「フラワー、サン、アンド・レイン」#2 ――『ニンジャスレイヤー』二次創作小説

サイバーパンクニンジャ活劇『ニンジャスレイヤー』(@NJSLYR )の二次創作小説です。 第一回(http://togetter.com/li/705461 ) 第二回(このまとめ) 第三回(http://togetter.com/li/734011 )
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うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

「ごゆっくり」アタッシェケースを下げた影がカウンターを離れた。「ソウカイヤの動き、分かり次第連絡する」「楽しみにしているよ」耐酸性ハットを持った片手を上げて、出て行くブランド耐酸性コートの背中を、無口なバーテンダーだけが、オジギで見送った。 44

2014-09-24 22:35:45
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

トコシマ地区、カミオンナ・ストリート。駅前の繁華街を抜けたところにあるビジネスホテル「イワト」の六階エレベーターホールに、彼は辿り着いた。ホールの窓から見える外は雨、その雨につい先程まで濡れていたブランド耐酸性コートからは、今も毒のしずくが滴っている。 46

2014-09-24 22:40:27
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

コートの裾、そして左手に下げたアタッシェケースから滴る重金属酸性雨を、足音とともに絨毯に染み込ませながら、彼はエレベーターを背に真っ直ぐに続く廊下を歩いた。微かな雨音だけが響くホテルは、空調が効いていて快適だった。 46

2014-09-24 22:43:23
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

廊下の突き当りは丁字路になっており、左右に一室ずつ、向かい合わせになっている。彼は右手の「606」と書かれた扉に向かった。コートのポケットから取り出したカードキーをノブに読み取らせ、ランプが色を変えたのを確認してから、戻した手でポケットの中のスティックをスイッチした。 47

2014-09-24 22:46:32
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

スティック型電磁キーが、扉の内側に彼が取り付けた電磁ロックを解除する。そうしてから、彼は屈み込み、扉の下部に張り渡した透明な糸を確認した。オーセンティックなビジネスホテルの奥ゆかしい照明の下でも、彼の知覚は己の糸を見定める。糸はそのままだった。彼は入室した。 48

2014-09-24 22:49:21
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

雨音だけが響く部屋に、オートロックが戻る音を聞く。取り付け式電磁ロックをかけ直してから、彼は靴を脱いで部屋に踏み出した。ハメ殺しの窓からカーテン越しに届く、眠らない街の青い光、それに紛れた、足首の位置に張り渡した糸を避け、テーブルにたどり着く。 49

2014-09-24 22:52:11
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

アタッシェケースを置き、窓際のコートハンガーにコートを吊るし、帽子をかけた。ビジネススーツのまま、後ろに倒れこんだ。馴染みのある体臭の染み付いたフートンが彼を受け止める。天井を見上げ、長く息を吐いた。……このビジネスホテルが、彼、ブラックヘイズのここ一週間のねぐらであった。 50

2014-09-24 22:55:20
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

……前回の仕事が不本意な結末に終わり、彼はそれまで三ヶ月住んでいたホテルを引き払った。そういう習性が彼にはあった。モージョーといってもよかった。納得の行かない仕事の後にはねぐらを変える。独り立ちしてからずっと続けてきたことだ。 51

2014-09-24 22:58:22
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

枕を求めて手を伸ばしかけ、思い直してその腕を頭の下に敷いた。再び闇に目を凝らす。見つめ返す闇はソードモンガーの瞳だった。一週間前は敵、今はとりあえず、味方。対峙した時の言動から、ワザマエも立ちふるまいも、この仕事が終わるまで、信用がおけると考えてよい。 52

2014-09-24 23:02:23
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

((それに……))と、彼はバーでの一件を思い出した。((まさか、好意を持たれているとは))ソードモンガーの指摘、彼のヘイズ・ネットの弱点は、独り立ちしてからの長い課題でもあった。変更するまでもないという考えがある反面、指摘が二度である以上、そろそろ取り組む潮時とも思えた。 53

2014-09-24 23:06:08
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

彼はスーツの胸ポケットからIRC通信機を取り出した。登録されている連絡先は二つだけ。一つはエージェント、もうひとつはセンセイだ。少し考えて、エージェントをコールした。ビジネス確定の連絡をするためと、センセイに連絡を取るのを諦めるためだった。 54

2014-09-24 23:09:48
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

……相手は出なかった。彼はフートンから起き上がり、テーブルへ向かった。椅子を引き出し、ジャケットをかけると、ベストのポケットから葉巻とライターを取り出した。暗闇に炎が踊り、紫煙がサイバー都市のネオン光に投げたマキモノめいて展開した。……その時。 55

2014-09-24 23:12:57
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

低い唸りが窓際でした。彼は立ち上がった。音の位置はすぐに知れた。コートのポケットに手を入れ、取り出した見慣れないIRC通信機を睨む。表示された相手の名前に、しばし考えこんだ。……窓際を離れ、トラップ糸をまたぎ越し、バスルームに入ってから、通話を開始した。「なにか?」 56

2014-09-24 23:15:41
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

IRC通信機から聞こえてきたのは、予想に反して静かな雨音だけだった。「……なんの用かね」彼は言った。『……』深く息を吸う音がした。彼は訝しんだ。仕事に関することで、深呼吸を要する内容などあろうか。「アドレス違いじゃないのか」彼はあえてそう言った。『違うわ』女が応えた。 57

2014-09-24 23:21:45
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

「身の上相談が必要なら、他をあたるといい」彼は言った。「そっちの免許はカイデンじゃないんでね」『仕事の話よ』女はため息混じりにそう言った。『あなただけに頼みたい仕事があるの』「マンダ=サンを通してくれ」彼はエージェントの名を告げた。「彼とのビズはフェアにやりたいんでね」 58

2014-09-24 23:24:35
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

『……気に入ってくれたでしょう』女が、彼の言葉を遮って言った。「何を?」彼は訊ねた。『ウメノカ……』それきり女は黙った。沈黙と、その輪郭を為す雨音が彼の耳に届いた。「よかろう」彼は言った。「612号室だ」『ありがとう』女は言った。通話が切れた。 59

2014-09-24 23:28:09
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

……十五分後。「イワト」612号室の扉が叩かれた。男が出ると、奥ゆかしいビジネスホテルの灯りに照らされ、女は濡れそぼったイチリンザシとなってそこにいた。「寒いわ」女が男の目を見て言った。「このままじゃ、話せない」「暖めれば香るかね」男が言った。「そうよ」女が言った。 60

2014-09-24 23:55:25
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

言い終えるや否や、男の胸に、女の体が飛び込んできた。男の頬をくすぐる、濡れた髪からは、早くもウメノカの奥ゆかしい香りが立ち上っていた。  61

2014-09-24 23:36:11