モーサイダー!~Motorcycle Diary~Episode of Summer VI~
- IngaSakimori
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「変わっているのは、タイヤだけではありませんわよ」 「分かっているよ、ホイールもだろ」 志智がドーピングを指摘する敗北者の顔でみつめる、XR650Rのフロントには巨大な21インチホイールが装着されている。 #mor_cy_dar
2013-08-26 20:38:54リアもよくよく見比べれば、普段の17インチホイールと異なって、少しだけサイズが大きいことに気づいたはずだ。 そして、その外径の大きなホイールに装着されているタイヤには、こんなもので公道を走ってもよいのかと思うほど、強烈なパターンのブロックタイヤだった。 #mor_cy_dar
2013-08-26 20:39:13一つ一つのブロックは握り拳の先っぽほどしかない。しかも、その溝はおどろくほどに深く、どんなに柔らかい土に埋まろうとも掻き出してしまいそうだ。 #mor_cy_dar
2013-08-26 20:40:50装備もいつものツナギではなく、モトクロスジャージにオフロードヘルメットである。 もっとも、バイザーなしでゴーグル装着とまではいかないところが、亞璃須からすれば所詮は舗装林道ツーリングというところだった。 #mor_cy_dar
2013-08-26 20:41:12「前21インチ、後が18インチ。 これがオフロードマシンのスタンダードにして、完成形というものです」 「で、いつもの小さなホイールを履かせれば『もたーど』になるっていうわけか……便利だな、オフロードバイクって」 #mor_cy_dar
2013-08-26 20:41:21「まあ、ホイールの交換だけでは、効果も知れてますけれども。 ポン付けでも効果は絶大と言えますわね」 再び突き上げる震動と、先の見えないコーナー。そして路面の真ん中を占拠した小石や苔との戦いがはじまる。 #mor_cy_dar
2013-08-26 20:41:38もっとも、志智の感じるところではこの風張林道━━醍醐林道よりは視界が良いように思える。 #mor_cy_dar
2013-08-26 20:41:45(なんでだろうな……あんまりぐるぐる回り込まずに、ひとつの山の斜面を駆け上がっていくせいかな……) 時折、思い出したようにめいっぱいに視界が開け、遠い山並みまで見渡せると、それが厳しい道を走り抜けた褒美のようにも感じられるから不思議なものだ。 #mor_cy_dar
2013-08-26 20:41:59慣れてくると、時速30km程度をキープするのは難しくなかった。とはいえ、志智のペースがあがると、先行する亞璃須は後方監視のカメラでもつけているかのように、同じだけ速度をあげる。 #mor_cy_dar
2013-08-26 20:42:05(く、くそっ……ぜんぜん距離が縮まらない……) アクセルを開けた拍子にリアタイヤが滑り、背中に冷たい汗がながれる。 亞璃須のXR650Rもタイヤがしょっちゅう滑っているようだが、マシンの挙動は安定しており、明らかにそれをコントロールしているようだ。 #mor_cy_dar
2013-08-26 20:42:15(ドリフト……とか、パワースライド……とか言うみたいだけど、どうやったらあんなふうになれるんだろうな……) 行き止まり。見なれた周遊の風張峠駐車場をゲートの隙間からのぞき見て折り返す。荒れた路面にキツい下り傾斜はさらなる恐怖だった。 #mor_cy_dar
2013-08-26 20:42:34フロントを滑らせようものなら、リカバリは絶対に不可能である。 そんな中でも亞璃須のXR650Rは、快調にコーナーをクリアしていってしまう。 #mor_cy_dar
2013-08-26 20:42:41(乗り方自体が……根本的に違うんだろうな……スパーダみたいなオンロードバイクと、ああいうオフロードバイクで……) #mor_cy_dar
2013-08-26 20:42:58これまでどんな場面でも絶対的な信頼をよせていた、VT250スパーダのエンジンが━━そして車体のすべてが、今このときに限っては、ひどく頼りないものに思えた。 #mor_cy_dar
2013-08-26 20:43:01最後の仕上げは、風張林道をピストンで折り返して、しばらく戻った先の鋸山(のこぎりやま)林道だった。 #mor_cy_dar
2013-08-26 20:43:45観光名所でもある神戸(かのと)岩の脇をすり抜け直進すると、これは道路ではなく登山道なのではないかと思えるような、林に囲まれた道があらわれる。 しかし、二つの林道を走りぬけたあとでは、身を固くしてしまうような困難はない。 #mor_cy_dar
2013-08-26 20:43:49「相変わらずひどいもんだが、これなら走るには走れるな……」 なるほど、リーンアウトとは確かにコーナーの先がよく見えると思いつつ、リアタイヤがスリップの扉をノックしている感覚すら、楽しめるようになってくる。 #mor_cy_dar
2013-08-26 20:44:01もっとも、そんな感覚は登山道へとつながる『大ダワ』地点まで。その先には嫌な嫌な下り傾斜が待ち受けている。 #mor_cy_dar
2013-08-26 20:44:08「それじゃあ最後ですし、志智のペースで走ってもらいますわ」 「お前な……」 亞璃須(ありす)の言葉が意地悪だったのか信頼だったのか、その時点ではわかりかねたが、ほんの一キロも進むと前者であることが判明する。 #mor_cy_dar
2013-08-26 20:44:26「うぉぉ!? お、おい、なんだよこれ!!」 「あら、怖じ気づきましたの? ゆっくり進めば、別に滑りませんわよ」 思わず足を止め、後方を振り返ると、亞璃須がヘルメットのバイザーをあげてニヤニヤと笑っている。 #mor_cy_dar
2013-08-26 20:44:35(滑らないって……本当かよ……) 志智の前方では、まるで鉄の爪でむしりとったかのように剥がれた舗装の上を、山肌からわき出た水が盛大に濡らし、青々とした苔を育てている。 #mor_cy_dar
2013-08-26 20:44:44冗談ではない。こんなことを進んだら絶対に滑って転ぶ。 オンロードツーリングしかしたことのないライダーであれば、ほぼ全員がそう言ってのけるだろう道が数百メートル近くも続き、ご丁寧にもヘアピンコーナーまで用意されているではないか。 #mor_cy_dar
2013-08-26 20:44:55「ち、ちょっと待て……タイムだ、タイム。 ……これ押して進むとか、ありかな?」 「愛車を倒したくないのはわかりますけれど、そんな志智は見たくありませんわね……」 あきれ顔で亞璃須が言った━━その時だった。 #mor_cy_dar
2013-08-26 20:45:03「……志智。そのままで」 「ああ、分かってる」 バリバリと鳴る排気音は単気筒エンジンのものである。どうやら自分たちを追いかける形でやってきたライダーがいるらしい。 #mor_cy_dar
2013-08-26 20:45:11