モーサイダー!~Motorcycle Diary~One Year Before V~
- IngaSakimori
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モーサイダー!~Motorcycle Diary~One Year Before V~ #mor_cy_dar
2014-04-13 20:03:31「……もう、朝か」 浅い眠りに落ちては、醒めることを繰り返す。それでも時は流れ、やがて三鳥栖志智(みとす しち)は窓から差し込む朝日の光を見た。 頬のひんやりした感触とは裏腹に、右腕には暖かい体温が伝わってくる。 #mor_cy_dar
2014-04-13 20:03:52千歳がいつものようにベッドへ潜り込んできたのは、深夜の二時か三時頃だったろうか。 眠ろうとしても眠れず。それでも辛さを感じなかったのは、最愛の妹がすぐ側にいたからかもしれない。 #mor_cy_dar
2014-04-13 20:03:59「ありがとな」 「ん……おにいちゃん……」 髪を撫でると、ピンク色の唇からどこか艶っぽい響きが漏れる。 夢の中でも自分に甘えているのだろうか。あるいは、そこには自分以外もいるのだろうか。 #mor_cy_dar
2014-04-13 20:04:08(父さんと……母さんもいるのかな……) ━━千歳の安らかな寝顔を見るのも、今日が最期になるかもしれない。 そう考えたとき、志智の胸に去来したのは痛みでも悲しみでもなく、ぞっとするような冷たい暗闇だった。 #mor_cy_dar
2014-04-13 20:04:17(これでいい……俺がいなくなっても、夢で会える。 父さんと母さんもそうだ……同じことじゃないか) ━━それと引き替えに、千歳の元に遺る物の巨大さを考えるならば。 #mor_cy_dar
2014-04-13 20:04:30「今日で最期になっても……俺は、いい」 その言葉を口に出したのは、誰かに聞いてほしかったからかもしれない。だが、彼の部屋にいる者は、眠りの中にある妹だけ。他には誰もいない。 #mor_cy_dar
2014-04-13 20:04:41(明日には……俺もいなくなる) 志智はまずシャワーを浴びた。体の隅々まで、ほんの僅かな垢も残らないように洗い上げた。 #mor_cy_dar
2014-04-13 20:04:56そして千歳が起き出すと、志智は部屋の整理を始めた。いらないものはすべて捨てる。 さらには掃除をした。窓の隅まで、わずかなホコリも残らぬように磨き上げた。 #mor_cy_dar
2014-04-13 20:05:04「おにいちゃんがそんな熱心に掃除するなんて珍しいね。 やっぱり新学期だから?」 いつもの笑顔を向ける千歳に、志智は無言で右手を伸ばし、頭を撫でた。 #mor_cy_dar
2014-04-13 20:05:18午後四時半。 来たる者より去る者の方が、圧倒的に多い時間の大多磨周遊道路。 川野駐車場へ到着した三鳥栖志智を、日原院亞璃須(にっぱらいん ありす)はどこか不満げな顔で出迎えた。 #mor_cy_dar
2014-04-13 20:05:42「ごきげんよう、志智。 すこし遅刻ですわね。いつもはもう少し早いでしょうに。こちらの焦りを誘う心理作戦ですか?」 「いや、そんなことはないんだけどな」 ヘルメットを脱ぎながらそう言った志智の表情に、亞璃須はぞっとするような冷たさを感じた。 #mor_cy_dar
2014-04-13 20:05:52(なんです……これ?) 落ち着いている。それはとても落ち着いた表情と言える。 だが、何かが違う。数日前、18歳になったばかりの少女が知っている人間の表情━━そのいかなる物とも、今の志智は違った。 #mor_cy_dar
2014-04-13 20:06:04「……少し、突拍子もないことを言いますけれど」 「なんだ?」 「実はわたくしが今、眠っていて悪夢を見ているということはないですわよね? 目が覚めたら、何もかもが夢物語だったとか、そういうオチはありませんね?」 #mor_cy_dar
2014-04-13 20:06:21「そんなわけないだろ。 現実のしがらみとか、色々さ……夢みたいに、ぱっと消せるもんじゃないだろ。人間が生きていくなら、住むところも食べ物も……お金も必要だしさ」 「そうですわね。わたくしから付け加えさせていただくなら、友人と家族も必要だと思いますけれど」 #mor_cy_dar
2014-04-13 20:06:35「………………」 まるで首を横に振ろうとした━━その瞬間、思いとどまったように。 三鳥栖志智は肯定も、否定も示すことなく、ただ日原院亞璃須を見つめ返した。 #mor_cy_dar
2014-04-13 20:06:43「遅刻して悪かったな。何回か止まって、見ていたんだ」 「はい?」 「いつも走ってくる途中の道をさ……何回もバイクを止めて、見ていたんだ。 忘れないように……目に焼きつけておきたくてさ」 #mor_cy_dar
2014-04-13 20:06:54「……解せませんわね。どうしてそんなことする必要があるんです?」 「今に分かるよ」 口の端だけで志智は笑った。 亞璃須はそれが侮蔑でも企みでもなく、運命の必然を語る狂信者の微笑みに見えた。 #mor_cy_dar
2014-04-13 20:07:02「気に入りませんわね」 ━━亞璃須の意志を察したかのように、吉脇がXR650Rに火を入れる。 老紳士のキックに応えて、眠りをさましたエンデューロレーサーの心臓が、怒りの咆哮のごとき叫びをまき散らし始める。 #mor_cy_dar
2014-04-13 20:07:18「音……いつもと違わないか?」 「よく気づきましたわね。 今日は素敵な一日ですもの。あなたとわたくしが本気で競う素晴らしい一日ですもの。ですから、マシンも最高の状態で臨んであげるのが礼儀というものです」 「………………」 #mor_cy_dar
2014-04-13 20:07:30「スパークアレスター……サイレンサーだと思ってくださいな。それをレース用のものに交換してあります。 今、この状態こそが。本来、公道用ではないマシン……エンデューロレーサー、XR650R! 本当の姿ですわ」 「うっるせえ音。雷(かみなり)みたいだな」 #mor_cy_dar
2014-04-13 20:07:56「それはそれは褒め言葉をどうも」 顔をしかめて言った志智に、亞璃須は傲然と微笑んだ。 #mor_cy_dar
2014-04-13 20:08:21「勝負は下り一本です。 月夜見第一からこの川野まで……その方が排気量差が出ませんからね」 「手加減ならいらない」 「いいえ。そういうつもりはありませんわ」 #mor_cy_dar
2014-04-13 20:08:40