無名大戦；第一戦闘フェイズ　第七の狭間ログ

勇気fortitude @fortitude_nonam

鎖と射出装置はピアスに戻して手のひらの内に。握った手を床について上体を起こし、座った姿勢で《強欲》を見上げる。始まる前から埃まみれの傷だらけ（おまけに割と血塗れだ）。そんな姿を見た彼女は何と思うか。 「移動するだけに随分難儀をする場所だなあ、ここ。」

強欲グリード @noname_greed

正解だったみたいだ。ごろごろ転がる《勇気》を見ながら思う。近付いて来たのを見ればおんなじような色した髪に石ころが紛れている。髪以外にも赤かった。目を瞬く。 「苦手っ子？　体動かすの」 しゃがんだまま膝を抱える。首を傾げる。手を伸ばす。逃げないようであれば相手の乱れた髪を梳く為に。

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「苦手も苦手。超苦手。」 伸ばされる手は拒まない。大罪は敵対する相手だけれど、彼女はまだ俺に危害を加えていない。警戒を怠るわけではないけれど、今わざわざ避けるのは、ただ臆病になるだけだ。

勇気fortitude @fortitude_nonam

「『今』はそうひどくないけど、咳ひとつで喉が裂けたり、転んだだけで骨が折れたりね、することも多くてさ。ほとんど運動らしいことってしたことないの。 　《強欲》は、好き？　体、動かすの。」

強欲グリード @noname_greed

「病弱かー」 それもよくわからないものだ。意味は知っていても強欲の中に病弱という要素はない。風邪をしてみたのも病の経験を欲したからだけれど二度はちょっと気が進まない。《勇気》が動かないでいてくれたのをいいことに赤い髪から埃や石を落としてちょいちょいと整える。

強欲グリード @noname_greed

「俺は、体動かすのは苦手じゃないけど」 好きかどうか。やはり何度聞かれても明確な答えが出てこない。強欲にあるのは欲だけだ。 「んー。動かしたいなーて思うこともあるしぐったりしてたいなーて思うこともあるし。両方欲しいなぁ」

勇気fortitude @fortitude_nonam

単純な問いかけなのに、なんだか答え難いという風。うんと幼い子供が、わからないなりに懸命に言葉を探すのに似ている気がする。好き嫌いの感情も知らないのだろうか。 「そっか、《強欲》は、欲張りだったね。」

勇気fortitude @fortitude_nonam

目を伏せる。こんな幼子を討ちに来たのだと思うと、それが罪から解き放ち、救いを与えるための行為だと理解し、望んでいても、悲しみが胸に込み上げた。 「今は何か欲しいもの、ある？」 髪を整えられてさっぱりとしたところで、にこりと笑む。 「ありがとう。カッコ良くなった？」

強欲グリード @noname_greed

欲張り。その言葉にはこくりと頷く。『仲間』にも時々そう言われるからきっとそうなのだろう。皆どうしてるかな。手を下ろす。 「ん。かっこいいぞ」 問いかけられたひとつにはそう先に答えておいて。そうしてからもうひとつの問いを頭の中で繰り返す。何か欲しいもの。ほしいもの。思考する沈黙。

強欲グリード @noname_greed

沈黙してから唐突に膝を離して座り直す。両脚を折り畳んだ上に座る形。正座とか言ったと思う。いつだったか色欲が教えてくれた。『ちゃんとした座り方』らしい。 「ええっと」 何て言ったら良いんだろう。困る。とりあえずは扉をくぐる前の会話を思い返す。強欲には欲しかない、忘れることはない。

強欲グリード @noname_greed

「えっと、ここに来る前なんだけど、怪我はダメだと言われたので、欲しくてもダメです」 憤怒は強欲には怒らないけれど小言は息が苦しくなる。虚飾はいつも揺るがないけれどその目が伏せられるのを思い浮かべると喉のあたりがおかしくなる。 「だから……それ以外。なんでも。できれば、全部」

強欲グリード @noname_greed

強欲には欲しかない。だから欲を満たすためには何でもする。欲を満たす方法は奪うだけではないと強欲は知っている。相手は美徳だから強欲の欲なんて知ったことではないかもしれないが。可能性が低くても伝えることは悪いことではないだろう。駄目なら、その先は一つだけれど。

勇気fortitude @fortitude_nonam

全部。怪我すらも、禁止されていなければ欲する。《強欲》の欲に、際限はないらしい。聞いたのが《節制》であれば、わきまえることを説いただろうか。 「それじゃあ、」 醜い傷痕に引き攣り、流れる血で汚れた顔に、ことさら穏やかな笑みを浮かべたまま。

勇気fortitude @fortitude_nonam

「俺があなたに何かを与えたなら、それが『怪我』でさえなければ、喜んでもらえるのかな。」

強欲グリード @noname_greed

首を傾げる。喜ぶ。喜ぶのは嬉しい事が起こったときだ。人間から『凝聚』してきた感情の経験はそういうものらしい。憂鬱から林檎が貰えれば『嬉しい』ような気持ちになるが《勇気》が言うのはそういう事だろうか。疑問符がひとつ。 「……どうだろ」 思考が沈みそうになる。思考は『落ち着かない』。

強欲グリード @noname_greed

思い返す。一番新しいものは『家族』だ。虚飾が『仲間』であり『家族』だと言葉を使った時には背中の変な感じは落ち着いた。人間が言う『不安』の経験が静かに動いている。《美徳》は反するものだと聞いた。《勇気》もそうなのだろうとは理解している。 「……貰っても、他のがなくなるのは『嫌』だ」

強欲グリード @noname_greed

強欲には欲しかない。強欲は欲でしかない。失う事には耐えられない。たとえ新しいものを得られたとしてもそんなものは『全部』じゃない。 「……だから、俺は今まで死んだ事ないけど死が欲しいとは思わないし、自分と引き換えて何かを貰うのはいいけど、差し出した先で俺が俺じゃないのは『嫌』だ」

勇気fortitude @fortitude_nonam

「俺があなたに与えることで、直接あなたが何かを失うことは、ないんじゃないかな。」 嘘じゃない。ただ、俺は大罪ではないから、そのすべてを理解しているとは言えない。それがために何が起きるのかまでは、知らない。 「まずは、『名前』。罪でなくあなたという個を表す、あなただけの『名前』。」

勇気fortitude @fortitude_nonam

「『キティ』。それが、俺があなたに与える最初のひとつ、『名前』。」 それは、たった今まで、俺という個を表す記号だった。そしてたった今、名前を譲り渡した俺という『個』は、その事実を誰にも知られないまま、失われた。

強欲グリード @noname_greed

首を傾ける。何度目だろう。少しきつくなって来たから脚を崩す。ぺたんと冷たいそこに座り直して。 「『名前』って、空気とか鉄とか石とか、そういうのだろ？　ならグリードが俺の『名前』だし、皆そう呼ぶ」 そうじゃないのかな。よくわからない。違いが分からなければ同じものではないのだろうか。

勇気fortitude @fortitude_nonam

名前ならあるという返答には頷く。それについて否定はしない。けれど、 「そうだね、《強欲（グリード）》というのは、空気や鉄や石と同じ、すべてを表す名前だ。《勇気（フォーティテュード）》が、そうであるように。」

勇気fortitude @fortitude_nonam

俺は自分の耳に手を伸ばし、最も特徴的な形を持つ、十字架のピアスをぶちりと引きちぎって、掲げて見せた。 「これは『ピアス』だ。個を表そうと思うなら、『銀でできた十字架のピアス』だね。」 確かめさせるように、よく見えるように、目の前にかざす。それから、ぐにゃりとその形を歪める。

勇気fortitude @fortitude_nonam

十字の形は残しつつ、すらりと長く伸び、重量を増し、それは一振りの細剣へと姿を変え、その柄が俺の手に収まる。 「……こうなると、これはもう『銀で出来た十字架のピアス』じゃない。『ピアス』ですらない。」 刃へと向けていた視線を《強欲》に戻す。その顔から、笑みは消えている。

勇気fortitude @fortitude_nonam

「もし、この個を表す、『これだけの名前』があったなら、姿が変わっても、その『個性』は変わらなかったんだ。」

強欲グリード @noname_greed

銀が動く様は目新しい。思いながら《勇気》が言うそれを聞く。何となく分かったような気がして曖昧に頷いた。 「でも『キティ』が俺の『名前』だとしても、中身はグリードと一緒だし」 名前を貰ったと言ったら『仲間』はそう呼んでくれるだろう。新しい『名前』でいつものように。でもそうしたら。