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をこ @wokonary
日本語を勉強している台湾人に"とめる"の用法を聞かれた。停・止・留と漢字によって意味が違うのに、発音するときは同じだというのが気になるらしい。"日本語は音韻数が少なく、音節構造も簡単でしかも制限が多い"と説明したかったけど、もちろんぼくの英語は通じなかった。しかしこれは理由かな?
にるば@29日南カ-41b @nirvanaheim
まあ "Oh, listen, we have 'Yamato words' in our language..." とかなんとか言い出せばいいのでは。
をこ @wokonary
@nirvanaheim "ヤマトワーズ トハ 何デスカ?"次々と質問されちゃいそうですね。しかしなるほど、大和言葉ならwikipediaの中国語版見せられる。本省人・外省人とか台湾にも類似する現象はきっとあるだろうし。
みうらゆう @TheRoad2ドルフィン @himagine_no9
「実は3つとも意味が同じなんですよ」という答えもあり得たと思います。あとは、一時的に「とめる」のと、動作を「とめる」のと、ある一点でものを「とめる」のとで記号的に区別したのが3つの漢字の使い分け。(俺的解釈) @wokonary
ブート @bootdale
基本的な語彙が多様な意味を持つのは、どの言語にも共通。英語のstopは、「制止」「停留」「中断」と様々な意味に使えますが、それは英語が言語として制限が多いからではない。日本語の特徴は、基本語彙の多義性を、外つ国の字の表記で弁別したということでしょうか。RT @wokonary
--- @vanaheimr
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をこ @wokonary
@bootdale なるほど。その通りです。ついでに教えてもらえると大変ありがたいのですが(ほっといていた長年の疑問というやつ)日本語は同音異義?語(停まるのような)が他言語に比べて多い、というようなことはあるんでしょうか?長い間ぼんやりそんな気がしていたんです。
をこ @wokonary
誰に話しかけるでもなし、いつの間にか"一人で学校新聞作っている"と錯覚するようになるからな。反応があると驚きありがたや。
ブート @bootdale
@wokonary 教えられるほど詳しくないのですが、同音異義語と言っても、[1]基本語彙が様々な意味を持つようになった場合(「とめる」や「かく」→書く・掻く・欠く・掻く)と、[2]異なる由来を持つ言葉が偶然同じ音になる場合(新生と心性と申請と神聖と真正と親政と…)があって、
ブート @bootdale
@wokonary たいてい同音異義語というと[2]を指します。[1]のような基本語彙の多義性がいくつあるかを言語ごとに区別して数えるのは不可能だと思います。[2]のような漢字由来の同音異義語が日本語に多いと言うのは正しいと思います。中国語の声調が失われて同じ音の漢字が多いので。
をこ @wokonary
@bootdale ありがとうございます!同音異義語と打った時に、あれ意味が複数ある?とモヤモヤっとしたのが、完全に解消されました。[1]の意味で多義性を数えるのは確かに難しい。数え方やその結果の意味を考えるのも無限の時間がかかりそうだ。毎回勉強になります。ありがとうございます。
ブート @bootdale
@wokonary いえいえ! 恐縮です。こちらこそ、自分で考えが整理できて勉強になります。書きながら考えてるんで。
ブート @bootdale
日本語における同音異義語「こうしょう」について、中国語や韓国語と比較。http://www.sf.airnet.ne.jp/~ts/language/homophone.html
ブート @bootdale
日本語で全部同じ音になった事例だけを集めてから、韓国語ではこれらを区別できると言うのは、明らかにサンプリングに問題があるけど、それはそれとして良いまとめですね。
--- @vanaheimr
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にるば@29日南カ-41b @nirvanaheim
@wokonary 基礎語彙の多義性が数え切れないのは、それが直観的な、イメージの世界にほぼ(あくまでほぼ)直接立脚し、その直接立脚した世界で主に使われているからでしょう。高等語彙になるほどに、特定の業や文脈に依存して、専門的人工的な傾向が高まり、意味が先鋭的限定的になります。
にるば@29日南カ-41b @nirvanaheim
@wokonary プリミティブなイメージがかなり直接的に反映された「とめる」という和語が、そのイメージを総称的に表し、その中の下位分類である、より意味限定的な「とめる」イメージを、それぞれに対応する漢語を複合的に用いて、「止める/留める/停める」などの形で表せているわけです。
をこ @wokonary
@nirvanaheim 簡潔明解な説明ありがとうございます。ぼくの最初の疑問には言葉の付け加えようもない。しかし、やはり多義性の検討は興味深く思います。基礎語彙の多義性が数え切れないのは明らかですが、それが直接立脚するイメージの世界が言語ごとに共有されていることも確かです。
をこ @wokonary
@nirvanaheim だとすれば、基本語彙の多義性は言語ごとに特徴があることになるし、その特徴と言語の構造?(音韻・音節・文法など)や表現?(漢語による下位分類の表現など)等との関係は検討できる可能性がありそう(ぼくの理解が曖昧なので疑問はあるかと思います)。
をこ @wokonary
@nirvanaheim 例えば非常に限定的に考えれば、「とめる:止める/留める/停める」という日本語は、運良く直観的なイメージが漢字によって部分的に表れています。これだけ見れば、日本語は少なくとも中国語よりは多義的だといえそうです。限定的には言語ごとの特徴を見出せます。
をこ @wokonary
@nirvanaheim 特徴が見いだせるなら、音韻が少なくて何、プリミティブなイメージへの漢語の影響が何、といったことも検討できます。同時に重大な問題(言葉の取扱)も予感しますが…全く簡潔明解ではないですが、思ったところをごちゃごちゃ並べました。機会があればもっと勉強します。
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