東海道中膝栗毛 [初篇]
- KumanoBonta
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ガタッ、どばしゃーん! しゅううぅぅぅ~喜多「わああー助けてくれー!」弥次「なんだなんだ、何が起きた」弥次が駆けつけると、そこには煙と湯気と灰にまみれた喜多の姿が。弥次「うわっ、大丈夫か?」大きな音と声に驚き、宿の主人も飛んできた。
2013-01-03 19:00:13主人「何ごとですか! うわあ、大丈夫ですか、お怪我はございませんか?」喜多「はい…大丈夫です…けどお風呂を壊しちゃいました」主人「いったいどうしてこんなことに」喜多「つい下駄で風呂の底をガタガタやっちゃいました…」
2013-01-03 19:00:27主人「下駄?ええっ、下駄を履いて風呂に入ったんですか? うわあ、なんてことを」喜多「すみません、裸足で入ったらあまりに熱かったものですから」主人「まいったなあ。怪我がなかったのは幸いですが、風呂の修理代は弁償していただきますよ」喜多「はい、申し訳ありませんでした…」
2013-01-03 19:00:41こそこそと体を拭きふさぎ込む喜多八を見て気の毒になったらしく、弥次が修理代の7000円を支払い頭を下げてきた。と、ここでまた歌が浮かんだようだ。弥次「据え風呂の 釜をぬきたる 科(とが)ゆえに やど屋の亭主 尻をよこした、か…」
2013-01-04 19:25:30尻をよこしたとは失敗の責任を取らせたという意味で、後の世では「尻を拭う」の言葉が残っているように、物事の結果を表すのが「尻」である。弥次はそれに「釜」をかけて歌にした。
2013-01-04 19:25:42喜多「あーあ、ちくしょう…」思いがけない出費がよほどショックだったらしく、喜多は風呂抜き事件からずっと無言のまま夕食も黙々と食べてしまい、弥次が気を遣って励まそうとしてもヘコんだままだった。
2013-01-04 19:25:50弥次「おい喜多ぁ、いつまでもくよくよすんなよ。そんなに落ち込むようなことじゃないぞ。俺は得したと思ってるくらいだ」喜多「は?何言ってんだよ」弥次「カマを抜いて7000円だぜ?んなもん葭町に行ってみろ、7000円じゃ済まんだろーが」
2013-01-04 19:26:00葭町とは前にも出てきた通り、男娼がワンサカいる陰間茶屋 (ゲイバー) のある、日本橋葭町のことだ。喜多「面白くねーよ、そんな冗談。人の気も知らないでさ」弥次「頼むから落ち込むなよー。喜多がそんなにヘコんでると、俺なんだか申し訳ないよぅ」
2013-01-04 19:26:09喜多「なにが」弥次「あのさ、俺さ、さっきのお姉ちゃんと約束してさ、あとで来てもらうことになったんだ♪ このままおまえが落ち込んでたら、俺落ち着いてお姉ちゃんとイチャイチャできないやん?」喜多「は?なにそれ。いつのまにそんな約束したんだよ!」
2013-01-05 19:02:09弥次「この俺様に抜かりはないぜ? おまえが風呂に入ってる間に金を渡して、約束のちゅーまでしたもんね」喜多「うわー、やってられんわ。なんだよそりゃ」弥次「色男はつらいなぁ♪ さてと、そろそろ寝る準備でもするかね」と浮き足立ってトイレへ行ってしまった。
2013-01-05 19:02:15それとほぼ同時に、そのお姉さんが布団を敷きにやって来る。喜多「ね、ね、仲居さん、俺の連れと今晩約束したってホント?」仲居「えっ? え、あの、えっと…」喜多「気をつけたほうがいいよ。お姉さん知らないから教えてあげるけど、あいつ身体中に腫物があってさ、触ると移っちゃうからさ、」
2013-01-05 19:02:20ヒソヒソと真剣な顔で話すのでお姉さんはすっかり信じこんでしまい、顔がこわばっている。喜多八がさらに続ける。喜多「ワキガも半端ないし口の臭さも一流だよ。おまけにいったんかじりついたら離さないタイプだし、俺なんか想像するだけで背筋がぞぞっとするよ。いやあ、お姉さんが心配だな」
2013-01-05 19:02:25お姉さんは完全に怯えてしまっていた。弥次がトイレから戻るなり「それではおやすみなさいませ」と出ていく。弥次「さてと、お姉ちゃんのために布団を温めておいてあげよっと」
2013-01-05 19:02:30喜多「ちぇ、今日は散々な一日だ。ヤケドはするわ、7000円はふんだくられるわ、その上きれいなおねーさんを弥次に取られちまうしさ、はぁー、まったく踏んだり蹴ったりだ」弥次「いやいや、すまないねえ喜多八くん。おねーさんまだかな~。くふーっ」
2013-01-06 19:19:42枕をギュッと抱きしめスリスリしている。喜多「じゃおやすみ」弥次「あれ、もう寝るのか? なんだよ、もう少し付きあえよう」喜多「ぐーーぐーー」弥次「ちぇ、狸寝入りかよ。まあいいや。そろそろ来る頃かにゃ~ん」
2013-01-06 19:19:54ひとり枕を抱きしめながらソワソワと待つが、いっこうにお姉さんの来る気配はない。先に金を渡しているだけあって損をするわけにもいかないと、宿の女将を呼んだ。女将「お呼びでしょうか」
2013-01-06 19:20:04弥次「あのさ、さっきの仲居さんに頼んでおいたことがあるんだけどさ、ちょっと呼んでもらえるかな」女将「彼女ならもう帰りましたよ。あの子はアルバイトなんですよ」弥次「え?あ、あぁ、そうですか。じゃ結構です」女将「ではおやすみなさいませ」
2013-01-06 19:20:15弥次「……」布団の中でそれを聞いていた喜多、我慢できずに笑いだした。喜多「ぷっ、ぷははっ、ひゃーっひゃっひゃっひゃ」弥次「なんだよ何がおかしいんだよ」喜多「うひゃうひゃ、残念だったなあ弥次。さ、寝ようぜ」弥次「ふん、勝手にしろっ」
2013-01-06 19:20:26哀れ弥次郎兵衛、喜多の悪だくみにひっかかり、金だけ払ってせっかくの夜を台なしにしてしまった。布団の中でほくそ笑む喜多、「ごま塩の そのからき目を 見よとてや おこわにかけし 女うらめし。ムヒヒ」夜は静かに更けた。
2013-01-06 19:20:35【三日目】小田原を出発
翌朝、遠くから鐘の音が聴こえ、二人は暗いうちからもぞもぞと起き出す。今日はあの筥根八里を越える日だ。早々に宿を出て歩き始めると、早くも登り道にさしかかる。石ころだらけで歩きにくい。 http://t.co/jS04m7rl
2013-01-07 19:25:33風祭にたどり着いて弥次、「ふう、よし読むぞ。『人の足に 踏めどたたけど 箱根山 本堅地なる 石だかのみち』どうだ喜多。あ、あれ喜多?」喜多「おーい弥次~、たいまつが売ってるぞー。これ買おうぜ、ここの名物だ」
2013-01-07 19:25:39弥次「もうとっくに明るいぞ。んなもん買ってどうすんだよ」喜多「いいじゃん、弥次おまえが買えよ。昨日の夜の代わりにパーっと燃えようぜ」弥次「あほか」 http://t.co/YvH2ZAGt
2013-01-07 19:25:47ここ箱根湯本の宿はどこもきらびやかなつくりをしている。店にはそれぞれ美人店員が2~3人ずついて、名物の木工製品を売っている。これは江戸より昔から続く名物の挽物細工で、後には箱根寄木細工として有名になっている。 http://t.co/iAInc3pN
2013-01-07 19:25:53東海道が国道として整備された江戸時代以降は、旅人の土産品として大人気だ。喜多八が一軒ごとに店の中を覗いていた。喜多「わー、洗剤の看板みたいに顔と手先の白い子がたくさんいる」弥次「なんか買っていこうぜ」店員「いらっしゃいませー。お土産に挽物細工はいかがですかぁー」
2013-01-07 19:26:00