第八十話:一握の砂 第八十一話:炎の奥 第八十二話:彼岸の花
- C_N_nyanko
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喫茶店で、僕は見知らぬ男と長いこと話していた。いつもどおり、気に入りのココアを飲みながらね。 別に知人というわけじゃない。たまたま席が隣り合って、それで妙に話が合ったのだ。 「なるほど、面白い話だ」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-12 00:31:27僕の話を聞き終えて、男は笑った。 「君は實(実)に變(変)わつた經歴(経歴)を積んだ男だよ」 「あなたの遍歴ほどじゃない」 僕は反論して、アイスココアを口にする。 男はまた、随分愉快そうに笑った。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-12 00:32:15「私も命が短いわけぢぁあない。不思議な話は幾つか聞いていたのさ。だが、實體驗(実体験)となると話は別だ」 「そんなものですか」 「さういふものさ」 男は、少しの茶目っ気を見せてウインクしてみせた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-12 00:32:34それにしても、と僕は少し目を細める。 「あなたと話していると、なぜだろう、まるで古い本でも読んでいるような気になる。何が妙というわけでもないのに、あなたを古めかしく感じる」 すると、男は口の端を釣り上げた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-12 00:34:11「なにせ、吾輩は古書だからね」 彼がそう笑うなり、彼の指先がぼぅと燃えた。 「だがもう今日で御終ひなのさ。――紙屑になつて、ゴミになつて捨てられてしまつたからね。これが夲(本)の、吾輩の天命さ」 「そんな」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-12 00:36:06たちまち彼は燃え上がって、最期に一握の灰を残して消えた。 以来僕は、安易に本を捨てる気になれない。 強気に笑った彼が、最後に一筋の涙を流していたのを、そしてそれがあの灰になって残ったのを、知っているから。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-12 00:37:00友達何人かで集まって、バーベキューをしたんだ。 学生がお金出し合ってやったものだからさして大したものでもなかったんだけど、専用の場所で薪を用意して、みんなで火を囲んで思い思いに食べ物焼いてさ。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-12 00:54:35そのうちに花火も始まり、僕らは一層盛り上がった。 けれどその途中、僕は少し妙なものを見てしまったんだ。 火の中に、誰かの影が見えるんだよ。 薪を消さなきゃ、と思った。このまま放っておくとマズい気がしてね。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-12 00:55:37だけどこの盛り上がりの中、さぁ終わろうとも言い出せない。 まいったな、と思いながらも、僕は手を打てずにただ火を眺めていた。 影は男のものらしい。時折、火の中に一瞬だけ、男とナイフが垣間見えるんだ。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-12 00:56:17ゾッとしたよ。あいつは人を殺したいんだって、はっきりわかった。とにかく出てこられちゃまずい、なんとかしなきゃって、一人焦ってたんだ。 と。 「うわぁあっ!」 仲間の一人が、バケツを持ってよろめいた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-12 00:56:48そいつはそのまま、バケツの水を薪にぶちまけた。 火は、じゅぅっと音を立てて消えたよ。男の姿も一緒にね。 「何してんだよー」 仲間内からは少しブーイングが上がったが、そいつは悪い悪いとヘラヘラ笑うに留めた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-12 00:57:44普段はそんなドジやらかすような奴じゃなかったから、何だか不思議な気もしたんだ。結局その日はそれでお開きになった。 で、帰りに人が散ったタイミングでそいつを捕まえて話を聞いたら、随分ギョッとした顔をされてね。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-12 00:58:17「お前が、なんであいつを知ってるんだ」 あっという間に胸ぐらをひっつかまれた。 「見てる奴はいなかったはずだ、どうして、お前が」 ぷるぷる唇が震えてて、パニックだとひと目でわかった。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-12 00:58:31同時に、あぁ、こいつ何かやらかしたんだな、と、嫌でも察しがつく。 「巻き込まれるのはごめんだよ」 僕は一瞬の隙をついてそいつを振り払い、逃げ出した。 「待て!」 そいつは、鬼のような形相で僕を追ってきた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-12 00:58:54と。 不意に近くの茂みが燃えた。タバコでも捨ててあったんだろう、火はみるみる大きくなる。 突然、ナイフを持った人影が火から飛び出して、そいつに掴みかかった。 途端、耳を塞ぎたくなるような叫び声が上がった。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-12 01:00:13僕はとにかく恐ろしくて、悪い悪いと思いながらどんどん逃げた。もっとも、あの時あいつに捕まっていたら、僕自身どうなったかわからないんだけれど。 それで、家に帰り着く頃にはもう、誰も追ってきていなかった。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-12 01:00:53あとで話を聞いたら、そいつは通り魔に襲われたことになったらしかった。 腹を包丁でざっくり刺されて、命は助かったけど入院してるって話だ。 だけどすっかり心をやられてしまって、近いうちにどこか遠くへ行くらしい。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-12 01:01:57一体あいつは何をやらかしたんだろう。 もちろん知る気なんてないよ。火を見るたびに怯えるなんて、ごめんだし、なにより、あんなに怖い思いは、もう二度としたくないからね。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-12 01:02:30とある女の子がいた。 ケーキが好きな子で、予言を、占いを生業にしているのだと言う。 僕はしょっちゅう彼女に会いに行っては、くだらない話をしたりして笑い合った。僕は彼女についてほとんど知らない。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-13 23:46:57それでも一緒にいる時間は、旧友と喋っているかのようにあっという間に過ぎていった。 その子が、曲がり角の向こうに立っていた。 「元気?」 彼女はひらりと手を振った。 「元気だよ」 僕もひらりと手を振る。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-07-13 23:47:32