スイート★ノベル『聖なる乙女の淫らな罪』お試し読みまとめ
- SweetNovel
- 7284
- 0
- 0
- 0
「女神様、どうぞお聞かせください」リュミエールは両目を閉じ、耳を澄ませた。優しい女性の声で、神はいつも彼女に語りかける。そのためリュミエールは親愛の情を込めて、神を『女神』と呼ぶことにしている。 #SweetNovel
2013-03-18 12:50:16しかしどれほど耳を澄ましても、今はただ噴水の水が流れる音しか聞こえてこない。「やっぱりダメか……」ガックリと肩を落とした時、背後でドスンと何かが壁にぶつかるような音がした。 #SweetNovel
2013-03-18 12:55:20「きゃあっ」リュミエールは驚いて後ろをふり返ったが、そこには何もあるはずがない。箱庭の壁は四角く切り出した石を隙間なく重ね、さらにその上から漆喰を塗り込んだ堅牢な造りになっている。 #SweetNovel
2013-03-18 13:01:07仮に壁の向こうに何かがぶつかったとしても、中にはなんの損傷もないほどに丈夫で硬い。「何かしら?」花畑の中で立ち上がったリュミエールは、音のした方――いつもカーラが出入りする両手開きの扉がある方へと、恐る恐る歩を進めた。 #SweetNovel
2013-03-18 13:05:30扉には鍵がかかっているわけではないが、リュミエールが内側からそれを開けようとしたことはない。寝たり食べたりの基本的なことは全て、その扉とは反対側に設けられたいくつかの部屋で、できるようになっていた。わざわざ扉の外に出るまでもない。 #SweetNovel
2013-03-19 00:11:11それに、決してこの扉の外に出てはいけませんと、幼い頃からくり返し聞かされたカーラの言いつけを、これからも破るつもりはなかった。 #SweetNovel
2013-03-19 00:16:26しかし――。――リュミエール、こちらだ。来ておくれ。これまで聞いたこともない声が、強く彼女を扉の方へと呼びよせる。 #SweetNovel
2013-03-19 00:21:15「えっ? え? 誰?」リュミエールが驚いて、何度も辺りを見回してしまったのも無理はない。それはいつも聞く女神の声やカーラの声よりもかなり低く、おそらく男性の声だ。 #SweetNovel
2013-03-19 00:25:48「男の人?」カーラ以外にも、身の周りの世話や清掃などのためこの箱庭を訪れる者はあるが、それは全て女性ばかり。そのためリュミエールは、この箱庭に来てから男性とまったく接触していない。それでも幼い頃に自分を慈しんでくれた父親のことだけは、かすかに覚えていた。 #SweetNovel
2013-03-19 00:32:01神殿に仕える護衛騎士で、立派な体躯の堂々とした人物だった。『聖なる乙女』はそれまでの絆を完全に断ち切って箱庭に連れてこられるため、乙女となった時から会ってはいないが、リュミエールが暮らすこの大神殿を、ずっと守り続けていくと最後に誓ってくれた。 #SweetNovel
2013-03-19 00:35:57「お父さま?」親しげに自分の名前を呼ぶ男性など、父以外は思い浮かばず、リュミエールは首を傾げながら扉の前に立った。恐る恐る呼びかけてみても、扉の向こうから返答はない。 #SweetNovel
2013-03-19 00:41:03「あの……お父さまではないの?」その瞬間に、頭の中で大きな声が鳴り響き、リュミエールは思わず両手で耳を塞いだ。――リュミエール。そこを出て、すぐにこちらに来ておくれ。 #SweetNovel
2013-03-19 00:46:12扉の向こうからではなく、直接自分の中から聞こえたかのようにも感じられる。わけのわからない事態に怯えながらも、リュミエールは扉の取手にそっと手を掛けた。 #SweetNovel
2013-03-19 00:51:01――早く。扉を開いたりしてはいけないと、頭ではわかっているのに体が言うことをきかない。リュミエールの意志に反して、小さな手は扉を押し開き、小柄な体は衣の裾と長い髪を翻らせて、扉の向こうへ滑り出てしまう。 #SweetNovel
2013-03-19 00:56:01「あ! ダメなの……」慌てて扉の中に戻ろうとすれば、またあの声が彼女を呼ぶ。――来るんだ。リュミエール。有無を言わせぬその迫力に押され、リュミエールは仕方なく箱庭に背を向けて歩きだした。 #SweetNovel
2013-03-19 01:03:13どこに来いというのか。人気のない神殿の最奥部は、燭台に灯される蝋燭の数さえ少なく、静謐な中にもどこか恐怖を感じさせる雰囲気がある。巨大な円柱の陰から、今にも何かが飛び出してきそうだ。 #SweetNovel
2013-03-19 01:06:07「ひっ……!」悲鳴が漏れそうになった口を両手で塞ぎ、なんとか大声を出さずに済んだが、逆に体からは力が抜けた。そのままへなへなと冷たい石床の上に座りこんでしまう。 #SweetNovel
2013-03-19 12:10:14目の前に転がった何かを確認して、リュミエールは驚きに目をみはった。それは、ここまで入って来ることは出来ないはずの、若い男だった。 #SweetNovel
2013-03-19 12:15:18「え? え……どうして?」焦りながら後方に下がろうとするも、その人物の額から血が流れていることに気付き、動きを止める。「ど、どうしたんですか?」小声で呼びかけてみても、固く閉じられた瞼は開くことはなかった。 #SweetNovel
2013-03-19 12:20:15男はよく日に焼けた、精悍な顔立ちをしている。赤味の濃い茶色い前髪の間から滴り落ちる鮮血は、高い鼻の横を通り、引き締まった頬まで濡らして、床に小さな血だまりを作る。 #SweetNovel
2013-03-19 12:25:14広い肩が小刻みに揺れ、短い息を継いでいるところをみると、かなり辛い状態らしく、うつ伏せに倒れ込んだ床から起き上がることもままならないらしい。 #SweetNovel
2013-03-19 12:30:46「大丈夫ですか?」選ばれたごく一部の人間としか接触を許されていない立場も忘れて、リュミエールは男に手を伸ばした。軽く肩を揺すると、長い睫毛に縁どられた瞳がわずかに開き、リュミエールの姿をとらえる。 #SweetNovel
2013-03-19 12:35:16「……お前は?」発せられた声は、リュミエールが思っていたよりも若く高いものだった。さきほど聞いた呼び声とは違う。 #SweetNovel
2013-03-19 12:40:12ひょっとすると自分を呼んだのはこの男ではという予想が外れ、リュミエールは緊張に凝り固まっていた肩から力を抜いた。しかしそれと代わり、疑問の思いが深くなる。 #SweetNovel
2013-03-19 12:45:15