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市野川・宇城編『社会的なもののために』についての噂
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彼の名前と仕事を知ったのは『フーコー効果』(九一年)と題された論文集であった。よく知られているように、フーコーは『性の歴史』と第一巻を出版した後、第二巻の出版までに八年という長い時間を費やしている。
2013-03-13 21:32:29![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
この論集は英語圏の読者に向けて、その「沈黙」のあいだフーコーが何を考えていたかを紹介し、また彼と関心を共有する一世代下の研究者(多くはフーコーのゼミナールに参加していたメンバーでもあった)の論文を集めたものであった。
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そこにはのちにその全容が出版されることになる沈黙期におけるコレージュ・ド・フランスの講義録のほかに、パスカーレ・パスキーノ、ジャック・ドンズロ、フランソワ・エヴァルド、さらにはイアン・ハッキングなど論考が集められていた。
2013-03-13 21:33:12![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
精神分析と社会というテーマにかんしていえば、この論集にこそ執筆してはいないものの、本書のなかでも何度か引用され、上に名前を挙げた人びととも関心を共有するマルセル・ゴーシェ(そして彼の盟友グレディ・スウェイン)のきわめて論争的な仕事があり、
2013-03-13 21:34:26![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
だが、この『フーコー効果』が出版された九四年、カステルもまた長い「沈黙」のなかにあったのだった。この論集に収録されている「危険からリスクへ」と題された論考は、八一年に出版された『リスクの管理』を受けてのものであり、その意味では、すでに発表から十年以上が経過していたのである。
2013-03-13 21:35:04![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
その沈黙は、ひょっとすると彼の個人的なトラブルのためであると考えられていたかもしれない。ある過激な政治団体に加わっていた彼の娘のエレーヌは、一九八〇年、銀行強盗に加わり、銃撃戦の末、仲間を失い、国外逃亡をすることになる。
2013-03-13 21:37:16![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
だがこの『フーコー効果』出版の翌年、彼が『社会問題の変容』を出版したとき、人びとは、カステルの沈黙の本当の意味を知ることになった。
2013-03-13 21:38:34![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
一九九五年に出版されたこの『賃金労働の変容』という書物は人びとに驚きをもって迎えられることになる。ひとつには、精神医学の権力は、ここではもはやその主たる分析対象でなくなったことが挙げられよう。
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その対象は、労働、とりわけこの書物の副題が指し示しているように、賃金労働(そして雇用労働)である。すでにマルクス主義が、圧倒的であったその知的影響力を失って久しい時代にあって、選ばれたこの主題はほとんど時代錯誤的ですらあった。
2013-03-13 21:40:25![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
さらに人びとを驚かせることになるのは、この「年代記(クロニクル)」の射程の長さである。ふたつの部分に分かれたこの「物語(レシ)」の前半は、いわゆる西方キリスト教世界の、中世後期にまでさかのぼる。
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そしてこの第一部は、中世史家ジャック・ル・ゴフが長い中世と呼ぶフランス革命期まで続く、旧体制(アンシャン・レジーム)と呼ばれる時期の全体を覆い、そして第二部は一九世紀以降、この書物の出版直前の状況までを扱うことになる。
2013-03-13 21:41:47![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
専門化の進んだ今日、ひとりの研究者がこれほど長い時代をいちどに扱うことは非常識といってもよい。だがカステルにはそうするだけの理由があり、その間に積み重ねた思索を、一冊の書物としてまとめるためにはたしかに彼には時間が必要であったのだ。
2013-03-13 21:42:09![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
わたしはカステルのこの仕事から、多くのものを受け取ったように思う。カステルの言い方を借りれば、多くの負債を負ったのだ。研究者として労働運動にかかわることはついぞなかった(おそらくこれからもないであろう)。
2013-03-13 21:45:05![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
だがわたしはそこからあまりに多くのものを受けとってしまった。わたしはだからこのカステルの仕事が、その返済の一部になればよいという気もちをどこかでつねに抱いていた。
2013-03-13 21:49:03![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
仕事がほとんど終わったあと、カステルのプロフィールを調べることになったのだが、カステルがあの書物のなかで郊外団地の若者たちを描き出すとき、そこには彼の人生の軌跡が重ね合わせられていることに気づかされた。
2013-03-13 21:57:40![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
とはいえあるいはカステルがあの書物を出版したのは62歳のときである。その年齢になって、あれほどの質と量を備えた仕事を生み出すことができた理由がわかったような気がしたこともたしかだ。割り切れないものへの感覚がそこにはある。
2013-03-13 22:02:46