新選組～試衛館の青春　第一話「雪のひな祭り」

松本匡代@早耳屋お花事件帳＆試衛館の青春＆独白新選組＆夕焼け土方歳三はゆく＆石田三成の青春 @mk106732

お待たせいたしました！ 「新選組～試衛館の青春」 万延元年　出会いの章 第一話「 雪のひな祭り」第１回 ゆるゆると始めていきたいと思います。 #試衛館の青春

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　山口一は、毎日が退屈だった。 　朝起きて顔を洗い、父上と兄上に挨拶し、台所で朝餉を食べてしまうと、もう庭で素振りをすること以外やることがない。 #試衛館の青春

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　飽きるまで素振りを続け、部屋でボーッとしていると、昼餉になる。食べ終わり、また部屋でボーッとする。そしてまた庭に出て素振りをしていると、父上と兄上が役所から帰ってくる。夕餉である。夕餉を済ますと、もう寝るしかない。 #試衛館の青春

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　山口が道場へ通わなくなってから一月が経つ。 　無外流の皆伝免許を貰う前から、道場には山口の相手になるような者はいなかった。けれども剣術の免許というものは、剣術が強いというだけでは貰えないらしい。 #試衛館の青春

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人格品性優れた者、周りを眺めてみてもそれが建前だということはよくわかるのだが、一応そうなっているのだ。十五、六の少年には、いくら道場一の実力を持っていても、そう易々と与えられるものではなかった。 　山口は、年が明けて十七歳になって、ようやく皆伝免許がもらえた。 #試衛館の青春

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　一年ほど前に師範を打ち負かしてから、道場には山口の敵はいなくなった。だが、違う意味での敵ばかりになってしまっていた。 #試衛館の青春

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実力者は皆、山口より年上のものばかり。山口の腕前を評価し、目をかけてかわいがってくれる者もいるにはいたが、それはごく少数派だった。もともと山口は如才なく先輩たちの機嫌をとり結び立ち回る器用さは持ち合わせていなかった。 #試衛館の青春

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なまじ腕が立つから、ちょっとしたことでも生意気と取られる。それに嫉妬も加わって、嫌がらせが日常茶飯事になっていたのだ。皆伝免許をもらってから、その程度、頻度が激しくなった。 　まったく、大の大人が、れっきとした武士が、情けない話である。 #試衛館の青春

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　山口は、相手にしなかった。しかし、愉快なはずはない。逃げ出すようで嫌だと思う気持もあったが、何も得ることのない道場に、不快な思いをしてまで通いつづけることがばかばかしくなった。 #試衛館の青春

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最後に手加減なしで、五、六人叩きのめして涼しい顔で帰って来てから、もう一月、全く道場へ顔を出していなかった。 #試衛館の青春

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　今日も昼餉の後、何をするでもなく部屋でボーッとしている末息子を見かねて、母上が「ちょっと気晴らしに外でも歩いてきなさい」と小遣いをくれた。 　山口は別段行きたい所もなかったが、せっかくの母上の気持だ。無にするのも申し訳ないと思い外に出た。 #試衛館の青春

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　外は寒かった。 　いつもの年なら、もう上野の山の桜のつぼみも綻びかける時期なのに、今年はやけに暖かくなるのが遅い。 　山口は羽織も着ずに外へ出たことを悔やみながら、背を丸くし懐手をして歩いた。 #試衛館の青春

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　さて、何処へ行こうか。 　山口には当てがなかった。 　山口は酒も女も未だ知らない。気晴らしに…と言われても、言葉通り、ぶらぶらと街を歩くしかなかった。 　半刻くらい歩いただろうか。七つを少し過ぎていた。歩いていると腹が減る。ふと横をみると蕎麦屋があった。 #試衛館の青春

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　蕎麦でも食うか。 　山口は、暖簾をくぐった。 　店に入ると、 「いらっしゃい」 　の声とともに、男が近付いて来て、 「皆さまお待ちでございます。どうぞ、お二階へ」 　と階段の下まで案内された。 　誰かと間違われている。 #試衛館の青春

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「俺は…」 　と言いかけたが、自分の間違いに気付いていない店の男は山口をそこに残し、もう他の客の注文を取っていた。 　どうしようか。 　山口は短く思案した。 　蕎麦屋の二階か。 　山口の頭に忠臣蔵の芝居の一場面が浮かんだ。 　面白いかもしれない。 #試衛館の青春

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　ちょっとした悪戯心を起し、山口は階段を昇った。 　二階に上がると部屋が三つあった。そして、その一番奥の部屋に人が居るようだった。 　山口はその部屋の襖の前に、気配を殺して立った。 　部屋の中には五、六人の人間が居るようだ。低い話し声が聞こえる。 #試衛館の青春

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　ホントに忠臣蔵みたいだ。 　山口は面白がって中の話に聞き耳を立てた。 　だがやがて、面白がって聞いていた山口の顔から笑みが消え、そして強張り凍りついた。部屋の中から、「井伊」とか「大老」とか「登城時を狙う」とかいう言葉が聞こえてきたのだ。 #試衛館の青春

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　うん？　これって、井伊大老暗殺の企てじゃないか。これはえらいことを聞いてしまった。こんなことに関わりあっては面倒なことになる。 　よりによって、こんな危ない連中の仲間なんかに間違えるなよな。 　一人ぼやいて、長居は無用と帰ろうとした時には、既に遅かった。 #試衛館の青春

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　不意に襖が開いたかと思うと、山口は部屋の中へ引きずり込まれた。刀の柄に手をかける前に腕を取られ、その腕を後へ捻り上げられ、次の瞬間、畳に転がされた。 #試衛館の青春

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　部屋の中には五人の武士が居た。いや、もう一人居る。その一人は手足を縛られ部屋の隅に座らされていた。 　五人のうち山口を畳に転がした武士が、しゃがみ込み、山口の顔を覗き込んだ。 「何者だ」 　と問われて、山口は即答できなかった。と言って、別に気後れしたわけではない #試衛館の青春

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　そうだ、断じてそんなことはない。 　山口は自分自信に言い訳した。 　ただ、どう答えていいのかわからなかっただけだ。 「こいつ、幕府の犬かもしれない。大事の前だ。やりましょう」 　一人がそう言って刀を抜いた。もう一人もそれに続いて鞘を払った。 #試衛館の青春

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「やめとけ」 　そう言ったのは、手足を縛られた男だった。 「よく見ろ。まだ子供じゃねえか。こんな役人居るもんか。こいつも俺と同じで、店の奴にあんたらの仲間と間違えられて案内されたに決まってる。な、そうだろう」 男の言葉に、山口は思いっきり頷いた。 #試衛館の青春

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「そうら見ろ。だいたいあんたら、大事な話するんなら、もうちっとしっかりした店選べよな。こっちはえらい迷惑だ、なあ」 　男は山口に向って、ニッコリと微笑んだ。 #試衛館の青春

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　色白のすっきりとした美男子だ。齢は二十五、六というところだろうか。髷の形から、武士らしい。乱暴な言葉遣いとは裏腹に、笑顔が優しかった。 　山口は何故か少し気恥ずかしくて、伏目がちに微笑み返した。 「うるさい。おまえも生き延びるって保証はないんだからな」 #試衛館の青春

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「まあ待て、ここで騒ぎも起せまい」 　今まで黙って座っていた、五人の中で一番格上らしい武士が言い、山口の方に視線を向けた。 「私達の用事が済むまで、おとなしくここに居ていただく。よろしいな」 #試衛館の青春