#8　「ライトニング・マイ・パワー・トゥー・ビー・ボールド」（完）

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巨大蜘蛛が徐々に速度を上げる。もう数秒で時速数十キロには達する。進行方向は町のある北。日曜夜の倉庫街に人気は無い、とは言え無人でも無く、その前に誰かに目撃されるだろう。錯乱状態の彼は一般人への隠蔽など頭に無かった。最短ルートでホワイトから距離を取り、結果として大勢殺すだろう。

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元より彼等に殺人への忌避感は薄い。魔術の糧や実験・練習台として多くの人間を殺している。無害そうなロナルドすら殺害数は二桁に達する。ＣＵＵＫのＵＡＲを隠れ蓑に、母国だけでなく世界中で少しづつ殺すことで発覚を免れている。 そういった情報の多くを、勇矢は既に得ていた。

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奴が行掛けの駄賃にと何人殺戮するか知れない。 自分の慢心に他人を巻き込むわけにはいかない。 奴等の欲心で人を傷付けさせる訳にもいかない。 徐々に速度を上げ遠ざかる蜘蛛の背を見据える。

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血の代わりに決意、肉の代わりに憎悪。 全身に巡らせる、意識が覚醒する。 本流の如く、殺意が沸き上がる。 目を瞑り無心で深く息を吸う。 夜空を見上げ、深く吐く。 それを三度繰り返す。 そして立ち上がる。 殺意以上の決意。 憎悪以上の心。 解き放つ時。

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腰に両手。 ベルトが出現。 その上に左腕を添える。 右手を左前へ斜めに伸ばす。 平行に左腕を左、右腕を右へ。 「変、身！」魂を込め声高に叫ぶ。 押し込むように両手を左腰に当てる。 両腕を腰の高さに開き、意識を集中する。 匣から損傷した装束が順に呼び出されていく。

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勇矢の場合、匣に物を出し入れするのには肉体の表面を通して行う。 その際、実際に体に物を押し込んだり、肉を引き摺り出すのに近い痛みに襲われる。 匣は個人差が大きいモノではあるが、どちらの特性も極めて稀なものである。 何にせよ服の様な大きい物を出すのには激痛が伴うのだ。

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普段、彼が掛け声で気合を入れ一瞬で衣裳交換を終わらせるのはその為である。だが今の状態では痛みで大きく気力を削がれ、最悪気絶も有り得る。そこで敢えて、部位ごとに交換する。トータルの苦痛は数割増しだが、瞬間的な痛みは少ない。 勇矢はその完了を待たずに疾走し始める。

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分割成形のスーツの脚部が交換される。ついで左腕、右腕、胴体、全身の金輪ウィンズノット、右手の腕輪レッドクローバー、左手のシルバーハーケン、腰の双剣…そして最後に白衣とマスク、サイバーグラス。 外見は万全だが中身は満身創痍。それでも気分は多少改善した。

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走りながらプロトドライバー上部の２と３のボタンを押す。 電撃が両脚にチャージされる。 『オールアクセル・アルティメット！』 パワー・スピード・感覚・防御…基礎能力が数倍に底上げされる。 『ライトニングアクセル！』 電撃が雷撃へとパワーアップする。 距離が徐々に詰まる。

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そこへ、眼前の蜘蛛の後部から無数の針が降り注ぐ。 『！』 初めて出す攻撃だが、巣の維持を考えない今だからこそ使えるのだろう。 走りを止めず最小限の腕捌きで弾く。 「ぐっうう…！はぁ…はぁっ…くそ…」 掠った程度で済んだが、むしろ腕を動かした負荷のほうが大きい。

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更に第二波。 障壁を張っても良いが、そうするとやや速度が落ちる。 シルバーバレットで全て迎撃し、或いは逸らした。 走り込み距離をさらに詰める。 バチィ！バチィ！とその両脚に電撃エフェクトが走る。

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蜘蛛との距離は約20ｍ程。その全長と同程度である。倉庫街と外との通用口手前で蜘蛛が反転した。追いつかれる前に反撃に出る構えだ。事前にロボット群で人を散らし道を封鎖してあるとは言え、これ以上進まれては危険だったので、ホワイトには好都合である。 ただし無防備な背後は突けなくなった。

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大ぶりな右前脚の攻撃を、同様に大きな跳躍で躱す。躱したその足から放たれた針を右手からのバリアで弾く。 その死角へ、更に本体からも針。 空中で身を丸め、当たる面積を最小にして左手からの障壁で防ぐ。 そこへ全身からの糸と針が更に襲う。

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障壁を解き、口からの火炎放射で燃やしつつ反動で空中を舞う。 空気の密度を強化して台とし、立体的な機動で攻撃を掻い潜るが…隙が見えない。 針や糸を出す度に僅かながら巨大蜘蛛の体は削れているが、まだ十分は余裕であろう。 こちらの方が保たない。 …ホワイトは勝負に出た。

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左肩の魔術封じの短剣・プラスケットを引き抜く。右脚のスロットを解放し、そこへ投げ入れる。 跳躍力を重点強化し後方の倉庫の上へと飛び退く。距離を維持したまま次々に飛び移り、通用口側へと向かう。蜘蛛も背後を取らせまいと向きを変えるが、ホワイトの狙いはそれではない。

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『シルバーハーケン！』 左手から延びたワイヤーが30ｍ程の鉄塔の中間辺りへと延びる。先端の機構が展開し、鉄材を咥え込む。地上のホワイトは迫る蜘蛛脚と針を、両手の障壁と口からの火炎でまとめて跳ね除ける。同時にその反動を乗せ、跳躍！ 更に同時にワイヤーを巻き取らせる。

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それら全てを完全に利用し地上60ｍまで打ち上がるホワイト。固めた空気を蹴って宙を駆ける。 バチッ！バチィ！と電撃。 蜘蛛が上空に向き直り、これまでの数倍の量の針を一斉に放つ。 『タイムブースト・デュカプルタイムズ（10倍速）！』 これを好機と見たホワイトが時を加速させる。

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三倍速で1分以下、四倍で数十秒ほどしか持たない時間加速。十倍となればまさに主観で十秒、実時間で一秒ほどしか持たない。 それで充分だった。 針穴に糸を投げ込んで通すような精緻さで、弾幕の間隙を突き、目掛けて跳躍する。 加速が解ける、その直前空中前転を決める。 そして。

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『ライトニング、スマッシュ…！……うおりゃあああああああああああー！！！』 雷撃と風の力を込めた両脚蹴りが蜘蛛の中心部に直撃！！ 『ああああああ！！』 蜘蛛の表面を貫き抉り、本体に達する。 「あああ！？ぐわああああっ！！？」 魔術師ごと中心部を貫き地面に叩きつける。

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「あがあああああっ！！？」 腹から下を失ったビッグネストが苦悶の叫びを上げる。 痛み止めの術を施そうとするが、傷口を踏むホワイトの足から封印エネルギーが流れ込みそれを阻害する。半分になった体にエネルギーは素早く周り、魔術回路―脳や神経系の魔術演算能力を奪いつくす。

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ホワイトは無言でネストの首を右手で掴む。左手のハーケンを手近なフォークリフトに引っかけ、諸共に移動する。 直後。 制御を失った巨大蜘蛛、その魔力の塊、火薬とも言えるそれに攻撃の余波で火が付き…爆発炎上した。 それを見届けた、その辺りで…彼の意識は途切れた。

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「お目覚めですね？」 目を開くと、車の天井。 首を故意に激しく動かして左右を見回す。ホワイトとしての移動拠点の一つのキャンピングカーの中だ。 「ん…。今は2013/4/21日曜日の20時52分です。新渡の住宅街の方に向かっていますわ」 少女の声が今欲しい情報を寄越す。

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―万全とは言い難いが無意識化の回復強化で大分マシになっている。 だが、問題はそこでは無い。緋華理を解放してベッドを降りる。 「緋「敵をは生命維持措置をして『冷凍車』に入れてあります。死体と死にかけの敵もです」 質問の前に答えが返ってきた。緋華理もベッドを降りる。

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ふと見るとベッドに横に、見慣れた緋華理のブラジャー。 「わ「頑張った『お兄様』にサービスですわ」 ノーブラの胸を軽く揺らしながら聞かれる前に答える。 「「大丈夫です。充分頑張りましたわ」 緋華理に助けられてしまった未熟を反省する言葉は発言前に制された。