#角川小説 「エフ・エム」 vol.2

角川Twitter小説コンテスト応募作品をまとめました。 おかげさまで最優秀賞候補作品30作品にノミネートして頂きました。ありがとうございます。 「これからあなたに90分間、時間を差し上げます。何回間違っても構いません。 90分以内に私が誰か、当ててください。もし時間内に私が誰か、思い出せなかったら、」 続きを読む
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水木ナオ* @nytf_fm

広げた左の手のひらには、さっき拭いたばかりなのにじっとりと汗が滲み、ペン先が滑ってなかなかうまく書けない。くっそ、一度膝に左手を擦りつける。「フカダさん。小学校の頃、いい思い出はなかったんですか?」【53:04】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-05-20 20:05:58
水木ナオ* @nytf_fm

おい。なんであんたにそんな、憐れむような顔されなきゃならないんだ胸くそ悪い。ふうう、と細く吐いた息に苛立ちを紛れさせて、あるよ、と答えた。「一年生の時の担任は良い先生だった。今でも必ず年賀状は送ってる」【52:39】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-05-20 22:07:49
水木ナオ* @nytf_fm

小1当時から結構なおじいちゃん先生だと思っていたけど、もう27年になるのか、毎年欠かさず律儀に返事をくれ、今では結構な高齢になっているはずだ。だからここ近年では出すとき、内心どきどきしてしまう。【51:55】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-05-21 12:04:48
水木ナオ* @nytf_fm

今年も無事返事がくるのかと。でもそれは、俺が年賀状を送るという前提の話だ。このままでは、俺の方が先に送れない状態になるかもしれないのだ。……動かし続けていた手を止める。店員がトレイを持ってやってきた。【51:03】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-05-21 17:00:14
水木ナオ* @nytf_fm

テーブルの下で左手を一度ぐっと握り締め、開く。『バクダン ケイサツヨンデ』最低限の字数で、男からは見えず、かつ店員からは一瞬で読める大きさで。黒いインクで刻まれたこの文字だけが、今の俺の生命線だ。【50:26】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-05-21 20:03:06
水木ナオ* @nytf_fm

「お待たせしました、アメリカンです」にこやかに、店員がトレイからカップを持ち上げる。俺はそれを受け取るように、左手を大きく広げると店員に向けて突き出した。頼む、気付いてくれ――!【49:48】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-05-21 22:21:56
水木ナオ* @nytf_fm

ぱし、と軽い音がして。俺の左手は男に握り締められていた。まるで握手だ。「フカダさん、そんな汚れた手でカップに触っちゃ駄目じゃないですか。新しいおしぼりもらいましたから、拭いてからにしてください」【49:17】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-05-22 12:29:54
水木ナオ* @nytf_fm

にっこりと男は言ってのけた。一瞬の後、その意味を悟る。がつんと頭を殴られたようなその衝撃、こいつ、見抜いてた。俺が必死にボールペンを抜き取ってる時から、おしぼりを頼んだのも、そのためだったと……!【48:44】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-05-22 17:04:25
水木ナオ* @nytf_fm

「仕方ないなあ、拭いて差し上げますね」呆然として身じろぎもしない俺の手を握ったままおしぼりを受け取り、男は丁寧に手のひらを拭う。元々汗ばんでいた手に書かれた文字は、あっという間に綺麗に消えた。【47:35】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-05-22 22:29:47
水木ナオ* @nytf_fm

「アメリカンはこちらに置いておきますね」心なしか頬を染め、嬉しげに店員は去っていった。ようやく開放された手をぱたりと落とす。「小学生時代は以上ですか?」何事も無かった様に促す男に、声もたてられずにいると。【46:29】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-05-23 12:08:02
水木ナオ* @nytf_fm

再び、俺のスマホが鳴った。さっきと同じメールの着信音、多分ブチだ。俺が返事を返さないから、きっと心配してるんだ。と、思ったらもう耐えられなかった。目の奥が熱くなり、ぶわりと視界が滲む。【45:58】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-05-23 17:02:09
水木ナオ* @nytf_fm

ちくしょう、なんで俺がこんな目に合わなきゃいけないんだよ。俺はただ普通に生きてきただけだろうが。普通に学校行って、友達と遊んで、……ああ楽しかったなあ、あの頃。ブチと馬鹿ばっかやってた高校時代。【45:31】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-05-24 17:00:43
水木ナオ* @nytf_fm

思いつく悪戯が同レベルな俺とブチは、学力も似たり寄ったりで。結局、同じ高校に進学した。入ってからも勉強なんて一夜漬け、試験の前日も机に向かう振りして深夜ラジオを聴きながら、気付けば机に突っ伏してたっけ。【45:09】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-05-28 12:00:19
水木ナオ* @nytf_fm

その頃の俺たちが考えてたことなんて、『モテたい』ただそれだけで。そのためにギターを始めたとか、じゃあ俺ボーカルやるわなんてブチも乗ってきたとか、よしバンド組んで文化祭出ちゃおうぜとか、あれよあれよと。【44:52】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-05-28 17:00:54
水木ナオ* @nytf_fm

ドラムやってた友人も巻き込んで、高2のとき、俺たちは本当に文化祭に出た。いや、いい思い出だよ?今じゃ絶対できないからな、無理矢理設けたギターソロとか、「ライブハウス体育館へようこそ!」とか、俺の髪型とか!【44:28】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-05-28 22:00:58
水木ナオ* @nytf_fm

とりあえず思い出すだけで赤面ものの青春の1ページだ。されど恐るべし文化祭のバンドマジック。俺にもブチにも、彼女ができた。お互い初めての彼女だ、俺は1年後輩のユミ、ブチは同じクラスの女子だった。【44:13】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-05-29 08:00:25
水木ナオ* @nytf_fm

そういやあの頃、それでブチと喧嘩したっけな。ほぼ同じ頃に付き合い始めたのに、俺のが先にさっさとファーストキスを済ませたから、ってさ。だって仕方ないだろ、告白も、キスも、ユミの方からしてきたんだから。【43:50】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-05-29 17:00:51
水木ナオ* @nytf_fm

付き合って一ヵ月、一緒に帰るのが習慣になったころ。駅の階段で、12センチの身長差が段差でゼロになったとき、突然振り向かれて眼鏡を取られて、最初は目測を誤ったのか、顎にちょんと唇が当たっただけで。【43:36】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-05-29 22:00:34
水木ナオ* @nytf_fm

ばーか、なに年下にリードされてんだよ、という売り言葉にかちんときて、まだキスできないヘタレなお前に言われたくねーよ、とつい買い言葉で返してしまい。それから1週間、ブチとは口を利かなかった。【43:17】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-05-30 12:00:37
水木ナオ* @nytf_fm

ヘタレじゃなくて、ブチはただ、彼女を大切にしてただけだったんだよな。慌てず、お互いのタイミングをじっくり図って。俺は結局1年しかもたず、別れるときもやっぱりユミからだった。ブチは来月、その彼女と結婚する。【42:55】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-05-31 17:00:44
水木ナオ* @nytf_fm

――そうだ、俺はブチの結婚を祝うんだ。披露宴の見事な司会で、あいつを花嫁より号泣させてやるんだ。泣くのは俺じゃない、ブチだ! 涙と鼻水でべしょべしょの顔を拳でぐいっと拭う。男は黙ってそんな俺を眺めていた。【42:01】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-06-01 12:00:34
水木ナオ* @nytf_fm

「落ち着きましたか?それじゃ」よいしょ、と男は机の下に屈みこみ、床からボールペンを拾い上げた。「これは預かっておきますね」ああ、俺がさっきまで膝に挟んでいたやつだ。返せ、とも言えず、黙って頷くしかない。【41:36】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-06-01 20:00:52
水木ナオ* @nytf_fm

肺が空っぽになるような深呼吸を再び。今、俺がすべきことは何だ?目の前の男が誰かを思い出すこと。男を説得してこんなことやめさせること。男に気付かれないようにこのことを誰かに知らせる。一番現実的なのは?【41:12】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-06-03 12:00:37
水木ナオ* @nytf_fm

「あんた、誰なんだ」そう呟くと、男はおや、と眉をあげた。「それを聞いているのは私ですよ?」「だって、本当に思い出せないんだ……」「それは最終回答ということでいいですか?」「違うちがう!」【40:35】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-06-05 12:00:28
水木ナオ* @nytf_fm

躊躇せず起爆スイッチを握った指に力をこめようとする男を慌てて押し止める。「ちょ、ちょっと弱音吐いただけだろうが!」「それは失礼。残り時間も半分を切りましたので、ギブアップされたのかと」【39:49】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-06-05 17:00:58