レイテにおけるFM-2パイロットの回想

まとめました。
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ウチューじん・ささき @uchujin17

出てきた。Flight Journal誌2006/4月号、Capt. Joe D.McGraw USN 誌の記事だ<Wilder Wildcat

2013-12-23 07:36:31
ウチューじん・ささき @uchujin17

44年10月23日、ゼロに護衛された22機のリリー(99双軽)が上陸地点に強襲を仕掛けてきた。編隊に飛び込んで3機に火を吹かせ、ゼロを避わしたあと更に3機を撃破した。8機のFM-2が加わりリリーの残りは2機になった。1機は途中で力尽き、もう1機は対空砲を浴びて吹き飛ばされた。

2013-12-23 07:41:22
たいらい @gk0tairai

@uchujin17 リパ飛行場から出撃した飛行第3戦隊の九九双軽22機ですね。エンジン不調で引き返した2機以外全機未帰還です。直援には第30飛行集団主力(四式戦)22機が付いていました。

2013-12-23 07:58:19
ウチューじん・ささき @uchujin17

@gk0tairai やはり「ゼロ」は誤認でしたか…しかし激烈な損害を受けながら文字通り最後の1機まで攻撃地点へと肉薄した闘志には、ひたすら頭が下がる思いです。

2013-12-23 08:00:12
ウチューじん・ささき @uchujin17

翌24日、私は朝のパトロール任務から外れ士官待機室でコーヒーを飲んでいた。突然警報が鳴り、飛行準備室へ飛び込むと砲弾が降り注いできた。艦内服のまま飛行帽だけ引っつかんで甲板に駆け上がった。まだ搭乗していない列線最後尾の2機にウィングマンと乗り込んだ。

2013-12-23 07:44:32
ウチューじん・ささき @uchujin17

ウィングマンのレオは私の搭乗を手伝ってくれたが、緊張した表情で「もう飛行機がありません」と伝えた。私は彼の手を握った。私が彼に無事再会したのはその3ヶ月後のことになる。

2013-12-23 07:47:19
ウチューじん・ささき @uchujin17

至近弾が降り注ぐなか発艦作業がはじまった。列線の最後にいる私は祈ることしかできなかった。甲板には穴が空き木材とタールが飛び散った。浮上して脚の巻上げを始めた途端に斉射が着弾し、電信柱ほどの木材3本が愛機をかすめた。

2013-12-23 07:49:22
ウチューじん・ささき @uchujin17

離艦したFM-2やTBMと編隊を組んで日本艦隊へ向かった。戦艦4隻、巡洋艦6隻、駆逐艦14隻の大編隊だった。母艦からは「雲の直下2000ftへ上昇せよ」「敵艦隊を銃撃せよ」との指示が飛んできた。

2013-12-23 07:51:25
ウチューじん・ささき @uchujin17

私はFM-2を降下させながら「こんなチャチな戦闘機で世界最大の戦艦ヤマトを銃撃しろだって?えらいこった!」と考えた。後続するTBMは爆弾を投下したが、[上陸支援に備えて]徹甲弾ではなく陸用爆弾を積んでいたので、嫌がらせ程度にしかならなかった。

2013-12-23 07:53:28
ウチューじん・ささき @uchujin17

最初の攻撃で2機のTBMが撃墜されたが、我々は何度も銃撃を繰り返した。弾薬も尽き燃料も心細くなり、他の飛行隊が攻撃に参加したので切り上げた。高度を上げて母艦を探すと、USSガンビアベイは波間に横転して炎上していた。

2013-12-23 07:56:08
ウチューじん・ささき @uchujin17

幾つか誤訳。甲板に駆けあがったときまだ搭乗していなかった機は「2機」ではなく1機だったようです。また「2000ftへ上がり敵艦隊を銃撃せよ」は「母艦からの指示」ではなく飛行隊長からの指示でした。

2013-12-23 07:57:28
ウチューじん・ささき @uchujin17

McGraw氏は本土での訓練でF2Aバッファローに乗り、「乗って楽しい飛行機だが兵器としては駄作」「数Gをかけながら射撃位置に入ろうとすると、胴体の乱流が尾翼に当たって機体が滑り照準が定まらない」「直線飛行しなければ標的には当たらない。これは実戦では有効だった」

2013-12-23 08:09:17
ウチューじん・ささき @uchujin17

飛行学校を卒業したら大型空母に配備されてF6Fに乗れると思っていたのに、護衛空母用の混成飛行隊VC-10に配属されてガッカリしたとあります。オレゴンで中古のF4F(-3か-4か不明)を使って訓練を受け、44年春にCVE73ガンビアベイに配属。

2013-12-23 08:13:26
ウチューじん・ささき @uchujin17

FM-2は180kts以下に速度を下げるかループ機動に付き合わないかぎりゼロに負けることはなく、旋回戦では200ktsをキープするよう心がけていたとMcGraw氏は語ります。オレゴンで訓練に使っていたのはF4F-4だった模様。

2013-12-23 08:16:29
ウチューじん・ささき @uchujin17

栗田艦隊突入の44年10月23日、McGraw氏の戦闘はまだ続きます。「我々はレイテのタクロバン飛行場を目指したが、泥濘化した滑走路には何機もの事故機がひっくり返り、着陸は断念した。残り30ガロンの燃料を節約しながらタフィ2を探し、ようやくUSSマニラベイに着艦した」

2013-12-23 08:23:05
ウチューじん・ささき @uchujin17

マニラベイで弾薬と燃料を補給して再び出撃し、日本艦隊相手に10回の機銃掃射を繰り返した。新しいウィングマンは巡洋艦の5インチ対空砲を機首に受けひっくり返り落ちて行ったが、私には安否を確認する余裕もなかった。

2013-12-23 08:24:58
ウチューじん・ささき @uchujin17

マニラベイに2度目の着艦を行ったとき、日本艦隊は撤退に入っていた。我々は航空攻撃を警戒して上空援護に上がった。12000ftで待機中、10000ftで接近する敵編隊へレーダー誘導された。12機のゼロに護衛された15機のVal(99艦爆)が視認できた。

2013-12-23 08:27:12
ウチューじん・ささき @uchujin17

最初の遭遇で4機のValが撃墜された。援護のゼロが急降下してきて編隊長機に機関砲弾を撃ち込んだ。私は旋回上昇してゼロの後上方に回り、敵のウィングマンに連続射撃を撃ち込んだ。敵機はエンジンから主翼付け根にかけて着弾し、炎上して爆発した。

2013-12-23 08:30:13
ウチューじん・ささき @uchujin17

敵の長機は怒りに燃えたのだろう、スナップロールで反転し機関砲を撃ちながら向かってきた。私は愛機をナイフエッジターンに入れラダーを踏んで滑らせた。彼の機関砲弾は愛機の後方を流れて去った。

2013-12-23 08:32:08
ウチューじん・ささき @uchujin17

私は4Gの急旋回でこの敵機と相対した。敵パイロットは私をワイルドキャットと認識しただろうが、新型のFM-2とは知らなかったらしく、絶対の自信を持って巴戦を挑んできた。私は彼の後方に回り、エンジンめがけて機銃を撃ち込んだ。

2013-12-23 08:34:08
ウチューじん・ささき @uchujin17

敵機は急に操縦桿を一杯に引いて急減速し、緊急回避した私の横30cmをすり抜けた。首を一杯に振り向いてこの敵機を視界に捕らえ続けながら急旋回に入れた。この老練で危険な敵機は何としてもここで撃墜しなければならない!

2013-12-23 08:36:27
ウチューじん・ささき @uchujin17

彼はスプリットSで雲目掛けて急降下し、私は後に続こうとした。彼は急旋回で私の腹の下に入って射線を逃れる。上空を確認すると、右に1機、左に1機のゼロが私を包囲しようと迫っていた。私は一機に向けて威嚇射撃を送ると、スプリットSの急降下で離脱した。

2013-12-23 08:39:05
ウチューじん・ささき @uchujin17

引き起こすと、空には敵機も味方も見えなかった。やがてウィングマンと編隊長ウィングマンと合流し、暗くなる中をマニラベイへと帰還した。この日の飛行時間は実に11時間半にも及んだ。

2013-12-23 08:41:01
ウチューじん・ささき @uchujin17

以上、フライトジャーナル誌2006年4月号に掲載されたJoe D.McGraw氏の回想でした。レイテ作戦における貴重なアメリカ側の回想だと思います。高い技量を持つ日本パイロットの遭遇という証言も貴重。44年暮れという時期なら尚更。

2013-12-23 08:44:54
早房一平 @hayabusa_ippei

@uchujin17 この時期は西沢広義氏も戦闘に参加されていますので、ラバウル帰りの方々も少人数ながらも居らしたのだと思います。

2013-12-23 08:52:25

コメント

RXF-91 @rxf_91 2018年2月25日
FM-2はエンジンの馬力増大とエンジン自体の軽量化と、過給機を1段にすることでこれも軽量小型化した事に加えて機銃を4丁(F4F-4は6丁)に減らした上、カウルとフラップの再設計で空力性能の向上でワイルドキャットシリーズ最優秀機なんよね。軽量化と馬力アップの結果縦旋回も横旋回も零戦に対抗可能になった上に加速も良くなり操縦のクセも解消されて軽空母運用に最適の傑作機となった。
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