不知火に落ち度はない その13

yamoto @yamoto

「……不知火は不満です」 「そうぶーたれるなよ。リフレッシュだと思え」 現在道路を軍用車で50kmキープ中。 俺の隣でスマホを弄っていた不知火がそうぼやく。 ラジオが流す本日の深海棲艦指数は３４。 頻繁にスマホで見るほどは、心配要らない程度なのにな。 #不知火に落ち度はない

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なお、留守中の電話番担当はメスゴリラと陽炎。 どっちもちょっとした『頼み方』で引き受けてくれた。 多分あの二人ならそれなりに回してくれると期待したい。 要求された土産は、それぞれチョコとジャーキー。 どっちも酒のつまみで買える奴だ。 #不知火に落ち度はない

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「それで、司令。今日はどこに行くのですか」 「ブティックじゃねえことは確かだな」 今日の不知火の外出着は紺色ワンピ。 ちっこい身体に良く似合うデザインの品物だ。 脇の所が大きく開いており──おっと。 不知火が視線に気づいたのか、ふっと笑いやがった。 #不知火に落ち度はない

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「司令はこういうの、好きなのね」 「似合ってるって思っただけだ」 「……。そう」 「ん、どうした？」 「言われたの、初めてな気がしたわ」 おいおい。いくらなんでもそりゃねえよ。 何度か似合ってるって言ってるはずだ。 BGMはアンバランス。うっせ黙れ。 #不知火に落ち度はない

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「でも、不知火は不満です」 「何がだよ」 「長門さんが司令室にいるのが」 長門そこまで苦手かお前。 まあ、性能で上回る相手にいられると落ち着かないのかもな。 「なら、次から長門を誘う──あで」 ちょっと不知火、それやめろ。 俺の脇腹を指で突くな。 #不知火に落ち度はない

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そうして車はたどり着く。 商店街の近くにある一件の古びた店の前に。 「……司令？」 お、さっそく疑問があるか。不知火。 「何の真似でしょうかこれは」 「さて、何だろな」 看板にはでかでか書いてある。 『ぎ な う』 ひらがなだと気づかれるか。 #不知火に落ち度はない

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「飯だよ」 「……お断りします」 不知火の機嫌は急降下。 零戦の木の葉落としも真っ青な勢いだ。 いや、うん。 第一反応はそんなもんだろう。 だが、不知火には知って欲しいという親心的なサムシングがあるのだ。 この反応が見たかったのもあるけどな。 #不知火に落ち度はない

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「ちーす」 横引きのドアを開けると、ねじりはちまきご老体がいる。 御年80。もうとっくに現役引退した、鰻屋のじいさんである。 「へいらっしぇえ若旦那。そちらは──拾い猫？」 「部下です」 俺に抱えられて抵抗してる不知火。 そう見えても仕方ない。 #不知火に落ち度はない

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「正気とは思えません」 ぶちぶちぶち 「ゲテモノ趣味を不知火に押しつけないでください」 ぶちぶちぶちぶち 不機嫌大絶頂の不知火ここにあり。 普段愚痴をほとんど言わないこいつがここまでいうのはレア過ぎた。 よっぽどうなぎヘイトが溜まってるご様子。 #不知火に落ち度はない

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「じゃあ、ちょっといい話をしてやろう。お前の言ってたイクシオトキシンについてだ」 「……聞く気にならないですが、どうぞご勝手に」 「あれな、50度以上の加熱を5分以上加えたら毒性が消えるんだよ」 「……え？」 これはネットの受け売りだけどな。 #不知火に落ち度はない

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「ついでだ。鮮やかな職人芸、見せて貰わないか？」 「うなぎの解体ショーですか？」 そこは熟練の手さばきって言ってやれよ。 「ちょいと見せて貰うよ」 「へえ、若旦那。そっちのお嬢ちゃんにはきっついんじゃ？」 「不知火は遠慮します」 「見たいってさ」 #不知火に落ち度はない

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「……蠢いてますね」 嫌悪感むきだしの不知火の前で、うなぎが板に置かれる。 すこん、と目打ちをする瞬間、不知火が身を一瞬跳ねさせた。 「……生きてる」 「うなぎは生命力強いからな」 鮮やかな手つきで捌いていく様子に、化物でも見る目になっている。 #不知火に落ち度はない

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「司令。頭が切り離されてます」 「そうな。ああやって骨を取るんだが」 びーっと剥がされていく骨。 アレ揚げると旨いんだよな。 「おかしいです。脳がないのに身体が動いてます」 「しぶといからな。筋肉だけで動くんだよ」 実にイキがいい。 #不知火に落ち度はない

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「大将、どこの奴？」 「そりゃ川のですわ。輸入もんはもう入らんですしな」 「取れるんだ」 「へえ。争ってるのは人間ばかりで、うなぎにゃ関係ないみてえで」 そりゃよかった。 「どうだ。うまそうだろ？」 「うなされそうです」 不知火の顔はやや青かった。 #不知火に落ち度はない

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その後、串を刺して焼き始める。 脂の乗った良い匂いが漂い出す。 うん、うなぎってのはこうじゃなくちゃね。 どうよ不知火。 「ほとんど蛇を食べるときの調理法ですね」 うなぎだっつの。 かばやきだっつの。 ありがたがる食い物だっつの。 #不知火に落ち度はない

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「どれぐらいで焼き上がるんですか？」 「この後蒸しを入れて2，30分って所かな」 「は？」 あ、半眼になりやがった。 風情のわからんやつである。 「うなぎっつうのはそういうもん。待ってくつろぐのも飯のうちだよ」 「信じられません……」 #不知火に落ち度はない

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「若旦那。白焼き2本いっときます？」 「すまんね、大将。お願いするわ」 やっべ気遣われた。 「若ぇ子にゃ待てってのは酷な話ですぜ」 びっ、びっと音を立てながら速やかに捌かれていく2匹のうなぎ。 不知火の不機嫌度急上昇。顔色はブルーである。 #不知火に落ち度はない

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「本意ではありませんが、30分も待つなら先に予約を入れておくべきでは？」 「お前はわかってねーな」 そういう文化なの、文化。 さばきたてを一から作ってもらう間、客は酒でも飲んで楽しみに待つのがいいんだ。 ファストフード世代の弊害、ここにあり。 #不知火に落ち度はない

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「若旦那も初めは随分退屈そうにしてたじゃありゃせんか？」 「お、どうも。大将、そりゃねえよ」 目の前に置かれた白焼きって──随分早くねえ？ 先に焼いてた奴をそのまんま持ってきてくれてたわけか。 ほんと大将の気遣いには感謝しかねえな。 #不知火に落ち度はない

yamoto @yamoto

「じゃ、もうちょい待っててくださいな、お嬢さん」 「……はい」 むす、としてるが流石に棘は出せないか。 今日は色々面白いものが見えるな。 ゲテモノと言い切ってばつが悪いのだろう。 「これはどうやって食べるのですか？」 ふふふ。俺にそれを聞くか。 #不知火に落ち度はない

yamoto @yamoto

「ついてる柚子塩ふっても良いし、ワサビと醤油でもいい」 「下地、着いてないんですか？」 ええい。あーだこーだと。お前は子供ですか。 あ、すまん。子供だった。 「って、痛て。なにすんだお前」 「子供扱いされた気になったのでつい」 また脇腹狙いである。 #不知火に落ち度はない

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ともかく、不知火はその言葉に半信半疑で、塩をぱらぱらかける。 そして箸で摘んで、一口目を口に。 「……」 お、目を丸くしたな。 「どうだ？」 「もっと生臭くて苦みのあるものかと思いました」 もむもむと、頬張りながら言うわけで。 気に入ったな。 #不知火に落ち度はない

yamoto @yamoto

一度餌付けさえ済んでしまえば、こっちのモンだ。 このハムスター状態な不知火は、ちまちまと食べる他ない。 「気に入ったか？」 「……」 まむまむまむ 不知火は答えない。 今こいつ葛藤してるな。 ホラー映画の人間喰ってるアレと比較してるんだ。 #不知火に落ち度はない

yamoto @yamoto

まあ俺も間違った知識から入ったら、こんな反応かもな。 生臭いのを少々覚悟するのも仕方ない。 では、俺も塩をかけて一口。 ああ。 うん。 じゅわっと脂が出てきて、これはたまらん。 ちょいっとワサビをのっけてさらに旨い。 酒もってこーい。 #不知火に落ち度はない

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いらんことを言う必要はない。 目の前の捕食モードに入った不知火は、このまま20分ぐらい平気で待てる。 『最初からそうしてお上げなさいな』 などと焼いてる大将が目で言ってる。 お孫さん元気っすか、大将。 最近孫離れされたって耳にしたけど。 #不知火に落ち度はない