モーサイダー!~Motorcycle Diary~One Year Before IV~
- IngaSakimori
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何よりモーターサイクルのパッセンジャーは、背中に掴まることはできても運転者の両手には届かない。足など触ることすら難しい。 #mor_cy_dar
2014-03-30 21:20:10(くそっ……なかなかうまくは……!!) ━━ゆえに、ライディングテクニックを盗むならば、後ろから見ることだ。 なぜ自分は安定しない。なぜこのバイクはスムーズに曲がらない。なぜあのマシンのようにもっと速く加速できない。 #mor_cy_dar
2014-03-30 21:20:17思うように止まり、曲がり、そして加速してくれないVT250スパーダと格闘しながら、志智は前を行く亞璃須のXR650Rを見つめる。 そこには答えがわかりやすい形で示されているからだ。 後方から見るモーターサイクルは、あらゆる情報を伝えてくれる。 #mor_cy_dar
2014-03-30 21:20:33乗り手の重心移動、シフトチェンジのタイミング、さらには前後のサスペンションがどのように動いているかまで。 音も無駄な情報ではない。その大小高低は、時として驚くほど細やかにスロットルワークを伝えてくれる。 #mor_cy_dar
2014-03-30 21:20:38「ブレーキ……どうやったらあんなふうに……」 もちろんテールランプをみれば、どこで制動を始めているかもイージーに把握することができる。 #mor_cy_dar
2014-03-30 21:20:49志智が最初におどろいたのは、亞璃須が恐ろしいほど遅いタイミングでブレーキを始めていることだった。 そんなところから制動しても止まれないだろう。志智にはそう思える地点で、はじめてブレーキングをスタートする。 #mor_cy_dar
2014-03-30 21:20:59「……ぐっ!!」 本当に止まれるのか。背中をぞっとするものが走り抜けていく感覚に震えながら、志智は力を込めてブレーキレバーを握りしめる。 #mor_cy_dar
2014-03-30 21:21:10巨大なゴム紐でつなぎとめられたかのようだ。ずいぶんハードにブレーキングできたつもりだった。だが、それでも亞璃須と同じポイントからはブレーキできていないのである。 #mor_cy_dar
2014-03-30 21:21:29「と、とと……と」 車体が左右に揺れる。ぎこちなく志智がスパーダの車体を倒す頃には、亞璃須のXR650Rがあざやかなリーンを見せ、一気に遠ざかろうとしている……。 #mor_cy_dar
2014-03-30 21:21:48(本当にあいつ……上手いな……) それでも━━追いついてみせる。 幾度も。幾度も同じことを繰り返す中で、少しずつ志智のブレーキングポイントは奥へ。そして、制動距離は短くなっていった。 #mor_cy_dar
2014-03-30 21:21:58(それにしても……上達が早いですわね) まもなく三月最後の週末が来ようという金曜日。 いつものようにマシンを降りれば罵倒の言葉を浴びせつつも、亞璃須は志智のライディングが恐ろしいほどのスピードで洗練されていくことに、驚きを隠せずにいた。 #mor_cy_dar
2014-03-30 21:22:15数あるライディングテクニックの中でも、ブレーキはそう簡単に上達しないものだ。 街乗りの延長線上で可能になる急制動など、教習所のそれと大差はないし、かといってワインディングでブレーキを詰めていこうとしても、自爆事故の危険が異常に高まるだけである。 #mor_cy_dar
2014-03-30 21:22:23「……なんかむかつきますわ」 ブレーキを終え、さあコーナーに向けてバンクというタイミングでミラーを見ると、すぐ背後にスパーダのヘッドライトがあるのだ。 丸いライトは自分を背中からつつくようにそこで笑っている。 #mor_cy_dar
2014-03-30 21:22:45ミラーを見ることをやめると、少しのあいだ心の平安が訪れた。 しかし、そのうち自らのXR650Rが響かせる咆哮の中に、VTエンジンの排気音が混じっていることに亞璃須は気がついた。 #mor_cy_dar
2014-03-30 21:23:19(やっぱり……そこにいるというわけですわね) 彼女が走っているのは、まったく同じ場所である。 川野駐車場を出た第一コーナー。その場所で亞璃須の背中に食いつけるだけのブレーキングスキルを、志智は身につけてしまったのである。 #mor_cy_dar
2014-03-30 21:23:28(わたくしだって、コースでさんざん練習してここまで来たのに……) どこか相手がずるいことをしているような。自分は大金を払ったのに、隣ではコイン一枚の値段で同じものを買われたような━━ #mor_cy_dar
2014-03-30 21:23:38「ふう……どうだよ。また少しはうまくなっただろ?」 「………………志智」 川野駐車場とふるさと村の間をたっぷり二十往復はした後の夕暮れ。 あと三十分もすれば一気に暗くなってくる、そんな時間だった。 #mor_cy_dar
2014-03-30 21:24:22「なんだよ」 ああ、また何をダメだと言われるのやら。 もはやいつでもかかってこいという顔で、否定の言葉を待ち受ける志智に、亞璃須はわずかに頭を下げてこう言った。 #mor_cy_dar
2014-03-30 21:24:31「ちょっとあなたのスパーダに乗らせてもらえません?」 「はあ?」 その言葉は志智にとって、まったく予想の外だった。 #mor_cy_dar
2014-03-30 21:24:44思考が止まる。なんと反応していいか分からなくなる。 そんな時、まるで頃合いを見計らっていたかのうように、吉脇がカフェオレをそそいだ紙コップを差し出した。 #mor_cy_dar
2014-03-30 21:24:51亞璃須は当然の顔でそれを受け取り、志智は申し訳なさそうに会釈しながら右手を伸ばす。 そして、周囲にたむろするライダーたちは「なんだか今日は様子が違うぞ」という顔で、二人を見ていた。 #mor_cy_dar
2014-03-30 21:25:00(……おいおい) 口の中に広がる甘い味に安らぎを覚えながら、三鳥栖志智は必死で頭の中を整理しようとする。 #mor_cy_dar
2014-03-30 21:25:09「なんで━━」 「………………はい」 (しおらしくするなよ……) どこか弱気な顔で、上目遣いにこちらをみている亞璃須に、志智は抗しがたいものを覚えた。 #mor_cy_dar
2014-03-30 21:25:27