GDC2014報告会で川村が思ったことまとめ。改

備忘録です。 なんかもはや講演関係ないナラティブについての備忘録になりつつ。
ゲーム開発会社 ゲーム ゲーム制作者 ナラティブ ゲームデザイン gdc2014 gdc2014報告会
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企画屋@川村(ナラティブ番長) @yas_kawamura
[IGDA日本 News]GDC2014報告会【4月5日(土)12:00】東京 http://t.co/HvEhhGoxoO 本日3日の18時締切。
企画屋@川村(ナラティブ番長) @yas_kawamura
俺は何を考えて企画したらよいか、どんな仕組みにしなければならないかの部分ではスーパーバイズできるが、内容面の立案コストは無視される傾向があるのが物体づくり日本。仏作って魂不要。基本技術的か作業効率的かのスーパーバイズがあればいいんだよなあ。
企画屋@川村(ナラティブ番長) @yas_kawamura
GDC報告会、菊池さんのお話はゲーム業界で議論されるデザイン論に偏在する難問を解決していなかった。報告会のハッシュタグが分からない、、、
企画屋@川村(ナラティブ番長) @yas_kawamura
#igdaj GDC報告会での菊池さんのお話はゲーム業界に偏在するデザインの難問に対して矛盾が生じているというのは以下の論理です。
企画屋@川村(ナラティブ番長) @yas_kawamura
#igdaj リアルな感情表現が可能になり、よりエモーショナルなゲームが製作可能になった→それゆえもあるが、プレイヤーが欲しい感情表現とは乖離が生じている。押し付けられるような完成された感情表現演出とのズレ→今後のゲームはより深化した感情表現にまつわる技術や手法が求められる。
企画屋@川村(ナラティブ番長) @yas_kawamura
#igdaj この論理で行けばパラドクスが生じてしまう。菊池さんはより直接的に伝わる感情表現が求められるとも話されたが、そうするほどよりプレイヤーの感情とは乖離が進む理屈です。そしてそれはそうだ。俺が思うに、菊池さんだけではない、いまナラティブを語ろうとする人たちは誤解している。
企画屋@川村(ナラティブ番長) @yas_kawamura
#igdaj 俺がCEDECで応募したナラティブの講演内容に触れるから詳しくはかけないが、ナラティブな演出、物語はそれそのもの、プレイヤーに与えたい感情そのものを作り上げて渡してはいけないのです。それはナラティブではなくストーリーのアプローチに相当する。力点がズレてるのよ。
企画屋@川村(ナラティブ番長) @yas_kawamura
#igdaj プロシージャルやA.I.によるナラティブも、まだ足りない。何故なら作為を離れるぶんナラティブになる期待は出来るが、ナラティブになるべくしてデザインされていないのだから、意図的にナラティブになるわけじゃないのです。
企画屋@川村(ナラティブ番長) @yas_kawamura
#igdaj 俺がいま思うことの答えは、講演者のヨコオさんがズバッと言っていた。さすがです。答えであって手法ではないけど、ナラティブの答えを言っていた。ゲームデザインそのものに答えがあるわけではない、プレイヤーがなにを思うかが答えなんですよ。
企画屋@川村(ナラティブ番長) @yas_kawamura
#igdaj 誤解してはいけないのは、ナラティブイコール無作為ではないよ。これ重要。
企画屋@川村(ナラティブ番長) @yas_kawamura
今日実験的に説法して見て感じたが、いよいよ世界体験ゲーム論が完成に近づいている。
企画屋@川村(ナラティブ番長) @yas_kawamura
#igdaj プロシージャルやA.I.を利用、と言う話もあるが、作為から離れる分期待ができるというだけで、それは最良とは言えないと俺は思う。なんとなくナラティブになりやすいだけだからね。デザインはされていない。言葉はおかしいがデザイナーなら作為から意図的に離れた作為を考えるべき。
企画屋@川村(ナラティブ番長) @yas_kawamura
@s_ssk13 現実を写実したからと言って、情感が入るわけじゃないのです。まずそのアプローチでは菊池さんの話のパラドクスを解決不可能。
IDA-10(菊地麻比古) @IDA_10
@yas_kawamura 発表者です。お聞きくださり感謝です。ただ、ご指摘が僕の意図と違ってて、より進化した感情表現にまつわる技術や手法が必要というよりも、1.ユーザーが感情を表現する手法がもっと欲しい、2.体験よりも、関係のデザインが求められてるのではないか、という感じです。
IDA-10(菊地麻比古) @IDA_10
@yas_kawamura そうですね、そのとおりだと思います。そう発表したつもりでしたが伝わらなかったのはひとえに僕の力不足ですね。反省します。
IDA-10(菊地麻比古) @IDA_10
@yas_kawamura その答えの一つがKen Levineの公演だったと思います(だから触れました)。リアルな人間を再現するんじゃなくて、映画的な目的をもったパッションを基にしたキャラクターを構築したらいいんじゃないかーみたいな内容です。
IDA-10(菊地麻比古) @IDA_10
@yas_kawamura いきなりの連投失礼しました。改めて、感想ありがとうございます。とても参考になりました。今後、スライドもシェアされる予定ですので、またコメントいただければ幸いです。
企画屋@川村(ナラティブ番長) @yas_kawamura
@IDA_10 そのお話をうかがっても、ナラティブには到達したりしなかったり、つまり急所を外しているかなと思います。パッションのあるキャラ、演出ということでは無いと思います。GDCを見る限り、ナラティブについて北米は日本より迷走しています。詳しくはあのあと三宅君に伝えました。
企画屋@川村(ナラティブ番長) @yas_kawamura
@IDA_10 俺は2008年には彼らの講演に自分がこの世界に入ってから積み上げてきた世界体験ゲーム論がひらかれた思いで敬服しましたが、今年の彼のナラティブに関する講演は少しがっかりでしたね。迷走していました。
企画屋@川村(ナラティブ番長) @yas_kawamura
@IDA_10 パッションの話は得たいもの自体は妥当だと思いますが、その方法論のひとつとして示されたパラメータのやりとりで生成される仕組み自体は妥当だとは思えない。この辺については今年のCEDECの応募が通れば話します。三宅くんは俺がなにを話すか知っています。
企画屋@川村(ナラティブ番長) @yas_kawamura
#igdaj ケン・レヴィン氏が一本道の分岐のない展開をリニアナラティブで、それを求めていないと言ったようだけど、俺がバイオショックで感じたナラティブは嘘ではないし、当時彼はそのスタイルで作られたバイオショックをナラティブと言ったのだ。これは陳腐化したのか? そうじゃない。
企画屋@川村(ナラティブ番長) @yas_kawamura
#igdaj はるか昔のタイトルから我々はナラティブなゲームは受け取って来ている。ただそれは薬草を煎じて飲むようなもので、どんな原理でナラティブになったのかわからないが良かれと思って作った作品にナラティブが豊富に含まれていた訳です。経験則からナラティブはデザインされてきた。
企画屋@川村(ナラティブ番長) @yas_kawamura
#igdaj 人によって到達するための理論が千差万別し、時には怪しげなまじないのごとき論理が俺のものを含めて氾濫してきた訳ですが、少なくともゲームが一本道かどうか、自由かどうかでナラティブな物語を受け取れるかどうかに決定的な因果関係は認められないですよ。
企画屋@川村(ナラティブ番長) @yas_kawamura
#igdaj かつての名作ゲームから体験的に得てきたナラティブは嘘ではないし、廃れはしないと思う。問題はどうやったらナラティブという効能が経験則的なデザイン手法の中で何から得られたのか確定出来ていないだけです。レモンを食べたら壊血病が治る、でもビタミンは発見出来てない状態に近い。
企画屋@川村(ナラティブ番長) @yas_kawamura
#igdaj 俺は自分でビタミンに当たるものを独自研究で発見したと思いますが、それは置いておき、一本道ナラティブはある。ナラティブが押し付けではないプレイヤーの物語だというのはそう。だけど、過去に我々が感動したゲームは一本道でもあたかも自分の思いを反映したように仕込まれた、
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