第三十四話:メガネ 第三十五話:ヒビ割れ 第三十六話:一匁
- C_N_nyanko
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僕は普段メガネをかけているわけじゃない。だから郵便受けに入っていたそのメガネも、僕宛であるはずがなかった。 住所と氏名が正しいから、仕方なく受け取っただけ。悪徳商法かとも思って対策を打ったが、無駄骨だった。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-27 21:43:51というわけで今日、思い切って開封してみた。 度が入っていない。伊達メガネだ。かけてみたが、なんの変哲もない。 悪いデザインでもなかったから、ちょっとしたファッション気分で身につけて街を歩いてみることにする。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-27 21:44:15途端、僕の視界に異変が生じた。 行き交う人の言葉が、視覚化された。喋っている言葉が、物質となって目に見えるようになったのだ。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-27 21:44:49例えば、たわいない会話が跳ねるボールとなって二人の間をポンポン弾む。悪意ある言葉が槍となって人を貫く。思いやりの言葉が花びらになって降り注ぐ。悲しみの言葉が雨となってしとしと床を濡らす。 なんだ、これは。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-27 21:45:24僕は慌ててメガネを外した。たちまち視界は元に戻る。 もう一度レンズを覗くと、相変わらずの調子で人々のあいだを言葉が飛び交っていた。 なるほど、これはとんでもない代物だ。人の言葉の本意が見えるメガネだなんて。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-27 21:46:33僕は感心しながら、今度は少し用心深くメガネをかけて、街の人たちを観察し始めた。 その中で僕は、とある光景を見かけた。 男女が二人で話している。楽しそうな男に引換えて、女は心底辛そうな顔をしていた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-27 21:46:49それもそのはず、男はバラのつもりで言葉を投げているのに、女はそれをイバラとして受け取っていたのだ。 男の方は自分がどれだけ女を思っているか伝えようとしている。が、その言い方が悪いせいで彼女は傷ついている。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-27 21:48:18ははぁん、と僕は思った。 「おい、そこの」 男の方を呼び止める。 「なんだよ」 会話を中断された男は不機嫌そうに僕を睨んだ。隣の女の切ない表情にも気づかない、鈍い男だ。そいつに、ぽいとメガネを放ってやった。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-27 21:49:40「これ掛けて喋ってみろ。自分がその子に何伝えてるのか、少しは分かるぜ」 男は怪しむように僕をジロジロ眺め回していた。が、気迫負けしたらしい。 不承不承メガネをかけて、話を続け……男は、あんぐりと口を開けた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-27 21:51:24「ち、違うんだ!」 咄嗟に弁明の言葉が出る。 「俺はそんなつもりで喋ってない! どれだけお前を愛しているか伝えたくて……」 女の表情に変化が現れた。今度の言葉は、ちゃんと男の意思通り受け止めてもらえたらしい。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-27 21:52:27男は弁明の途中で、ちらりとこちらを振り返った。 「やるよ、そのメガネ」 僕はひらひらと手を振って、その場を離れた。 自分が思った通りに伝わると限らないから、言葉は厄介なものだ。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-27 21:53:13メガネは惜しい代物だが、仕方ない。 「ま、僕が持つよりあのアホが使ったほうが役には立つか」 呟いて、僕はぶらりと帰路を歩んだ。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-27 21:53:30道路がひび割れていることがある。どういう原理かは知らないんだけれど。 ある夏の暑い日、僕はベンチに腰掛けてアイスをパクつきながら、見るともなくそのひび割れを眺めていた。アリがちょこちょことその上を歩いていく。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-27 23:56:23やれやれ、うだるような暑さだなぁと思っていると、そのひび割れがパカリと広がった。 目を見張ると同時に、巨大な舌が伸びてアリをべろりと舐め取る。それは一瞬の出来事で、瞬きした次の瞬間には、もう舌は消えていた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-27 23:57:55代わりにひび割れの向こうの闇から、二対の目がぎょろりとこちらを見ている。 「――お腹空いてるの?」 やっとの思いで尋ねると、目はぐるりと回ってみせた。肯定しているらしい。 僕はおずおずとアイスを差し出した。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-27 23:58:49ひょろりと、細長い腕が出てくる。僕は溶けそうなアイスを握らせて、そろそろとその場を立ち去った。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-27 23:59:06以来、大きなひび割れを見かけるたびに、一瞬ゾッとする。 そこからまた得体の知れない何かが飛び出してきたら。そして、もし食べられるものを持っていなかったら。 その時は、僕が食われてしまうかもしれないからね。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-27 23:59:49「ねえちょっと、聞いてくれる?」 そう言って君は頬杖を付いた。お気に入りのケーキに手もつけていない。 「どうしたの、悪いものでも食べた?」 「うるさいわね」 君はむっとしてこちらを睨む。 「悪かったよ」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-28 02:05:39詫びて、先を促した。 「で、どんな話なの?」 君は少しすねた素振りを見せたが、話し始めた。 「すごく綺麗な着物を着て、座っているの。そのあたしを、外からいろんな奴らが眺めて競売にかけてる、そんな夢」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-28 02:05:50「まるで身売りみたいな話だね」 いい気はしなかった。君が競売にかけられるなんて、冗談じゃない。 「外にいる奴らは人じゃなくてね。それがひどく怖いのに、私、値段がつり上がっていくのをとてもいい気分で聞いているの」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-28 02:06:55