角川twitter小説投稿作品「すてきなみらいのおはなし」第二話『BABY'S GROWING UP』
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「なあ…」 びくっ 俺は同僚が口を開いたことに思わず反応してしまった。列車の到着が近づいてきたのか、さっきより人が周囲に集まっていた。 http://t.co/YrJFcZ5LEU #角川小説
2013-06-06 22:19:51俺は同僚の方を向く。同僚は少しだけ俺の方を向く。 「…赤ん坊、どうなるか知ってるか?」 同僚は小さく言った。俺にしか聞こえないようにというより、まるで彼にはもうこれ以上強く声を出す力がないかのように。 http://t.co/YrJFcZ5LEU #角川小説
2013-06-08 21:25:22「提供会のか?親になりたい人にもらわれていくんだろ」 俺が返事すると、同僚の表情が変わった気がした。 「…もらわれなかった子だよ。」 http://t.co/YrJFcZ5LEU #角川小説
2013-06-09 21:39:01「あ…」 提供会でどの赤ん坊を自分の子どもにするかは当然だが親の選択にかかっている。勿論、誰も選ばないということもあるので、選ばれない子どもが出てくる。提供会に並ぶ赤ん坊は生後三ヶ月から五ヶ月と決まっている。 http://t.co/YrJFcZ5LEU #角川小説
2013-06-09 22:44:08そう考えれば当然選ばれない赤ん坊もいる。考えてみれば当たり前のことなのだが今までそれを考えたことがなかった。 キンコン ちょうど電車がやってくる。電車の中で聞こう。そう思いながら僕はベンチをから立ち上がった。 http://t.co/YrJFcZ5LEU #角川小説
2013-06-09 22:49:18同僚も立ち上がる。駅のそばにある踏切のリズミカルな音が遠くにカンカンと響き、車輪とレールがこすれる音、電車が空気を切り裂く音がすこしずつ大きくなっていく。電車を待つ人々は順番に立ち上がり、きれいに整列をする。 http://t.co/YrJFcZ5LEU #角川小説
2013-06-10 22:02:44昔はここまで綺麗でもなかったが、「鉄道会社は契約をしていて駅で態度の悪い人間はその映像が会社に送られる」という噂が流れてから明らかにみんなキチッと整列するようになった。その証拠に何人かはカメラをちらちら見ている。 http://t.co/YrJFcZ5LEU #角川小説
2013-06-10 22:05:47同僚はまだ座っていた。電車の警笛とレールの音は少しずつ大きくなり、隣のスーツ姿の男は伸びをしている。ドーム状に覆われている駅のホームの屋根から柔らかな太陽の光が降りてきたのに気づいて、その光にあくびを誘われる。 http://t.co/YrJFcZ5LEU #角川小説
2013-06-11 13:07:51あくびで少し滲んだ視界の先に、同僚が立ち上がる姿が見えた。 「おう、それで赤ん坊だけ…」 俺が声をかけた瞬間、同僚はやおら走り出すと俺の視界を左から右に駆け抜け、 電車のブレーキ音と、衝撃音が耳を占拠した。 http://t.co/YrJFcZ5LEU #角川小説
2013-06-11 21:59:25それからのことはあまり記憶にない。ご丁寧に肉片を拾い集める職員や警官、そして白いプヨプヨが顔について今まで聞いた事もない金切り声をあげ、病院に運ばれていった女、そして複数の人間の吐瀉物の酸っぱい匂いぐらいだ。 http://t.co/YrJFcZ5LEU #角川小説
2013-06-13 23:04:17見ていた人も多かったし、俺も同僚とは二回しか会っていなかったので特に何も知らないから数時間で解放された。入れ違うように来た男性が父親なのだろう。母親がいないのだろうか。時間がかかってたから親元は離れていたようだ。 http://t.co/YrJFcZ5LEU #角川小説
2013-06-14 22:20:58その日はさすがに仕事を休ませてもらった。何も食べないまま、タブレットとパソコンで交互に「提供会 赤ん坊 選ばれない」「提供会 残り」などの言葉を検索窓に打ち込んでは、決定ボタンを押せないということを繰り返してた。 http://t.co/YrJFcZ5LEU #角川小説
2013-06-17 20:38:55決定ボタンを押そうとするたびに手が止まり、同僚だったものの映像が浮かび、画面やマウスを押そうとする右人差し指が神経を失ったかのように止まり、他の四本指を所在無くゆらゆらと動かすばかりになってしまう。 http://t.co/YrJFcZ5LEU #角川小説
2013-06-22 23:32:13太陽の光で目が覚める。電池切れのタブレットが冷たく思い感触を伝えてきて、お腹を少し冷やしている。横目には水族館のスクリーンセーバーが見える。足が重いのはジーンズを履いたまま寝てしまったせいだ。 http://t.co/YrJFcZ5LEU #角川小説
2013-06-28 18:33:13俺はマウスを動かし、処理落ちでゆっくりと消えていくスクリーンセーバーを見送ると画面に現れたブラウザの履歴を消し、パソコンの電源を切る。タブレットの充電ケーブルを差し込み、こっちのブラウザの履歴も消した。 http://t.co/YrJFcZ5LEU #角川小説
2013-06-28 18:44:21忘れることにした。 正確には忘れたということにした。もちろん駅に飛び散った色々なものや、あの同僚の表情、そして「赤ん坊」のことを忘れられるなんてことはないが、それを覚えていたからって、どうにもならない。 http://t.co/YrJFcZ5LEU #角川小説
2013-06-30 02:48:30その選ばれなかった赤ん坊がどうなっていたとしても、俺に何かができるわけでもない。それに、もしその事実が俺さえもあの同僚と同じ衰えた姿にさせるのかもしれないと思うと、到底そうなりたいとは思えなかった。 http://t.co/YrJFcZ5LEU #角川小説
2013-07-01 09:38:52同僚には悪いとは思う。止められなかったのは今も悔いている。 しかし、俺にも俺の人生がある。仮に俺が何か恐ろしいことが起きていることを知ったとして、反抗なんかできない。会社を敵に回すなんてことはできるわけはない。 http://t.co/YrJFcZ5LEU #角川小説
2013-07-01 09:42:13俺はここにしがみつくしかない。 俺には給付金もない。 まだろくに貯金もない。 俺を守ってくれるものはないんだ。 http://t.co/YrJFcZ5LEU #角川小説
2013-07-01 09:47:00俺の頭にはむかつく上司が浮かぶ。きっとあいつは赤ん坊がどうなってるか知ってるんだろう。それでもきっといい金になるからああやってふんぞり返ってるんだ。そう考えると怒りが湧き上がり、握った拳が俺自身の掌に爪を立てる。 http://t.co/YrJFcZ5LEU #角川小説
2013-07-01 09:52:35気がつくと駅についていた。駅のホームには花が飾られていて、同僚が飛び込んだ乗車位置からは誰も乗ろうとはしない。どんな時代になっても人間は縁起気にするものなのだろうか。俺はそこに立つと、すぐに電車が来る。 http://t.co/YrJFcZ5LEU #角川小説
2013-07-01 09:56:11俺はホームに置かれた花を見る。 「ごめんな。」 一言つぶやいて俺は電車に乗り込む。いつの間にか握った拳は緩んでいて、掌には爪の食い込んだ時の痛みだけが残っていた。 http://t.co/YrJFcZ5LEU #角川小説
2013-07-01 10:00:49必死で何かを考えないようにしているとすぐに電車は駅に着き、いつもの会社のビルが見えてきた。そうだ、働こう。悩む必要はない。今日も同じデスクに並び、同じパソコンを起動し、同じソフトを動かせばいい。 http://t.co/YrJFcZ5LEU #角川小説
2013-07-02 23:21:37俺は、今日少し成長した気がした。 これが、「学生」から「大人」、「社会人」になるということなのかもしれない。 http://t.co/YrJFcZ5LEU #角川小説
2013-07-02 23:22:36