できるものではありませんが、この理論を全く知らないのとある程度は理解しているのとでは雲泥の差があります。
レトリカ教採学院(教採塾)河野正夫 @kyousaijuku
ものを知らない人が教師になってはいけないのです。これは当たり前ですよね。医学を修めていないものが医者になってはいけないでしょう。医学の知識がない医者に診てもらいたいとは思いませんよね。これと同じように、教職教養(教育学)の知識がない教師には教えてほしくないのです。
レトリカ教採学院(教採塾)河野正夫 @kyousaijuku
誤解しないでくださいね。学問(教育学)だけを勉強しても優れた教師にはなれません。教師は人間(子ども)と接する職業ですから学問だけではダメです。でも、これは、医師にも同じことが言えます。医学のみを勉強しただけでは、優れた医師にはなれません。でも、教師にも医師にも学問も必要なのです。
レトリカ教採学院(教採塾)河野正夫 @kyousaijuku
私は情熱だけで教師になろうと思っている人は、あまり信用できません。学問だけではダメだけれど、学問を軽視し、やらない人は教師に向かないと思っています。情熱だけの医師は信用できないし、医学を理解しない医師に診てもらいたいとも思わないのと同じことです。
レトリカ教採学院(教採塾)河野正夫 @kyousaijuku
情熱は必要です。でも、教師には、情熱に加えて学問も必要です。情熱だけで空回りする教師には子どもを託したいとは思えませんし、託してはいけないのだと考えています。
レトリカ教採学院(教採塾)河野正夫 @kyousaijuku
こんな視点で、教育原理や教育心理の教科書や参考書を読み直してみてください。たくさんの学問的な学びの要素が輝いています。皆さんの情熱をカタチにして実際に教えるときにヒントになることがたくさん書かれています。それを発見して、自分の武器にしていくことが大切です。
レトリカ教採学院(教採塾)河野正夫 @kyousaijuku
教職教養を無味乾燥な暗記だけの学問だと感じている人は、かなりの損をしていますよ。教採用の教育原理や教育心理の参考書の中にも素敵なことがたくさん書かれています。皆さんの情熱をカタチにするための秘訣に満ち溢れています。生きた学問をしながら、教採の筆記試験の勉強もしていってくださいね。
レトリカ教採学院(教採塾)河野正夫 @kyousaijuku
私が教職教養を教えるときは、そういった部分を徹底的に掘り下げます。時には、「これは教採には出題されないけれど、どうしても知っておいて!」と言いながら熱く語ることもあります(微笑)。でも、そうして学んだ教職教養は結局は教採でも役に立ち、また、教師なってからも血となり肉となります。
レトリカ教採学院(教採塾)河野正夫 @kyousaijuku
こんな風に教職教養を眺めてみましょう。そうすると、特に教育心理などは子どもを教育する上でのヒントの宝庫ですよ。社会的促進の理論、ヤーキーズ・ドットソンの法則、マズローの欲求階層説、バンデューらのモデリング、ミラーのマジックナンバー7など、興味深いものが目白押しではないですか。
レトリカ教採学院(教採塾)河野正夫 @kyousaijuku
教育原理や教育法規でも同様ですよ。例えば「体罰の禁止」。なぜ、教師は子どもに体罰を与えてはいけないのでしょうか? 教育法規的な正解は「学校教育法第11条で禁止されているから」となるでしょう。でも、それだけでしょうか? 教師が体罰をしてはいけない理由は他にはありませんか?
レトリカ教採学院(教採塾)河野正夫 @kyousaijuku
「子どもの権利は日本国憲法で保障されているから。」 なるほど、それもありますね。他には? 「暴力と恐怖で教えられた子どもは、暴力を肯定するようになり、他者に同じように暴力で接するようになる。」 これも重要ですね。 他には?
レトリカ教採学院(教採塾)河野正夫 @kyousaijuku
きっと教師にとって最も重要なのは、教育法規的な答えだけではなく、「暴力や恐怖で子どもを教えるのは、教師の教育力や指導力の安易な放棄になる」ということではないでしょうか。人を暴力や恐怖で動かすのは簡単です。刃物や銃器を突き付ければ、人は何でも言うことを聞くでしょう。でもそれは教育?
レトリカ教採学院(教採塾)河野正夫 @kyousaijuku
例えば、宿題を出すとします。教師が、もし、「宿題をやってこない奴は、ぶん殴る」と言えば、殴られるのが怖いので、子どもたちは宿題をやってくるでしょう。でも、そこには、宿題をすることの意義を教える指導も、やりたくなるような興味深い宿題を準備する教師の努力もありません。
レトリカ教採学院(教採塾)河野正夫 @kyousaijuku
ただ、「宿題をやってこない奴は、ぶん殴る」と言うだけです。なんと簡単で効率的な方法でしょうか?? でも、これを教師が教育の場でするのですか? 簡単だから、効率的だからといって、この方法を採るのでしょうか? 答えは明白ですね。
レトリカ教採学院(教採塾)河野正夫 @kyousaijuku
体罰を肯定すれば、教師はものすごく楽になります。暴力と恐怖で子どもを動かすことができるからです。そこには、教師の努力も、動機付けも、学習意欲の醸成もありません。教師はそんな苦労を投げ捨てるのです。良い教材づくりも、興味関心を引く発問もいらない。ただ、暴力と恐怖で脅すのですから。
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コメント

uraent(白井黒子様は不死身) @uraent 2013年2月16日
ほんと、体罰は単なる暴行ですからね。@rinmei0806 とかいう気違いが、体罰容認したい一心で、警察もやっているとか嘘を並べて、正当化しようと必死になっていたりします。こういった気違い(多分殴られることでしか動けなくなった輩)は、他人を動かすのに暴行という一種類しか方法を知らないのでしょう。
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