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2014年2月10日

物語と人間のややこしい関係

物語の効用と弊害について考える、牧眞司氏と藤田直哉氏の対話のまとめ。
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牧眞司(shinji maki) @ShindyMonkey

下永聖高『オニキス』(ハヤカワ文庫JA)読了。第1回ハヤカワSFコンテスト最終候補となった表題作を含む短篇集。これまで刊行された同コンテスト最終候補作のなかで、ぼくはこれが一番面白かった。まあ、長篇だとよほど実力がないと間延びするので、新人賞では短篇のほうが良く見えるのだけど。

2014-02-10 10:09:31
牧眞司(shinji maki) @ShindyMonkey

「オニキス」もそうだけど、共通する設定を用いた「三千世界」も、終盤であっけなく転調するのが面白い。登場人物をそう扱うのかとちょっと吃驚するのだが、この躊躇なさは素晴らしい。フィリップ・K・ディックの初期短篇で情緒性が希薄な急展開のアイデアストーリーがあるが、あれに似ている。

2014-02-10 10:09:58
牧眞司(shinji maki) @ShindyMonkey

『オニキス』の解説は藤田直哉さん。ロジックの組み立てや引用の駆使など手際のよいまとめに感服するが(こういう解説はぼくには書けない)、文章表現と視点の置きかたにちょっと気になるところが。

2014-02-10 10:57:18
牧眞司(shinji maki) @ShindyMonkey

まあ、文章は個人的なことだし、そもそもぼくはひとさまの文章をとやかく言える立場じゃない。一方、視点の置きかたについては、SFに何を託すかに関わるのでけっこう考えこんでしまった。

2014-02-10 10:57:32
牧眞司(shinji maki) @ShindyMonkey

藤田さんの解説では、下永作品の特質のひとつに「普遍性への希求」をあげる。それを具体的に検証しているのだが、結論を引用すると →

2014-02-10 10:57:48
牧眞司(shinji maki) @ShindyMonkey

→ 〔彼(下永)の「集合的無意識」という言葉が象徴しているのは、科学・技術が人間の存在の確からしさを奪い続けていく中で、それでも人間でありたい、確固とした存在の充実感を得たいという叫びである。〕 →

2014-02-10 10:58:02
牧眞司(shinji maki) @ShindyMonkey

→ ぼくはこういう読みかたをまったくしていなかったので、虚を突かれた感じだ。藤田さんの指摘のとおりであるとしても、下永作品はそこからさらに一歩引き、わりと冷静な境地で動いていると思うのだが。

2014-02-10 10:58:14
牧眞司(shinji maki) @ShindyMonkey

ぼくは藤田さんが間違っていると言いたいのではない。同じ作品を読んでも感じかたがこれほど違うのは、小説観やSF観の根本的な差異によるのだろう。そして、それは昨日ツイートした、ぼくの小松左京作品評価(人間と宇宙のつながり)とも関連してくる。

2014-02-10 11:00:19
牧眞司(shinji maki) @ShindyMonkey

ぼくの考えを整理するうえで、藤田直哉さんの『オニキス』解説の一部分を足がかりとさせてもらおう。藤田さんは 下永作品の「普遍性」を説明する過程でノースロップ・フライの論を援用している。 →

2014-02-10 11:18:08
牧眞司(shinji maki) @ShindyMonkey

→ 〔(フライの論では)「神話→ロマンス→悲劇→喜劇→アイロニー」とジャンルは進歩するとされる。主人公が神のように偉大な時代から、矮小な存在へと、時代の進行とともに変化してきたというのだ。そして「SF」は「アイロニー」に属する。 →

2014-02-10 11:18:21
牧眞司(shinji maki) @ShindyMonkey

→ しかし、フライはここで不思議なことを言う。アイロニーにまで発展したジャンルは神話に戻るというのだ。その説を裏書きするように、『スター・ウォーズ』などのような、SF的意匠を用いた神話的な作品が流行した。〕 →

2014-02-10 11:18:32
牧眞司(shinji maki) @ShindyMonkey

→ 〔(略)人間が自分を、神や英雄に喩えることができなくなり、宇宙の中であまりに矮小な存在であると、科学などによって否応なく認識させられてしまうことに耐えられなくなると、フィクションの中で、その無意味さを埋めるもの=神話を求めてしまうのではないか。〕 →

2014-02-10 11:18:43
牧眞司(shinji maki) @ShindyMonkey

→ この指摘は妥当かもしれない。しかし、その心性(神話を求める)に応えるSFとは、しょせん慰撫にすぎないのではないか。あえて憎まれ口を叩くなら、「それってけっきょく中二病でしょう?」

2014-02-10 11:19:02
牧眞司(shinji maki) @ShindyMonkey

もちろん、ぼくは神話性を拒否しているのではない。ただ、単純な原点回帰とか人間性復権のためにとかは駄目でしょう。アイロニーでありながら――いや、むしろフライの言うようなジャンルの進歩などとは無縁な地平で――神話的であるSFは可能なので。たとえばレムやラファティ。

2014-02-10 11:39:40
藤田直哉@新刊『百田尚樹をぜんぶ読む』集英社新書 @naoya_fujita

.@ShindyMonkey ありがとうございます。「神話」に関しては、ぼく自身のSF観の投影の側面もあります。『虚構内存在』の第五章で、「集合的無意識」と「神話」について、筒井康隆と小松左京を比較して語っている箇所が、それに当たります。「神話の代理物」(中島梓)としてのSF。

2014-02-10 19:57:07
藤田直哉@新刊『百田尚樹をぜんぶ読む』集英社新書 @naoya_fujita

.@ShindyMonkey 神や共同体などが存在意義を与えてくれない「神なき時代」に自己を支えるために、サブカルチャーが必要とされる。それが「神話の代理物」として、中島梓が考えたSF観です。そのことを肯定するか否かは別に、ぼくはその説に賛同したています。

2014-02-10 19:59:10
藤田直哉@新刊『百田尚樹をぜんぶ読む』集英社新書 @naoya_fujita

.@ShindyMonkey ぼく個人の理想としては、確かに、なんらの「物語」にも支えられることのない、充実した存在の在り方が可能であれば、それが良い、という立場です。しかし、そういう芸術作品は、大衆文化としては、敗北したのではないかと思っています。結局「物語」を求めてしまう。

2014-02-10 20:00:14
藤田直哉@新刊『百田尚樹をぜんぶ読む』集英社新書 @naoya_fujita

.@ShindyMonkey 「物語」を批判する様々な試みが、単に「つまらない」ものとして敗北してしまったのちに、結局「物語」は再帰してくるのだ、というのが現代における文学の課題だと考えています。安易な「物語」に飛びつきやすい心性自体が蔓延している現状の社会的課題とも思っています

2014-02-10 20:03:04
藤田直哉@新刊『百田尚樹をぜんぶ読む』集英社新書 @naoya_fujita

.@ShindyMonkey 「慰撫だ」としても、人は慰撫や鎮痛剤、あるいは存在の無意味さを忘れさせる酔いを必要とするのかもしれません。もし人間がどうしてもそれを必要としてしまい生き物ならば……せめて「無害な嘘」を、「無害な物語」を、というフォーマの立場です。

2014-02-10 20:05:33
牧眞司(shinji maki) @ShindyMonkey

ぼくにとって自分が物語性に絡め取られないのが重要であって、そのきっかけのひとつが文学です。ただし、文学が流通する過程においてつねに物語が生成・受容されてしまうのですが、それは社会的な問題であって、身も蓋もない言いかたをすればしょせん他人事です。 @naoya_fujita

2014-02-10 20:12:47
牧眞司(shinji maki) @ShindyMonkey

コメントありがとうございます。ぼくはその“敗北”の実感がないのです。 RT @naoya_fujita 「物語」を批判する様々な試みが、単に「つまらない」ものとして敗北してしまったのちに、結局「物語」は再帰してくるのだ、というのが現代における文学の課題だと考えています。//

2014-02-10 20:13:28
藤田直哉@新刊『百田尚樹をぜんぶ読む』集英社新書 @naoya_fujita

「物語批判」のうち、芸術的な側面は敗北していないかもしれない。趣味としてなら生き残っている(経済原則のせいで、そういう本が出にくいとしても)。しかし、「物語批判」のうちにあった、政治的な側面は敗北したのではないかと思う。大衆啓蒙プロジェクトとしては。

2014-02-10 20:14:27
牧眞司(shinji maki) @ShindyMonkey

はい。 RT @naoya_fujita 「慰撫だ」としても、人は慰撫や鎮痛剤、あるいは存在の無意味さを忘れさせる酔いを必要とするのかもしれません。もし人間がどうしてもそれを必要としてしまい生き物ならば……せめて「無害な嘘」を、「無害な物語」を、というフォーマの立場です。

2014-02-10 20:14:52
藤田直哉@新刊『百田尚樹をぜんぶ読む』集英社新書 @naoya_fujita

ここでいう「物語」っつうのは、「善/悪」とか二分して考えてしまう志向だったり、「うちら/やつら」と分けて考えてしまったりすることとか、人間の思考の根本構造まで含むわけで、みんながそう思考できたらどんなによかろうかとは思うけども、そんな複雑さに耐えられるように脳ができとるんだろうか

2014-02-10 20:17:32
牧眞司(shinji maki) @ShindyMonkey

ただし「慰撫」にすぎないものを、その虚偽性を隠蔽して再生産しつづけるのは気持ち悪いことです。少なくともヴォネガットは「嘘」であることを知りながらあえて依拠するアイロニカルな態度をとっていました。 @naoya_fujita

2014-02-10 20:18:29
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コメント

foxhanger @foxhanger 2014年2月11日
「無害な物語を」と言うのは簡単だが。どうだろう。「物語」というものは人間を強力に駆動するが、その行き先は保証しない。
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foxhanger @foxhanger 2014年2月11日
かつては「薬」だった物語がいつのまにか「毒」にもなる。「ナショナリズム」が好例かも知れない。
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