ケンペイ天狗「ドント・ウェイト・サマー・スターゲイザー」

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アナ・イゴール @KNPITNG

【ドント・ウェイト・サマー・スターゲイザー#1】 #ケンペイ天狗

2016-08-10 21:13:15
アナ・イゴール @KNPITNG

うだるような夏の空気が夜を満たしている。その夜は狙ったとおり重金属酸性雨の降らない夜だった。その日も首尾よくハイスクールの屋上に忍び込んだシュンジは、タオルで首筋を流れる汗を拭うと空を見上げた。街のネオンに照らされて赤みがかった黒が、空をどこまでも塗りつぶしている。 1

2016-08-10 21:16:19
アナ・イゴール @KNPITNG

ネオヨコスカで星は見えない。ただでさえ晴れが貴重な上、汚染され濁った大気と狂い咲くネオンが星の光を遮るからだ。いつもの光景にシュンジは苛立つ様子も見せず、背負った荷物から黒ずんだ天体望遠鏡を取り出すと、ところどころ窪みのある屋上の床に注意深くセットする。 2

2016-08-10 21:19:25
アナ・イゴール @KNPITNG

軸を調整し低倍率で覗きこむ。狭い視界にはやはり赤みがかった汚染された夜空。「今日は晴れだ、必ず見つかる…」シュンジは辛抱強く闇の中から光の粒を探そうとした。兄が飽きて3日で放り出した望遠鏡はあちこちガタが来ているが、シュンジの入念な修理のかいあって元々の機能を取り戻している。 3

2016-08-10 21:22:30
アナ・イゴール @KNPITNG

この少年は一体は何をしているであろうか?勘の良い読者ならばお気づきの方もいるだろう。そう、天体観測である。重篤な大気汚染に晒されたネオヨコスカにおいて天体観測は奇特な趣味だ。重金属酸性雨が降らず大気汚染濃度の低い日を選び、小さな星が1つ2つ見られる程度の成果があるかどうかだ。 4

2016-08-10 21:25:32
アナ・イゴール @KNPITNG

だが、星を生で見たことがある人は、シュンジの他にはクラスにいない。それでシュンジにとっては十分だった。殆ど友人がおらず、ラグビーも不得意なナードカーストの彼にとって、天体観測は唯一自分が何か意義深いことをしているような気分に浸れる時間だったのだ。夜の屋上は彼の唯一の城だった。5

2016-08-10 21:31:32
アナ・イゴール @KNPITNG

そして数十分後。サウナめいた大気の中で望遠鏡と格闘していたシュンジの視界に、淀んだ大気を通してぼやけた小さな光が映る。あの雲の隙間に瞬くのは……「ワオ、星だ……!」胸が高鳴る。望遠鏡の向きを合わせ倍率を上げる。星像が徐々に確かな形を結び始める。 6

2016-08-10 21:34:36
アナ・イゴール @KNPITNG

「アー……星は、イイゾ」微かながら確かに光を放つ星像にシュンジは自己実現めいた達成感を感じていた。もし彼がハイクを嗜むジョックス・バンドマンだったらちょっとしたハイクの1つも詠んで女の子達を魅了したことだろう。無論シュンジにそんなセンスは無い、ただ感嘆の溜息を漏らすだけだ。 7

2016-08-10 21:37:30
アナ・イゴール @KNPITNG

シュンジは星が好きだった。星はどれだけ周りが汚れても遠く清く輝いてそこにある。その間だけは未来のことも忘れられる。ハイスクール、センタ試験、そしてきっとマケグミサラリマン。ガールフレンドもおらず、夢も無く。ただ淡々とドブ川のように流れ続けるだけであろうこれからの自分の人生を。 8

2016-08-10 21:40:41
アナ・イゴール @KNPITNG

せめて、一緒に星を見れる相手がいれば――。そこまで考えてシュンジは思考を打ち切った。それこそ自分のようなナードには夢物語だ。女の子はそれこそ星のように沢山いる、だが星のように手が届かないのだ。彼は顔が良い訳でも口が上手いわけでもない。近づけば気味悪がられるか、笑われるか……。 9

2016-08-10 21:43:49
アナ・イゴール @KNPITNG

……そして夢の時間も終わりだ。シュンジは望遠鏡から目を離した。途端にサウナめいた空気が包み、汗が吹き出す。急激に現実に引き戻された彼は腕時計を確認する。「ヤバイヤバイヤバイ!」すでに22時を回っている。調子に乗りすぎた、宿直ガードマンが見回りする時間だ! 10

2016-08-10 21:46:35
アナ・イゴール @KNPITNG

もし警備員に見つかったら不法侵入者として棒で叩かれた上、校内掲示板に名前を貼りだされてしまうだろう。そうなれば立派なヨタモノの仲間入りだ。ダディにも怒られるし、クラスでどんな壮絶なムラハチを受けるか分からない。机に突っ伏して寝ているだけの昼休みすら許されなくなってしまう! 11

2016-08-10 21:49:14
アナ・イゴール @KNPITNG

シュンジは急いで天体望遠鏡をケースにしまうと屋上の扉を音を立てぬように閉め、校舎の真っ暗な階段を駆け下りた。ガードマンの見回りコースは把握している。鉢合わせしなくて済むのは校長室の前を通るルートだけだ。普段の玄関への最短ルートをとらず、2階の廊下でL字に曲がる! 12

2016-08-10 21:51:59
アナ・イゴール @KNPITNG

「ウワッ!」「わわっ!?」 13

2016-08-10 21:54:10
アナ・イゴール @KNPITNG

瞬間、シュンジの視界が暗転した。柱の角を掴むようにしながら廊下を曲がった瞬間、柱の影から現れた少女にぶつかったのだ。いや、ぶつかったというのは正確ではない。少女の方はニンジャめいて鮮やかにシュンジを避け、シュンジだけが転んだのだ。 14

2016-08-10 21:56:38
アナ・イゴール @KNPITNG

「いててててて……」「うわ、大丈夫?」したたかに鼻面を床に打ち付けたシュンジは涙目で少女を見上げた。溌剌としたツーサイドアップの黒髪と黒曜石のような瞳。オレンジのポロシャツ。シュンジには見覚えがある。確かクラスの……「あれ、シュンジ=サン?」目の前で黒色のスカートが揺れる。 15

2016-08-10 21:59:45
アナ・イゴール @KNPITNG

「エット……」シュンジは戸惑った。自分に手を差し伸べているのは、話したこともない同級生の少女だったのだ。確か一ヶ月くらい前に転校してきて、すぐクラスに打ち解けていた騒がしい女子。「ほら掴まって!」少女がはにかむ。「ご、ごめん!」湿度を感じる柔らかい手。甘い香り。 16

2016-08-10 22:02:55
アナ・イゴール @KNPITNG

「あ、ありがとう」「いいっていいって」当惑したままの瞬時に少女はニッと白い歯を見せて笑った。「それで、あー、転校生の……」「私?セ……あ、カワウチだよ。忘れちゃった?ひどいなぁ同級生なのに」「あ、いや。覚えてたよ。えっと、カワウチ=サン」「棒読みじゃん!絶対忘れてたでしょ!」17

2016-08-10 22:06:01
アナ・イゴール @KNPITNG

「シュンジ=サンって結構変わってるね」「え、えぇ?」黒曜石のような瞳が見つめる。シュンジは急上昇した心拍数を誤魔化すため目線を下に逸らした。オレンジ色のポロシャツ、意外と胸元が開いている。「……!」「あ、ヤバイ」思考はカワウチの声で遮られた。「警備員が来るよ!」「え!?」 18

2016-08-10 22:08:42
アナ・イゴール @KNPITNG

「ほらシュンジ=サン!ついてきて!」「う、うん!」駆け出すカワウチを追ってシュンジは全速力で廊下を走った。目の前でツインテールが揺れる。何か柑橘系の香り。「ここくぐって!近道!」何かの工事中なのか空けられた壁の穴をくぐり抜ける。「転校生なのに詳しいな!?」「すごいでしょ!」 19

2016-08-10 22:11:45
アナ・イゴール @KNPITNG

……5分後、二人は校門で座り込んでいた。「ウッヘ、すごい汗」息が切れ、心臓が弾み、夏の空気も相まって汗でシャツがびっしょりだ。そしてそれはカワウチも同じようだった。スカートにも関わらずアグラし、ポロシャツの襟をパタパタと開けて涼をとる彼女をシュンジはなるべく見ないようにした。20

2016-08-10 22:14:44
アナ・イゴール @KNPITNG

「アー……」少し手を伸ばせばそこにカワウチが座っている。シュンジは何か話かけようとして、思いつかずただ息を吐き出した。「エット」「夜はいいよねえ」「え?」独り言めいた言葉に振り返る。黒髪の少女はアグラで座ったまま夜空を見上げていた。星の無い夜空を。「夜はさ」 21

2016-08-10 22:17:52
アナ・イゴール @KNPITNG

少女は空を見上げたままシュンジに話しかけているようだった。その瞳は赤みがかった夜空よりなお黒く、深い。「シュンジ=サンも夜は好き?」「え……あ、うん」「だよねー!気が合うなあ」身を乗り出した少女は白い歯を見せて笑った。汗でより濃くなった甘い香りが鼻孔を突く。22

2016-08-10 22:20:48
アナ・イゴール @KNPITNG

「これで星空だったら最高なんだけどなー!」「え?」シュンジは目を丸くした。ネオヨコスカで産まれ育ったシュンジには、星空など本とネットの中だけの存在だ。「星空、見たことあるの?実物?」「え?あ、昔ね!あー……そう、転校前!」「スゴイ!」「そ、そうかな?」カワウチがはにかむ。 23

2016-08-10 22:23:47
アナ・イゴール @KNPITNG

「そうそう、この季節のこの時間帯なら、あのへんに三角に3つ星があってさ……」「夏の大三角形!」「あーそうそう!よく知ってるね!この時代……じゃなかった、ネオヨコスカでは知ってる人殆どいないのに!」「そ、それほどでも、あはは」「じゃあ知ってる?あのへんにある星でさー……」 24

2016-08-10 22:26:49