モーサイダー!~Motorcycle Diary~Episode of Summer III~
- IngaSakimori
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「………………」 志智の言葉に日原院亞璃須(にっぱらいん ありす)は一瞬だけ、呆気にとられたように目を丸くした。 だが、次の刹那には苦虫をかみつぶしたようになって顔で呟く。 #mor_cy_dar
2013-07-25 09:58:09「……わたくしが前髪を切っても気づかないくせに、バイクの変化にはすぐ気づきますのね」 「はあ?」 #mor_cy_dar
2013-07-25 09:58:25「ああっ……あの、えっと、お兄さん。 姉さんのXRは今回、特別に足つき良くしてあるんです。それでコンパクトに見えるんですよ」 「ああ、そうなのか。それで……おっ、シートが低くなってるんだな」 #mor_cy_dar
2013-07-25 09:58:35「フォークの突き出しに、サスペンションリンク……シートもあんこを抜いてあります。 もともと17インチホイールにしただけで、原形よりずいぶんディメンションは変わっていますが……今回は特にスポーツライドもいたしませんし、思い切ったローダウンが出来ました」 #mor_cy_dar
2013-07-25 09:58:56「まあ、現在のシート高は840mmといったところでしょうか」 「………………あー俺にはよく分からないけど。 亞璃須、要するに足つきがいいんだろ?」 #mor_cy_dar
2013-07-25 09:59:26「ええ、そういうことですわ。 そうですものね、志智には説明してもそのくらいしか分からないでしょうね」 「……いやまあ、実際わからないけどさ。何が不満なのか知らないけど、怒るなよ」 #mor_cy_dar
2013-07-25 10:00:06「べ・つ・に。あなたらしいと言えばあなたらしいですから」 ぶすっと頬をふくれさせながら、亞璃須はようやく顔を出し始めた朝日の方向をむく。 #mor_cy_dar
2013-07-25 10:00:12朝の光に照らされるその姿は地味である。 亞璃須はカーキ色のパンツに、白基調のジャケット。ティックもジャケットが色違いなだけで、同じメーカーのパンツを履いてるようだ。 #mor_cy_dar
2013-07-25 10:00:28明らかな血縁関係をしめす金髪とオッドアイがなければ、姉弟ならんでいるとペアルックと勘違いされそうだった。 #mor_cy_dar
2013-07-25 10:00:32(まあ俺だって、かっこがつかないのは似たようなもんだけど) 膝カップ入りのジーンズに、ソリッドブラックのメッシュジャケットをまとっているだけの志智も人のことは言えない。 どうにも、ツーリングの快適性・安全性とファッション性の両立は不可能らしい。 #mor_cy_dar
2013-07-25 10:00:58「ふっ」 「何を笑っているんですの?」 「いや、いつものツナギだったらいろいろ映えるのにな、って思ってさ。 でもキャンプや観光に革ツナギじゃさすがに……だよな」 #mor_cy_dar
2013-07-25 10:01:10「あら」 志智は特に意識してその言葉を口にしたわけではなかったが、亞璃須はなぜか急に機嫌を直したように目を笑わせた。 #mor_cy_dar
2013-07-25 10:01:18「そうですわねえ。 でも、志智。ライダーの外見は、バイクへまたがった時に評価するべきだと思いませんか?」 「ああ、違いないな。 着ている服の色が地味でも、バイクと組み合わせるとばっちりはまっていたりするもんな」 #mor_cy_dar
2013-07-25 10:01:37「お言葉ですが、志智様。 バイクブームの頃はレーシングスーツで泊りがけのツーリングに出かけるような、かぶき者も目にしたものです」 「……そりゃすごいね」 「あはは、今でも漫画の中にはいますよね。ツナギでツーリングする女の子」 #mor_cy_dar
2013-07-25 10:01:59「ま、とにかく出発しましょう。 通勤車両が出てくる前に、都内は抜けたいところですから」 「この時間ならさすがに大丈夫だと思うけどな」 三人はそれぞれにヘルメットをかぶり、グローブを装着する。 #mor_cy_dar
2013-07-25 10:02:11リアシートの荷物を大足でまたぎながら、スパーダのシートへおさまる志智。 『蹴り』を繰り出さぬように、おそるおそるグロムのシート上へ足を通すティック。 亞璃須はというと、サイドスタンドを出したままのXR650Rへ、ステップからよじのぼるように乗車する。 #mor_cy_dar
2013-07-25 10:02:39キックペダルを踏むと、かちんという金属音がした。そこからペダルは動かない。 が、それは予定の動作だったらしい。亞璃須は手慣れた様子でクラッチレバーのすぐ近くにある小さなレバーを引くと、キックペダルをほんの少しだけ踏みおろした。 #mor_cy_dar
2013-07-25 10:02:52「デコンプ、って言うんだっけか。あれ」 「はい。お兄さん、よく知ってますね」 「……前にも一回見たからな」 次に亞璃須はサイドスタンドを出したまま、ステップの上で立ち上がる。 #mor_cy_dar
2013-07-25 10:03:05右足をキックペダルへ。 力を込めたようには見えない。左足をゆっくりと屈伸させる。乏しい全体重を右足に伝えつつ、重力の方向へキックペダルを『落としていく』。 次の瞬間、ドドドドという始動音がしてXR650Rの水冷エンジンが目を覚ました。 #mor_cy_dar
2013-07-25 10:03:27「へー、お見事。うまいもんだな」 「どうも。ですけど、志智くらい力があれば、適当に蹴ってもかかると思いますわ」 口調こそ淡々としているものの、ヘルメットの中で笑う亞璃須の瞳は、果てしなく自慢げだった。 #mor_cy_dar
2013-07-25 10:03:39「キックスタートっていいよな。見ててかっこいいよ」 「そうですね、僕も好きです。失敗するとちょっと情けないですけど」 「なんだティックもやったことあるのか」 #mor_cy_dar
2013-07-25 10:04:21「オフロードコースで使うレーサーは、みんなキックスタートなんです。最近はセルがついてるモデルもありますけど」 「そうか。俺だけキックしたことないんだな……スパーダにもキックつかないかな……」 #mor_cy_dar
2013-07-25 10:04:33「VTにキックをつけたいなんて言うのは、世界中探しても志智だけだと思いますわ」 呆れた声にあわせて、セルの音が二つ。 スパーダとグロムのエンジンが始動。全部で四つのシリンダーが、熱帯夜の余韻さめやらぬ酸素の薄い空気を吸い込みはじめる。 #mor_cy_dar
2013-07-25 10:05:43「じゃ……行くか」 「いきましょうか」 「はいっ!」 手を振る吉脇に見送られて三人が走りだしたそのとき、時刻はまだ五時前だった。 #mor_cy_dar
2013-07-25 10:05:59