丹生谷貴志ツイートまとめ(2013年3月)

丹生谷貴志氏の2013年3月分のツイートをまとめました。
人文 丹生谷貴志 コニー・ウィリス 山口昌男 グレッグ・イーガン ユーゴー 花田清輝 吉本隆明
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nibuya @cbfn
・・・ところで、数日前に守中高明さんの訳になるモーリス・ブランショの”最後の”自選文集『他処からやって来た声』が届いた。”歓待と返礼”のすべて・・・
nibuya @cbfn
・・・しかしツェランの詩は、翻訳であっても直接的に、そこにある、感じがするのは何故だろう・・・まあ、僕の感傷でなければ・・・
nibuya @cbfn
今は要らないだろうなあと思いつつ、エーコの未訳の小説(英訳)を安い古書で注文。『プラハの墓地』『ロアナ姫と名乗る女の秘密』あちらの書評を読むと前者は評価が別れ、後者は或いは『薔薇の名』以来の秀作という話。まあ、エーコさんのやりそうなことは想像付くのでさしあたり評価はどうでもいい。
nibuya @cbfn
「想像が付く」というのは、失敗だろうと成功だろうと基本、信用しているという意味。小説家としては『薔薇の名』もそうでしたが「終わらせ方」に関してはどう贔屓目に見ても巧いという人じゃないでしょうが何故こうした主題をデュマ風等々で書いて置きたいか「とても分かる」気がするのです。それに・
nibuya @cbfn
それにともかくその主題に関しては「小説の為に調べた蘊蓄」ではなくて「思想史家としての切実」において蓄積されたものだという信頼。まあ『薔薇の名』のベストセラー以降小器用な大学院生レヴェルの蘊蓄で書かれる無駄に厚い歴史ミステリーが流行ったその元凶とも言えますが、格違いということで
nibuya @cbfn
『ロアナ姫』じゃなくて『女王ロアナ』でしょうかね。
nibuya @cbfn
しかし、黒沢清さんの『贖罪』のストーリー設定でも思いましたが、なんで日本のミステリーの「人間設定」は陳腐な社会/心理学、陳腐な異常心理の図式を基盤にするんでしょうかね。古いもんで恐縮ですが『ハサミ男』とか『OUT』とか、或いは『マークスの山』みたいに評判になったものさえ・・・
nibuya @cbfn
まあミステリーは基本的に近代風俗小説の一ジャンルなのだからそこで扱われる人間やその関係が「風俗的に平凡」であることに何ら文句はないが、それを扱う「人間学的視点」自体が図式的に古くさいのは、なんだかなあ、と思うわけです。まあ、トリックと雰囲気を楽しめばいいわけで、野暮な文句ですが
nibuya @cbfn
もっともこれは日本に限ったことではなく、海外の「現代ミステリー」もその点では同じなんですが
nibuya @cbfn
「はつなつのゆふべひたひを光らせて保険屋が遠き死を売りにくる」という 塚本邦雄さんの短歌があります。というか、これしか覚えていないのですがときおり、「識者」なんて大方そんな「商売」のような気がすることがあります。経済学や政治学は世界の危機を口にし、「文化論」は「死の空間」を・・
nibuya @cbfn
もっとも、政治家やら宗教家やらはもとより、ポップソング(!)やらゲームやらアニメやら「アート」やらコンビニやら映画やら小説やら、すべては要するに「死を商売に」しているとも言えて、そうなると事態は別の賑やかさを帯びて来るようで・・・
nibuya @cbfn
安部公房さんの二十代のメモやらを乱れ読み。新潮社決定版全集で1、2巻。戦争末期から五十年初め、今更ですが、大戦争はもとより、五十年代、例えば朝鮮戦争で核爆弾使用が公然と可能性として発表されたりの時期ですね。「危機」はお伽噺ではなかった。ゴジラ誕生の前夜・・・真面目に言ってます
nibuya @cbfn
ピンチョン・ファンには周知なんでしょうが、ともかく、ピンチョンの新作が今年の秋に出るという確度の高い情報があるみたいですね。"Bleeding Edge"というんだそうです。http://t.co/oSphx7qsNJ
nibuya @cbfn
コミュニズムとアナーキズムを”実存主義”で中間突破して行くこと、これが二十代の安部さんの思索の試みだったようです。安部さんの”実存主義”はサルトルのそれではなく、”リルケを介したハイデガー”と言うべきでしょうか。外国語を不得意とした人ですから、直感的に混淆していますが鋭利です
nibuya @cbfn
・・・しかし若き安部さんが座談会やらで花田清輝さんあたりに親愛の微苦笑で”あしらわれて”いる姿・・・つまらない言い草ですが、時代を感じますね
nibuya @cbfn
「芸術を介した孤独と連帯」これが若き安部さんの志向の場だった、と言うと「おやまあ」という感慨がないでもありませんがそれが一時期、と言っても十年近く安部さんをコミュニズム的芸術の問題に置くことになり、有能だったとはとても想像出来ませんが共産党員にもしたので、真面目に取るべきことです
nibuya @cbfn
「坂口安吾と小林秀雄は正反対に見えて実は日本的芸術至上主義の裏表だと思うよ。でもって、君はどうなのさ?」なんて、花田清輝に安部さんは優しく(?)いじめられてますね。まあ、花田さんの言い方もいつもながら、かっこ良くも狡猾だなあとは思いますが。
nibuya @cbfn
花田清輝さんに「優しく・・・」と言うのは、この頃の花田さんの口調には、皮肉よりもむしろ、肩に力が入りすぎて自家撞着に陥りそうな安部さんたちにやんわりと「脱出口」の方向を示そうとするかのような感じがあるからです。
nibuya @cbfn
・・・ともあれ、「連帯」への意志を遠く背景に「切り捨てた」後に、安部公房さんは『砂の女』以降の「安部公房」として「再開」されることになる・・・注視すること・・・カーブの向こう・・・
nibuya @cbfn
安部さんの初期の小説は読まず嫌いで読んでいないものが多い。例えば生前未発表だった24歳ころの短篇『虚妄』はさっき初めて読んだ。安部さんの書く女性は不思議な存在感があるが、この短篇はもしかしたら「安部公房的女」の祖型のようだ、という感じ。しばらくぼうっと考える。
nibuya @cbfn
『白昼の暗黒』や『二十五時』を巡って五十年代の「新日本文学」、埴谷、野間、荒、堀田etcが座談討論をしてるのを読むと、まあ、こんな空しい議論してたのと思うが、参加してた筈の安部さんは生真面目に頓珍漢な言葉を一言言って黙り、花田さんは終始他の連中の発言にシニカルに苛立っている
nibuya @cbfn
青柳さんの『皇帝たちの都ローマ』、アマゾン等の読書評では建築の話が煩くて皇帝たちの人間像が見えないといった評が見られるが、僕としてはこれがいい。「人間像・ヒューマンドラマ」なんてギボンだけで充分で、塩野さんみたいなのこそ僕は煩い
nibuya @cbfn
『源氏』『梅児誉美』『襖の下張り』そして「ヘンタイ」・・・と、少なくとも外から見れば「日本」は驚くべき不変の一貫性を持った「文化塊」で、その波打ち際を例えば村上隆さんとか村上春樹さんとかが形成しているのでしょう。コジェーヴの慧眼でしょうか
nibuya @cbfn
・・・ああ、青山さん新作撮り終わったのか。原作は読んでませんが、見ます。黒沢さんも新作を撮り始め(?)、いい感じです。
nibuya @cbfn
ミステリーは苦手なのだが一年に一回、或いは数年に一回、探して読むことがあって今日も久しぶりに日本作家のもの。事情通じゃないから「ベストテン」から選ぼうと、歴代ベストテンから。自分でも意外なことに八冊は既読だったので残った二冊からまずは一冊だけ・・・誰のものとは言わないことにします
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