ほしおさなえさんの140字小説13

ほしおさなえさんの140字小説13 その130~その139です。 (まとめ1)http://togetter.com/li/371906 (まとめ2)http://togetter.com/li/373145 続きを読む
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ほしおさなえ @hoshio_s

夢の中で種を埋めた。芽が出ないうちに目が覚めた。それから、壁でも机でも、わたしが手を触れると芽が生えてくる。おかげで部屋がずいぶん森のようになった。呼吸するたびに身体の中にも葉が茂っていくようだ。ひとり暮らしだが、少しもさびしくない。だがもしかするとまだ夢の中なのかもしれない。

2013-04-06 07:48:38
ほしおさなえ @hoshio_s

空が青い。でも、空のどこにも青い物質なんてない。光と空気がそう見せているだけで、青いものなんてどこにもない。わたしたちが見ているものはみんなそんなものばかり。生きているということもきっとそんなことばかり。電車の音がする。旅に行きたいと思う。青い空の下、布で包んだお弁当を持って。

2013-04-08 08:47:08
ほしおさなえ @hoshio_s

子どもが老いていく夢を見た。生まれたばかりの赤ん坊が小さいまま老いてしぼんでいく。なぜだろう、僕には子どもなどいないのに。覚めるとはらはらと泣いていた。窓際の鉢植えに小さな芽が出ているのに気づく。去年の花から種が落ち、芽を出していたのだ。水をやる。しんとさびしく、明るい朝だった。

2013-04-13 14:14:59
ほしおさなえ @hoshio_s

若いころは忘れることに力がいった。忘れたいことばかり頭に浮かんだ。今は力はいらない。忘れたいものも忘れたくないものも流れ出していく。からからとファンが回っている。やかんがしゅうしゅう音を立てる。ふいに思い出がどこかから帰って来る。忘れていたおみやげのようにふんわりと手の中にある。

2013-04-15 08:57:52
ほしおさなえ @hoshio_s

ベンチでおばあさんたちが話している。いなければ楽よ、でも、さびしい、とひとりが言う。もうひとりが、そうね、と笑う。子どもが花びらを拾っている。そんなこともこんなことも、芽吹いて枯れる草のようだと、空のどこかで見ているだれかがいるのか。風が吹く。春は、いろんなことがわからなくなる。

2013-04-16 12:30:45
ほしおさなえ @hoshio_s

海沿いの道を歩く。知っている人はだれもいない。晴れているのに雨が降っている。さびしいかい。声がする。立ち止まり、海を見る。だれもいない。ただ波が光っている。空なのか海なのか、いま話しかけてきたのは。いいえ、ちっとも。そっと答える。通り過ぎた電車を追いかけ、走る。ひとりで風になる。

2013-04-24 19:48:45
ほしおさなえ @hoshio_s

夜の浜辺で砂が光っている。ふいに、魂は人ひとりのなかで終わるのではなく、人から人へ渡っていくものだと思う。ひとかたまりでやって来るのではなく、散り散りの欠片を集め、終わるとまた散り散りになる。僕らは欠片を集めて運ぶ郵便配達夫みたいなものなんだろう。波が来る。帰る。月が光っている。

2013-04-25 20:41:45
ほしおさなえ @hoshio_s

古い家。床がきしみ、かちかちと時計の音がする。お帰り。懐かしい声がした。仄暗い廊下に座り、もういないあの人と遊んでいる。指をからませ、ほどけてしまったなにかをつなごうとする。指が熱い。日なたが細くのびて、血の糸のよう。もういないあの人とわたしの言葉が、ひっそりと降り積もっている。

2013-04-27 16:47:48
ほしおさなえ @hoshio_s

草が揺れ、蝶が飛ぶ。ただ生きて死に、あとを残さない。人もまたそうだろう。こうして草原にいると、ちがいは、人にはひとりひとり名前があることだけだ、という気がして来る。ああ、でも、もしかしたら草にも蝶にもほんとは名前があるのかもしれないね。空がつけた名前が。光のように軽やかな名前が。

2013-04-28 09:05:41
ほしおさなえ @hoshio_s

人生ってほんとに短いね、と老詩人が言った。邯鄲の夢、まばたきの中の出来事のようだと。出会ったとき詩人はもう少し若く、僕は三十前だった。詩人に関する記憶はどれも不思議なほど鮮明だ。意識が飛ぶ。死ぬ間際のまばたきの中で今の会話をありありと思い出している。光が揺れる。詩人が笑っている。

2013-04-30 09:01:28