モーサイダー!~Motorcycle Diary~Episode of Spring IX~

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IngaDo type-RR @mor_cy_dar

「そう……だな。本当に助かっているよな」  三鳥栖志智(みとす しち)が『テラ・ロジスティクス』でバイク便のアルバイトをはじめて三か月ほどになる。  本来であれば、高校生の彼にできる仕事は限られており、しかもその時給は高いとはいえない。 #mor_cy_dar

2013-06-09 15:41:44
IngaDo type-RR @mor_cy_dar

 志智がバイク便という業種に行きついたのは、少しでも高い給料を求めてのことだったが、そこに至るまでは様々な問題があった。  未成年であること。学生であること。何よりも事故の危険が飛躍的に高い、バイク便という職業特有の問題……。 #mor_cy_dar

2013-06-09 15:41:59
IngaDo type-RR @mor_cy_dar

 そもそも18歳未満の少年を深夜に労働させているだけで、本来は違法行為であり、当然、志智は学校にも秘密にしている。 #mor_cy_dar

2013-06-09 15:42:08
IngaDo type-RR @mor_cy_dar

 なぜ、こんなことが可能であるのかといえば、永田町という土地に人脈を持つ藍田頼子(あいだ よりこ)と、血筋をたどれば地元の名家である祇園田宗義(ぎおんだ むねよし)の力があってのことなのだが━━  #mor_cy_dar

2013-06-09 15:42:59
IngaDo type-RR @mor_cy_dar

「……ま、働きで返すしかないよな」  水・木・金の週三日間。午後八時から日付が変わった丑三つ時まで。  普通の高校生に可能なアルバイトであれば、一日あたりツーリング数回分の費用が捻出できるかという労働時間だが、志智の稼ぎ出す金額は倍以上にもなる。 #mor_cy_dar

2013-06-09 15:43:16
IngaDo type-RR @mor_cy_dar

(俺が働いて……たくさん稼いで……そのぶん、千歳も楽になる……祇園田おじさんに恩返しもできる……)  眠い目をこすりつつ、本降りの雨をかきわけ、三鳥栖志智(みとす しち)のスパーダは甲州街道をひた走る。 #mor_cy_dar

2013-06-09 15:43:37
IngaDo type-RR @mor_cy_dar

 自宅へ帰り着く頃には、午前四時近いだろう。太陽が顔を出すよりはやく、眠りにつきたいところだった。 #mor_cy_dar

2013-06-09 15:43:45
IngaDo type-RR @mor_cy_dar

~~~~~~Motorcycle Diary~~~~~~ #mor_cy_dar

2013-06-09 15:43:56
IngaDo type-RR @mor_cy_dar

 それからおよそ五時間の後。 「ふわ……」 「おにいちゃん、すっごい眠そう……だいじょうぶ? 辛くない?」 「いや、大したことないよ」 #mor_cy_dar

2013-06-09 15:45:39
IngaDo type-RR @mor_cy_dar

 朝方に強まった雨足は衰える様子がなかった。  空梅雨の観測をあざ笑うかのように、南田磨校への通学路に降りしきる雨が、兄妹の傘を叩き続ける。 #mor_cy_dar

2013-06-09 15:46:13
IngaDo type-RR @mor_cy_dar

「雨のせいで気温も低いし、かえって過ごしやすいかもな」 「もうすぐ夏だね。おにいちゃん、夏休みくらいは楽してほしいな。わたしもアルバイトするからね。だから、ゆっくり休んでね」 #mor_cy_dar

2013-06-09 15:46:30
IngaDo type-RR @mor_cy_dar

「何いってんだ。夏休みこそたっぷり稼いでやる。お前はまだ一年生なんだから、バイトなんてしなくてもいいんだよ」 「え~……でも」 #mor_cy_dar

2013-06-09 15:46:44
IngaDo type-RR @mor_cy_dar

「━━いいんだよ」 「おにいちゃん……」  睡眠への欲求だけが支配していた志智の瞳に、暖かく優しいものが宿る。  それは千歳(ちとせ)にとって何よりも愛しく、逆らい難いものだった。 #mor_cy_dar

2013-06-09 15:47:01
IngaDo type-RR @mor_cy_dar

「そっか……残念だけど、おにいちゃんが言うなら、そうするね」 「よし、いい子だぞ、千歳」 「んっ……」  肩を落とす千歳の頭へ、志智の長い腕が伸びる。わしゃわしゃと髪をなで回す間に、傘からはみ出た袖の一部を雨のしずくが濡らしていく。 #mor_cy_dar

2013-06-09 15:47:24
IngaDo type-RR @mor_cy_dar

「あ、そういえばね、おにいちゃん」 「なんだ?」  ほんのりと頬を紅潮させながら、千歳が踏み出した一歩が水たまりを打つ。  跳ねた水しぶきが自らの靴を濡らしても、志智は気づくそぶりすら見せない。 #mor_cy_dar

2013-06-09 15:47:39
IngaDo type-RR @mor_cy_dar

「あのね、わたしのクラスに転校生が来るんだって」 「転校生? そりゃあ珍しいな。そもそも南田磨って編入できるのか?」 「なにいってるの、お兄ちゃん。亞璃須(ありす)さんだって、転校生でしょ」 #mor_cy_dar

2013-06-09 15:47:56
IngaDo type-RR @mor_cy_dar

「ああ……そういえばそうか。あいつは今年からだったよな。ずっと前からいたような気になってた」 「その人ね、海外にいたんだって。亞璃須さんと一緒だよね。帰国子女っていうのかな」 #mor_cy_dar

2013-06-09 15:48:12
IngaDo type-RR @mor_cy_dar

「ふーん、今年だけで何人も。よく来るもんだな」  首をかしげながら、志智は言う。  そういう時代なのか。海外といっても欧米なのか、アジアなのか。国の数ほど候補はあるのだ。 #mor_cy_dar

2013-06-09 15:48:30
IngaDo type-RR @mor_cy_dar

「担任の先生はね、『洗い立ての犬みたいな匂いがする』って言ってたんだけど」 「……なんだそりゃ。香水でもつけてるのか、そいつは」 「きっといい人だよ」  この世のすべては明るく正しいことで出来ていて。  不幸や悲しみは、例外中の例外に過ぎないことなのだ。#mor_cy_dar

2013-06-09 15:48:59
IngaDo type-RR @mor_cy_dar

「……そうだな。そうだといいな」 「うんっ」  そんなことを主張するような妹の笑顔は、志智にとって何よりも大切なものだった。 #mor_cy_dar

2013-06-09 15:49:12
IngaDo type-RR @mor_cy_dar

 一時限がはじまって、しばらく後のこと。 「失礼。遅れました」 「ああ日原院か。話は聞いている。はやく座りなさい」 「はい」  国語の教師へ一礼して日原院亞璃須(にっぱらいん ありす)が着席する様を、志智は雨模様の空へむける興味ほどに、低い関心で眺めていた。#mor_cy_dar

2013-06-09 15:49:55
IngaDo type-RR @mor_cy_dar

(珍しい……ああ、これも珍しいもんだな)  どちらかといえば、始業ギリギリの時間に登校することが多い志智と異なり、亞璃須は余裕をもって教室に来ていることが多い。 #mor_cy_dar

2013-06-09 15:50:10
IngaDo type-RR @mor_cy_dar

(そのあいつが遅刻、ね)  教師が連絡を受けていたところを見ると、始業前に自宅から電話でもしていたのだろうか。 #mor_cy_dar

2013-06-09 15:50:19
IngaDo type-RR @mor_cy_dar

「ふ、は……ぅ……」  芥川の朗読が子守歌となって、志智の意識を眠りの底へと沈めようとする。  外から聞こえる雨音。もうろうとする意識の中で、この分だと土日は走れそうもないなと考える。 #mor_cy_dar

2013-06-09 15:50:30
IngaDo type-RR @mor_cy_dar

(今週は……何か千歳の喜ぶようなことでもしてやるかな……家でだらだらするのも、たまにはいいよな……)  襲い来る眠気との戦いは、授業の開始三十分で志智の敗北に終わった。 #mor_cy_dar

2013-06-09 15:50:41