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パチンコみたいな教材。出会い系サイトみたいな家庭教師紹介サイト。

 通信教育や、学習塾など「友達がやってるから、やろうか」みたいな動機で、なんとなく買っていた商品が最近では売れなくなって来ています。そういう「なんとなく買われて来た」商品をつくる業種で、これからはどういうふうな商品をつくっていけばいいのかということについて考えてみました。
経済 ゲーミフィケーション 規制緩和 顧客開発モデル 製品開発モデル 教育
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Naoto Hayashi @CheNaoto
次のテーマは「"なんとなく買う"商売の終わり 〜同調圧力から、切実な需要へ〜」です。8月中にどうにか100テーマぐらいは、いろいろな文章を書いて行きたいと思っています。
Naoto Hayashi @CheNaoto
学習塾をやっていた時に思ったのは、ああ、これはそろそろ「なんとなく買う」商売は終わるだろうなぁということでした。そういう時代の流れをひしひしと感じていた。
Naoto Hayashi @CheNaoto
以前、東証一部上場の大手塾の社長と食事をした時にも全く同じ事を言われた。いわく、受験生以外の客の入りが悪い。いわく、一番最初の就職氷河期世代(今の30代後半ぐらい)の親御さんからお金を出し渋る傾向にある。つまり人々が"切実な需要"を持たない商品への眼を厳しくした。
Naoto Hayashi @CheNaoto
これはたとえば、不動産なんかにはもう出て来ているトレンドで、たとえばバブル期は田舎も都会も不動産は値上がりしたものだけど、最近不動産バブルが起きても都心しか値上がりしない。人々が切実な必要とする土地しか値上がりをしなくなった。人々の見る目が厳しくなって来た。
Naoto Hayashi @CheNaoto
実のところ、日本には「なんとなく買う」製品を主力に大企業・ガリバー企業になったところというのは多くて、たとえば通信教育なんかはその最たる例。通信教育なんか答案を返却する生徒なんかろくにいないのにあれだけ売り上げている。でも、あと十年もしたら厳しい気がする。
Naoto Hayashi @CheNaoto
「なんとなく買う」製品の特徴というのは、それが強い同調圧力に支えられて来たということ。たとえば、塾になんとなく通う生徒というのは、友達が通っているから通うのだし、通信教育もそう。しかし、それが最近では一気に冷え込んできた気がする。うちはうち、ほかはほかという意識が強まった。
Naoto Hayashi @CheNaoto
そういう中で、これからベンチャーをするなら、切実な需要がある商品、それこそ借金してでも買いたくなるような商品にフォーカスしなければならないと思う。では、どういう商品が人をある意味では狂わせ、ある意味では魅了するんだろう。人々は何を求めているんだろう?
Naoto Hayashi @CheNaoto
たとえば、いままで教育産業は、人々の切実な欲求に必ずしも応えてなかったのではないかという疑問がある。勉強はいつまでたっても、多くの生徒にとって、苦行以外の何者でもなかったし、今だってそうだろう。
Naoto Hayashi @CheNaoto
だからこそ、こんなん意味あるのかしら?ということで成績優秀者層や受験間近の層以外の顧客が、どんどん塾から離れて行っているのだ。
Naoto Hayashi @CheNaoto
人は何を求め、何に魅了され、何に狂うのだろう?
Naoto Hayashi @CheNaoto
たとえば、一つの仮説としては、パチンコテレクラだろうか。今の教育サービスには、パチンコ的な要素や、テレクラ的な要素というのがなに一つ無い。
Naoto Hayashi @CheNaoto
だから多くの生徒にとって、勉強はつまらないもので、結果として、人々は勉強しなくなり、この国のエリート層の質は低く、国際競争に負けるのではなかろうか。
Naoto Hayashi @CheNaoto
パチンコみたいな教育。テレクラみたいな教育。こういうふうに書くと、なんだかものすごく下品で下劣で議論の余地もなく、そんなことはやめてくれといいたくなりそうだ。でも、少し考えてみていただきたい。いままでの教育が、パチンコやテレクラほどに人を魅了していたかどうかを。
Naoto Hayashi @CheNaoto
たとえば、教科書、参考書、問題集。そこにお客様を楽しませようとする工夫はあっただろうか。わかりやすいかわかりやすくないかというのは、楽しませる前の、いわば最低限しなければならない事だと思う。わかりにくい教材なんて論外だ。しかし、楽しい教材はあるだろうか?
Naoto Hayashi @CheNaoto
たとえば、ファイナルファンタジーをやりながら炎色反応を学ぶとか、戦国無双をやりながら日本史を学ぶとか、そんなことができた、どれほど多くの子供たちが、より高い能力を身につける事ができるだろうか。
Naoto Hayashi @CheNaoto
指導者にしても、それは同じだ。ライブチャットに出て来るお姉さんと同じかそれ以上に教師は魅力ある存在で有り続けているだろうか? もし、たとえばライブチャットとスカイプ家庭教師があったとして、なんの前提条件もなく、どちらを使いたいかと生徒に選ばせた時、前者を選ぶ生徒が多かったら。
Naoto Hayashi @CheNaoto
私はそうであってほしくは無いと思う。これだけゲーム産業・教育産業が成熟しているのだから、どこかで融合してほしい。指導者もそう。これだけ個人がチャットして、癒したり癒されたりするコミュニケーションが発達しているのだから、教育産業もそこから学ぶものはあるはずだ。
Naoto Hayashi @CheNaoto
人々にとって、切実な欲求とは何で、一方で、さほど重要ではない欲求とはなんなのか? なんとなく買っているものは何で、絶対必要なものはなんなのか? 商売人は常々自問自答する必要に迫られている。
Naoto Hayashi @CheNaoto
私はずっと教育畑にいた人間なので、こと教育産業というのはやはり立ち後れた産業だと思う。不動産業界ではもう20年〜10年前に出て来たトレンドが、教育業界では今出ている。それだけ教育産業に掛けるお金が、人々にとって聖域だったのだろう。
Naoto Hayashi @CheNaoto
EC化率も低く、集団指導はようやく半分ぐらいが映像授業になったが、個別指導はスカイプによる個別指導なんてまだまだだ。個別指導市場の1%にも満たない。これからこの市場を1000億〜2000億ぐらいまでにし、そのうち半分を弊社が取るというのが、私たちのビジョンだ。
Naoto Hayashi @CheNaoto
そんな中で、たとえば教育業界で一番「みんなが買ってるから私も買う」つまり"なんとなく買う"比率が高いのは、やはり高校・大学への進学だと思う。
Naoto Hayashi @CheNaoto
はっきりいって、いまある高校・大学なんかに進学したって、ほとんどの高校・大学の教育内容にそれほどの意味があるとは到底思えない。生徒は真剣に話をきこうとはしていないし、教師も真剣に生徒に教えようとはしていない。
Naoto Hayashi @CheNaoto
にもかかわらず、とりあえずみんな行ってるから行こうかというノリで行くのが今の高校であり今の大学だ。なんという時間の無駄、なんというお金の無駄。それがまさに、いまの高校であり大学なのだ。こんなもの、あと数年でその無意味さが衆知のものになり、無くなるのではないかと思っている。
Naoto Hayashi @CheNaoto
というのも、賢い人が子育ての割に合わなさを痛感し、子供を余り産まなくなり、一方でそうでない人がばかすか子供を生む中で、後者はあまりお金が無い訳で、必要の無いお金は出さなくなるのではないかという気がするからだ。
Naoto Hayashi @CheNaoto
雇う側にしても、ああこれ高校にいっても大学に行ってもバカはバカということにさえ気付けば、あまり学歴は意味をなさなくなるだろう。そこから先、しかし学校がなくなっても、教育は必要なわけで、教育産業が人々の切実な欲求にどう応えて行くかが鍵になる。
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コメント

Naoto Hayashi @CheNaoto 2013年8月14日
まとめを更新しました。
Naoto Hayashi @CheNaoto 2013年8月14日
まとめを更新しました。
蒼涙🌷🥖陸から氷へのモード切替過渡期 @aonamida_pencil 2013年8月14日
ん~そのためにバリアフリーを撤去するというのはあまり賛成できない。それこそフリースクールでまず実践してからもう一度論じてくれ。
語られざるもの、悉若無@神精宝具開発中(🌳)(💧)(💀) @L_O_Nihilum 2013年8月14日
考えとしてはド簡単に要約すると、モバガチャやパチンコのような射幸性を教育システムに取り込もうぜと言う事ですよね。なかなか難しい問題。ゲームのようなファンタジックなデザインで、現実の普通の事を勉強してもインパクトが弱く、ただゲーム性を持たせた教材に見え、教材である部分が寧ろ強調されてしまって飽きられている例はすでに『ランドセル小学1年生(6年生までシリーズ有り)』というPC用CDソフトで現れている。
語られざるもの、悉若無@神精宝具開発中(🌳)(💧)(💀) @L_O_Nihilum 2013年8月14日
『特打小学生』『キーボードモンスターズ』(小さい子用キーボード練習ソフト)的なものがどうして成功してるかっていうと、まずそういう「教材である」という側面が出来るだけ排除されており(尚且つ、学校で普段習わない事、という点も関わっている)、しかもキーボードを打つ=呪文の入力の成立、やキーボードという射的をする、という作中の表現とその行動がしっかり結びついてデザインされているからだったりする。これと同じことが、常用的な教育の要素で可能かと言われると僕は賛同しかねる。
語られざるもの、悉若無@神精宝具開発中(🌳)(💧)(💀) @L_O_Nihilum 2013年8月14日
ただ射幸性があるから面白いのか、という安直な発想だと間違いなく面白いものではなく、それこそ最終的には『強い同調圧力』でしかその面白さを担保出来なくなると思う。それこそ実例はパチスロに実例があるんだけど、パチンコの製造規制が新しくなって、ゲームで「当てる」面白みがなくなってくると、作る側も萌えキャラやAKBやエヴァという人気に頼りざるを得なくなっている。
語られざるもの、悉若無@神精宝具開発中(🌳)(💧)(💀) @L_O_Nihilum 2013年8月14日
単純な射幸性だけではそのゲームを遊ぶ、という価値に意味を見いだせなくなるから、人気な既存の要素を扱いざるを得なくなる。それを支えているのは人気という同調圧力でしかなくなるでしょう。ゲームっぽいだけの部分を強引に教材の内容と結び付けてゲーム作りをしてしまうと、結局人はそれを続けることは出来なくなるのではないかなあ、と。
既読 @gai_doku 2013年8月14日
エデュテインメントとかシリアスゲームとかってもうずっと言われててむしろ古臭いぐらいの話でしょうが。東京書籍がファミコンでソフト出しとりますわ。教育効果が実際にあるかはともかく、作って売れてから言いましょうでFA。
めるとん@24時間眠いマン @melt_odin 2013年8月14日
単純に金が無いからでは? 金が無いと無駄なことに金を使わないような習慣というか、それはお金出す価値があるのかと考えてから買うようになるんじゃないかなー
犬山しんのすけ @shinnosuke_inu 2013年8月15日
例えがドスゲーけど、面白い視点ですねU・∀・U 参考にします_φU・∀・Uメモメモ