#角川小説 「エフ・エム」 vol.2

角川Twitter小説コンテスト応募作品をまとめました。 おかげさまで最優秀賞候補作品30作品にノミネートして頂きました。ありがとうございます。 「これからあなたに90分間、時間を差し上げます。何回間違っても構いません。 90分以内に私が誰か、当ててください。もし時間内に私が誰か、思い出せなかったら、」 続きを読む
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水木ナオ* @nytf_fm

「なあ、電話、電話は駄目か。ブチに電話させてくれよ。あんたの目の前で掛けるから、変な真似もしないから、頼むよ、そうしたら思い出せることがたくさん……!」こんな時、ブチがいてくれれば。あいつは、俺の、【65:00】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-05-10 12:03:12
水木ナオ* @nytf_fm

中学時代からの友人だから。元々は同じテニス部だったが、そんなに話すこともないまま、2年生で初めて同じクラスになった。その時の担任が最悪な教師だった。とにかくまあ、ヒステリックなババアで。【64:26】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-05-10 22:02:32
水木ナオ* @nytf_fm

始業のベルとともに教室に入ってくるなり、無言でその日の授業の内容を黒板に書き殴り、戸惑いながらもノートに書き写す俺たちに向かって、「なんであんた達何も言わないの!」と怒鳴り散らすなんてこともあった。【63:51】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-05-11 13:09:51
水木ナオ* @nytf_fm

このままだと腹の虫が収まらない。そんな俺と意気投合したのがブチだった。二人でコンビニに練り辛子を買いに行き、ブチが見張ってる間に、下駄箱の担任の靴にこれでもかと塗りつけてやった。まあ可愛い悪戯だ。【62:49】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-05-11 22:02:21
水木ナオ* @nytf_fm

それから仲良くなって以来、今までブチとは色々な思い出を共有してきた。ブチと話せばきっと――「駄目です」男の眉がきゅっと顰められる。「ゴミブチさんを通した時点でそれはあなたの純粋な記憶ではありません」【62:18】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-05-12 12:05:02
水木ナオ* @nytf_fm

男の口調に苛立ちが混じる。「フカダさん、何度も言いますが、私はあなたに聞いているんです。……分かってますよね?」カツ。カツ。男の爪が起爆スイッチを弾く音に、ぶわ、と全身が総毛立った。【61:57】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-05-12 22:00:48
水木ナオ* @nytf_fm

何を俺は悠長に、言われるままこいつを思い出そうとだけ、してるんだ。違うだろ、逃げなきゃ。思い出せなきゃ死ぬんだぞ?ああでも走っても多分間に合わない。それに他の客を巻き込んじまう。じゃどうすればいい!【61:34】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-05-13 12:01:20
水木ナオ* @nytf_fm

ここから逃げても駄目。他の人にこの状況を知られても駄目。なら、この男に気付かれず、他の人にこの状況を伝えて警察を呼んでもらう。それしか今は思いつかない。は、は、と浅くなる呼吸をぐっと飲み込む。【61:02】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-05-13 22:04:37
水木ナオ* @nytf_fm

そして、自分のカップに手を伸ばした。底に僅かに残ったアメリカンを舐め取るように大きくカップを傾け、男から顔を隠す。その一瞬、素早く店内に目線を走らせた。【60:52】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-05-14 12:07:22
水木ナオ* @nytf_fm

自分達が座っている席は、入り口からまっすぐ、ボックス席の並ぶ間を抜けた先の壁際に並ぶ2席の一つだ。ボックス席はサラリーマンやOL、カップルなんかで埋まってるが、自分の背中側、後ろの席には今誰もいない。【60:43】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-05-14 22:01:21
水木ナオ* @nytf_fm

再び笑顔を貼り付けた男の背中の向こうには、トイレの扉。視線を左へスライドさせていけば、ボックス席の向こうに並ぶカウンター席が見えるはずが、ボックス席とカウンター席の間はパーティションで仕切られている。【60:36】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-05-15 12:03:34
水木ナオ* @nytf_fm

さらにご丁寧に、その上には観葉植物が並べられている為、座った今の状態ではカウンター席の客の背が葉っぱの隙間からちらほら見える程度に過ぎない。だからカウンターの奥にいる店員を呼ぶなら、声を出すほかない。【60:25】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-05-15 22:07:32
水木ナオ* @nytf_fm

がちん、とカップをテーブルに置き、さりげなくテーブルに据え置きの紙ナプキンを手に取る。紙ナプキンのスタンドにはサイドポケットが付いていて、そこにはアンケート葉書と、記入用のボールペンが1本。【60:08】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-05-16 12:03:57
水木ナオ* @nytf_fm

汗でびっしょりの手を拭った紙ナプキンを置いて、俺はなあ、と男に声を掛けた。「珈琲、おかわり頼んでもいいか」「ええ、どうぞ。店員は……」男は店内を見渡すと、カウンターの方を振り返り、俺に背を向けた。今だ!【59:37】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-05-16 22:02:05
水木ナオ* @nytf_fm

紙ナプキンのスタンドから、ボールペンをさっと引き抜く。「すいません、注文お願いします」伸ばした腕を戻しつつそれをスーツの袖口に滑り込ませようとして、「フカダさんはまたアメリカンでいいですか?」「へっ」【59:32】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-05-17 12:03:45
水木ナオ* @nytf_fm

こちらを振り返りもせずに、不意に男から掛けられた声にびくりと手が震えた。その拍子に、あ、と思う間もなく。ボールペンが指から滑り落ちた。【59:31】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-05-17 17:00:09
水木ナオ* @nytf_fm

テーブルと俺との狭い隙間を落ちていくペンに、考えるよりも先に体が動いた。開いていた足を咄嗟に閉じる。がつ、と膝頭同士が激しくぶつかり、痛みにしかめそうになるのをこらえて。「ああ、同じでいい」【59:28】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-05-17 22:03:13
水木ナオ* @nytf_fm

気付いた店員がやってくるとともに男も向き直る。「ご注文は?」「アメリカンを一つ追加で。あと、新しいおしぼりもお願いします」男が注文をする間に、膝に置いた手で、今度こそ。俺は挟んだ膝の間からペンを抜き取った。【58:46】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-05-18 12:03:19
水木ナオ* @nytf_fm

さあ、あとは注文した珈琲が来るまでに、男に気付かれずにメッセージを手に書くだけだ。簡潔に、かつこの事態が伝わって、男にばれずに警察を呼んでもらえるように。ばくばくと鳴る心臓に、落ち着けと怒鳴りたくなる。【58:13】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-05-18 17:01:55
水木ナオ* @nytf_fm

「さて、そうこうしてる間に残り1時間切りましたよ?」「今思い出そうとしてんだから邪魔するな」「はいはい」返事は一回。と言ってやりたいところをぐっと飲み込む。「んー…じゃあ、小学校の頃とか」【56:59】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-05-18 22:16:20
水木ナオ* @nytf_fm

実際のところ、小学生の頃の思い出はそんなに無い。ただ、俺のことをいじめていた連中のことはしっかり覚えている。いじめた奴はけろっと忘れても、いじめられた奴はそのことを一生忘れないもんなんだぜ。【56:21】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-05-19 12:02:19
水木ナオ* @nytf_fm

「俺さ、小学生の頃、軽いいじめにあっててさあ……」顔をしかめ、うなだれるようにやや前かがみになる。男からは、ぐっと机の下で手を組み考え込んでいるように見えるはずだ。「小3くらいからかなあ……」【55:42】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-05-19 17:02:05
水木ナオ* @nytf_fm

「俺運動苦手でさ、ほらクラス対抗の大縄跳びとかで引っ掛かって記録台無しにするやつ。そういうタイプだったんだよね。小学校の頃って運動出来る奴がモテるじゃん?てことはその逆は、さ」はは、と空笑いしてみせる。【55:01】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-05-19 22:39:55
水木ナオ* @nytf_fm

「ま、今のご時世のいじめみたいな酷いもんじゃなかったけどな。クラス中で無視とか、物隠されるとか。休み時間は他のクラス行きゃ友達いたし」つらつらと口に出しながら、全神経を手に集中させる。【54:30】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-05-20 12:08:16
水木ナオ* @nytf_fm

「というわけで。俺の事むかつくって最初に言ったスズキ?」「違います」「スズキの子分だったナカヤマ」「いいえ」「それじゃ……」名前を挙げ、時折首を傾げてみせながら、俺はテーブルの下で必死にペンを動かした。【53:47】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-05-20 17:02:32