社会学者・北田暁大さんによる、なぜ、STAP報道で自分はいらいらするのか? という自己分析(2014.03.11)
鍵RT 研究者を養成する資金と人材をどんどん削った上で【競争力強化】にひた走る文教政策を強いる国なら、今後いくらでも「小保方さん」が出てくるわけで。あずまんも「マジでさっさと小保方さん出して決着つけて欲しい」とか研究者をめぐる地獄を見てないくせになぜそのようなことを言えるのか
2014-03-12 11:50:10@hazuma わたしもそれを許されるなどといってはいませんよ。D論は言い逃れできないでしょう。STAPはまた別のケース。大発見を持ち上げたり貶めたり大騒ぎした世間が、科学という営みを妙に神聖視をしつつその裏返しに実験室でなされている事柄に無関心なのは問題だ、といっているのです。
2014-03-12 12:02:50@hazuma その場合の「社会」の内実を問うているんです。研究組織と資金、論文執筆、研究室・実験室運営といった中範囲の社会的実践もあれば、実験/検証するということで科学者が何を実践しているのかという社会もある。そこを詰めてからメディアや世間を含む社会を語るべきではないか、と。
2014-03-12 12:08:52ですよねー。注とか(Parsons1938:28)とか「ibid」とか萌えるもんだと思うんですよ@masayachiba 初めて「批評」「論文」というものに触れたとき、とにかくカッケー!注なんてついてるし!と興奮した。高校のとき。内容を練るよりとにかく注が付いている文章を書きたく
2014-03-12 12:20:25【科学と社会を考えたい全ての人達に】酒井泰斗氏プロデュース「紀伊國屋書店ブックフェア 実践学探訪―〈概念分析の社会学〉からはじめる書棚散策」が17日から。「科学的知識の生産」はリンチ本含め中村和生氏が紹介。現地で詳細な紹介と本が読めるぞhttp://t.co/caFRTnanF2
2014-03-12 14:23:30無理筋。RT @a_kitada: 「世間知らずな研究者」の倫理の低下を嘆く前に、まずは90年代以降どのように大学・研究機関が置かれてきたのかを再考すべきでしょう? STAPの中の人はその制度の「効果」の一例にすぎない。競争させればいい研究がでるはずだ、という社会的合意が生んだ
2014-03-13 17:49:37本文と無関係な参考文献リスト付けることのどこが競争社会の結果なんだ。なんでも社会の責任にすればいいというものではない。
2014-03-13 17:52:17繰り返しますがかの人を擁護するつもりは全くありません。粛々とセルカン、森口事件等と同じように処分すべき。ただ社会にも色んな水準があると言っているわけです。逆に東さんのいう「社会」が何なのかをお聞きしたいところです。@hazuma なんでも社会の責任にすればいいというものではない。
2014-03-13 18:32:33問題を不必要に複雑にすべきではありません。RT @a_kitada: 繰り返しますがかの人を擁護するつもりは全くありません。粛々とセルカン、森口事件等と同じように処分すべき。ただ社会にも色んな水準があると言っているわけです。逆に東さんのいう「社会」が何なのかをお聞きしたい
2014-03-13 18:34:18「研究者の倫理が下がっている」という趨勢命題と「xの研究倫理はアウトである」というのは全く別の話。今どのような水準で科学という営みがなされているかを考え(組織実験室運営・資金獲得・人員調達・成果判定)てからはじめて「科学と社会」の話ができる。でなければ佐村河内と一緒じゃないですか
2014-03-13 18:36:31文理融合組織に所属しているので、文理の研究室運営、査読方法、D論の位置づけの違いなども、何となくわかっているつもり。Oさんの論文が短いと言っているひとがいましたが、理系では当たり前。人文系と理系では「研究すること」の意味が大きく食い違っていて、それには相応の理由がある。
2014-03-13 18:39:53一挙にどでかい「社会」や「日本」という話と今回の話を結びつけるのは、せいぜいメディア論(マスメディア報道の毀誉褒貶スタイル)の話であって、それではいったい「科学者が何を/いかにしている」のかを理解することができない。そこを抜きにして大きな社会の話に持っていくのは無理筋。
2014-03-13 18:41:59問題含みの累計ですが、「社会」をルーマン的に①相互行為②組織③全体社会と分けてみましょう。私がいっているのは①と②こそが科学的営みにおいて重要な分析対象なのに、いきなり③の水準で大騒ぎをするのはおかしいでしょう、ということ。O氏がクロかどうかについて東さんと認識の差異はないと思う
2014-03-13 18:45:48そこは見解の相違ですね。わたしは(残念ながら)科学という/という社会を考える契機だと思いますが。私的にはリケジョ報道に辟易しながら不正がないことを祈っていたのは事実ですが、特にセルカンケースとの違いを感じることはできません。@hazuma 問題を不必要に複雑にすべきではありません
2014-03-13 18:50:22それはそうだと思います。ネットが可視化した部分もある。以前も外国語文献の翻訳のパクリとかあったわけですし。しかしそうしたメディア環境とともに90年代以降の大学制度改革の功罪も考えた方がよいと思います。@Kelangdbn 80年代までは不正がなかったとの前提が怪しい
2014-03-13 19:45:02ぜひ、今理系の研究がどのような組織的・資金的・評価的な現実にあるのか、そしてそれに対し政府や世論、マスコミが企業的競争を投射することにより、何が起こっているのか、ご検討いただければ幸いです@hazuma 数時間前の前言を翻しますが、一転、いまの報道で科学界全体の問題のような気も…
2014-03-13 20:11:09@hazuma わたしは理研についてはわかりません。判断材料が部分的過ぎて何も言えません。不正があったとしてそれを社会のせいにするつもりもないです。しかし、あるタイプの不正が出てくる蓋然性を高める制度・社会のあり方は問われるべきだと考えます。研究倫理を個人化するだけではよくないと
2014-03-13 20:23:22エルゼビア社の学術文献データベースから大学改革後の日本科学の低落について/「国立大学が法人化された翌年の2005年から増加が鈍化して2007年から減少に転じています。他の国はすべて、右肩上がりです」「ある医療系大学長のつぼやき」http://t.co/GgWrvSKoz7
2014-03-13 21:18:08「データえっせい」「大学教員の職務時間の変化」の記事にある二つのグラフ。00年代とは大学にとってなんであったのか? 私企業の論理を獲らない甘えか? 問題は知の生産をどう社会が捉えるか、だ。http://t.co/445DPPy6uaとhttp://t.co/ZwTeIwvcAq
2014-03-13 21:31:45なにも研究者を時間貴族にしろ、と言っているわけではないよ? しかしですね、米のように企業からの莫大な寄付、奨学金(日本のはローン)もなく「ほしがりません、死ぬまでは」といわれてもそりゃ死ぬよ。 あとアメリカ死ぬほど学費高いのはみなさんご存知の通り。 正直、どうしたいと思います?
2014-03-13 21:35:46今日本がやってるのは「後方物資・兵士支援はしない。大和魂で乗り越えろ」だよ? それを甘えつーならそれでいいから、研究機関に期待したり、ノーベル賞で大騒ぎするのやめればいいと思うの。1人の天才より1000人の良い研究者を生み出していくのが科学という営みだと思うけどな。私見ですが。
2014-03-13 21:45:44科学者の偉人伝モデル(天才の論理がむちゃ応用につながる成果を生み出す)をやめましょう、というのはそゆこと。 天才なひとはちゃんと偉人伝的なゲームの外でもちゃんと成果出すしさ。ハーバード万歳の人たちに言いたいのは科学の偉人伝・天才モデルはやめましょや、ということです。
2014-03-13 21:49:25