初澤敏生さん「中小企業の被害状況と復興に向けた課題~南相馬市原町区を中心に」

2013年4月25日の「ふくしま復興支援フォーラム」、福島大学人間発達文化学類、初澤敏生さん(経済地理学)の「中小企業の被害状況と復興に向けた課題~南相馬市原町区を中心に」の内容ツイートまとめです。 この回については、すでに質疑のいくつかを含めて、@melonmelodysさんのまとめ( http://togetter.com/li/493640 )がありますが、ところどころ落ちている論点もあるようなので、本体だけ改めて書き起こしてみました。 ・ふくしま復興支援フォーラム http://www5a.biglobe.ne.jp/~tkonno/FK-forum.html
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■ はじめに
高橋 準 @myriel_june

初澤「今日の話は南相馬市の原町区で行った調査の結果について。2011年の秋に、原町区商工会議所に話を聞きにいったら、「市で『復興ビジョン』なるものができて、産業政策も打ち出されているのに、うちには誰も話を聴きに来ない。」という状況だった。」

2013-04-29 00:11:42
高橋 準 @myriel_june

初澤「つまり、現場の話を誰も知らないままに、南相馬市では産業復興計画ができていた。これではまずい。そういったようなことを考えるためには、まず実態を把握しなければならない。これは本来は行政の仕事。」

2013-04-29 00:12:02
高橋 準 @myriel_june

初澤「ただし、震災から半年を過ぎた段階でも、行政はライフラインの維持だけで手一杯。そこで商工会議所ということになったが、商工会議所は商工会議所で、東電賠償の窓口になっている。そちらのほうで追われていて、基礎的な調査に手が回らない。」

2013-04-29 00:12:22
高橋 準 @myriel_june

初澤「そこで大学のほうでやってもらえないか、ということで、依頼が福島大学(うつくしまふくしま未来支援センター)へきた。ここまで2011年、12年と2回調査をしてきた。商工会議所からは、できれば3年ないし5年やってほしいと言われている。そうでないと変化が分からないから。」

2013-04-29 00:13:12
高橋 準 @myriel_june

初澤「今日は昨年度までで行った調査の、中間報告という形で話をさせてもらいたい。最終報告は今年6月頃にまとまる予定。ここでお話しするのは、一つ前のバージョンと思ってほしい。」

2013-04-29 00:13:44
■南相馬市と原町区について
高橋 準 @myriel_june

初澤「最初に南相馬市。2006年に鹿島町・原町市・小高町が合併してできた。浜通り北部に位置する。今回の震災による死者は1272名(今年2月現在)。福島県では最大規模の被害。原町区は、福島第一原発から20~30キロ圏。」

2013-04-29 00:15:24
高橋 準 @myriel_june

初澤「2011年3月15日から4月21日までは、屋内待避区域に指定されていた。その後、4月22日から9月30日までは、緊急時避難準備区域。ところで最初の、一ヶ月以上「家から出るな」というのは、常識的にあり得ない指示。」

2013-04-29 00:15:51
高橋 準 @myriel_june

初澤「屋内待避になっても、ずっと屋内にとどまっていてはいられるわけはない。48時間以内に自衛隊が迎えに行くから、その間家にいろ、というなら別。しかし1ヶ月家にいたら、餓死してしまう。」

2013-04-29 00:16:22
高橋 準 @myriel_june

初澤「そういうような状況になったことによって、物流がストップした。ものを運んでこようという人がいなくなった。食糧の搬入が停まり、人は事実上住めなくなった。こういう地域からは、出て行かざるを得ない。」

2013-04-29 00:16:51
高橋 準 @myriel_june

初澤「その後、緊急時避難地域になっても、物流は停まったまま。工場に当時の様子を訊くと、とにかく困ったのは、ものの運搬だと。運送会社が入ってきてくれない状態だった。」

2013-04-29 00:17:24
高橋 準 @myriel_june

初澤「どうしたかというと、運送会社の事務所が福島か仙台にあるので、そこまで持っていって届けてもらい、受け取るときもそこまで出向いていく。往復で4時間以上かかる。これが工場自前の負担になる。2011年いっぱいはほぼこの状態。」

2013-04-29 00:18:24
高橋 準 @myriel_june

初澤「南相馬市全体で、2万人以上人口が流出した。町が一つ消えた、と思ってもらっていい。さらに現在市内に残っている4万数千人のうち、1万人が仮設やみなし仮設に居住している。」(なお、このあたりは、市のホームページにも数字が出ています。)

2013-04-29 00:19:14
高橋 準 @myriel_june

初澤「(写真)警戒区域との境界線は、こういうふうに20kmで厳格に線を引かれている。こちらの家は線の外だから人が住んでいるが、隣は線の内側なので、人が住めない。ほんの数メートルの違いで入れない。こういうことがある。工場でも同じことがある。」

2013-04-29 00:19:59
高橋 準 @myriel_june

初澤「(写真)こちらは去年の8月、小高区の中心市街地のようす。当時のまま、というか、こちらの家は、地震で倒れたものではない。地震の後の、風雨で崩れた。地震で被害を受けたものが、人の手が入らないので、そのあとの風雨でだめになったもの。こういう家がたくさんある。」

2013-04-29 00:20:34
高橋 準 @myriel_june

初澤「さて、原町区の話。最初(2011年秋)行ってみてショックを受けたのは、商店街がまったく店を開いていないこと。これはだいたい、福島市の2011年の4月頃と同じ。それが半年経ってもまだ原町では続いていた。屋内待避、緊急時避難準備区域指定の影響。」

2013-04-29 00:21:15
高橋 準 @myriel_june

わたしも2011年4月24日、屋内待避解除直後に原町へ行ったことがあります。ネイルサロンとかはやっていましたが、街に人が少なかったのが印象に残っています。

2013-04-29 00:22:19
高橋 準 @myriel_june

初澤「2012年8月になると、店も開いているようになった。だが、町に人が歩いていない。厳しい状況が続いている。ヨークベニマルは閉店。売り上げが確保できないのだろうが、調査には『人が避難してしまって、パート、アルバイトが確保できない』と回答していた。」

2013-04-29 00:22:55
高橋 準 @myriel_june

初澤「原町の大型(小売)店は、どこもそういう回答をしてくる。パート、アルバイトが確保できないので、店を開けているところも、営業時間を相当短縮したりしている。人が減ったので、長く開けていても客が来ないせいもあると思うが。」

2013-04-29 00:23:36
■震災による被害状況:2011年調査から
高橋 準 @myriel_june

初澤「地震による被害状況。地震による企業の被害は非常に少なかった。津波の被害を受けた場所以外では、500万円未満の被害というところがほとんど。小さい被害だったので「算出していない」という回答も。1億円以上のところもあるにはあるが。」

2013-04-29 00:24:06
高橋 準 @myriel_june

初澤「震災後の操業再開時期は、4月上旬が最も多く、100社近く。3月から4月中旬まであわせると、だいたいのところが操業を再開をしている。しかしこれ、おかしいですよね。屋内退避期間中は操業しちゃいけないはず。」

2013-04-29 00:25:24
高橋 準 @myriel_june

初澤「どういうことかというと、屋内待避のはずなのに、操業せざるを得ないという状況があった。一つは、操業しないと市民の生活を支えられない。人がいるのだから、食べないと生きていけない。でも、食べるもののストックがひと月ある家庭は少ない。」

2013-04-29 00:26:00
高橋 準 @myriel_june

初澤「そういう市民の需要に応えるために、店を開けて販売する。自分が外の地域へ行って、がんばって仕入れてくる。こういうようなことをしないと、地域が支えられなかった。」

2013-04-29 00:26:44
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