『……ぼくは、いつものシャオの方が好きですけど』一人取り残された執事は解凍してしまったメインディッシュの肉を前に一人ぼやくように呟いた。
2015-02-15 22:47:44その後色々あって……まぁ、主に海に飛び込んだわたしたちを救助してくれた船員さんにこってりがっつり叱り飛ばされた後、ヴィゴと二人並んで毛布に包まって救護室の小さなストーブにあたっていた。だって知らなかったんだもの。夜の海があんなに冷たくて波が激しいなんて。
2015-06-24 21:43:58すぐにヴィゴが後追って沈まないように支えてくれていなかったらと思うと、今回ばかりは少し無茶をし過ぎたかもしれない。『なぁに、そんなに見つめられルと照れちゃウ♡』「べ、別に見つめてた訳じゃ…」相変わらずな様子の相手にほっとするところなのか悩ましい。
2015-06-24 21:48:24『もっとコッチにおいで。大丈夫、なにもしないヨ』もう充分に近い距離なのだけど、なんとなく引け目を感じて相手がポンポンと叩いて促す片膝の上におずおずと座った。そのまま毛布ごと包み込まれてしまえば滑稽な一つの塊ができ上がる。『ホラ、コッチの方があったかい』
2015-06-24 21:51:21「……怒ってないの?」『どうしテ?』不安気に見上げれば、ヴィゴは心底不思議そうに首を傾げた。『まぁ、まさか海に飛び込むなんテ思ってなかったカラ、ボク本当にビックリしちゃっタ!っていうカ、そんなにボクとキスするの嫌だっタ?』くすくすと可笑しそうに笑う相手にまた胸がきゅんとする。
2015-06-24 21:55:58「……笑わないで聞いてくれる?」『うん?』ヴィゴの濡れた前髪から雫が一粒落ちて、それを合図に、わたしはまとまらない胸の内を打ち明けることを決めた。
2015-06-24 22:00:25「わたしね、前に仲の良かった男の子から求婚されたことがあるの。わたしのことが好きだから、結婚しようって。今になってみればとても光栄なことだったように思うけど、わたし、その言葉を聞いた時とても怖かったの」『どうしテ?仲の良い人だったんでショ、嬉しくなかっタ?』
2015-06-24 22:01:58「そうね、嬉しかったんだと思う。だけどそれ以上に悲しくて、苦しくて。何故だかわからないけれど無性に悔しくなったの」頬を赤らめて好意を伝えてくれたことは嬉しいはずなのに、正反対の気持ちがぐるぐると胸を占めてわたしはただ戸惑っていた。
2015-06-24 22:05:47「自分でもどうしてこんな気持ちになるのかわからないんだもの、うまく説明できるはずもないじゃない。それでわたし逃げだしちゃって、結局その子とはそれっきり」『アハ、なにソレ』「ほんと、可笑しいわよね」
2015-06-24 22:08:33くすくすとヴィゴが笑う。こんな話をもしクリスに聞かれて同じように笑われでもしたら腸が煮え繰り返るような思いだけれども、優しい翠の宝石の前ではそんな気は少しも起こらなかった。
2015-06-24 22:09:23首を振ることはしなかった。縦にも、横にも。 代わりに、ただただ気遣いを含むその眼を真っ直ぐに見つめる。 「わたし、ヴィゴが好きよ」
2015-06-24 22:16:43「一緒にいると心臓が壊れそうなくらいドキドキして、少しも自分らしく居られなくて嫌なのに、もっと一緒にいたいって、もっとあなたのことを知りたいって思ってしまうの。これって、ヴィゴが好きってことでしょう?」
2015-06-24 22:19:54静かに話を聞いていたヴィゴは嬉しそうに瞳を緩めた。 「だけどね、やっぱりさっきはとても怖かったの。今までよりずっとドキドキして、くすぐったくて、嬉しいはずなのに……なんだか違ったの」
2015-06-24 22:22:44いま此処でヴィゴとキスをしたら、それだけでは済まないことくらいわたしにだってわかる。そう意識したら、あの時みたいに苦しくて、怖くって。わたしはこんなことを望んでいたんだろうかって不思議になって そして気がついた。
2015-06-24 22:25:42「誰構わず愛想が良くて、みんなに慕われているヴィゴが好き。今日だって誰構わず焼いたお節介のせいで困ったことになったのに、結局それさえ楽しんでしまうヴィゴが好きだわ。そんなあなただからもっと一緒にいたいって、もっとあなたを知りたいって思うの」
2015-06-24 22:31:59そうだ。求婚されたあの時もわたしは確かに相手のことが好きだったのだ。だけどわたしの"好き"はとても幼くて、相手が求めている"好き"との差異を思い知らされたら、わたしはとても怖くなってしまったのだ。わたしはただ一緒に居られるだけでこんなにも幸せなのに、相手は違うのだと。
2015-06-24 22:35:03結婚するってどういうこと?恋人になるって?ただ笑ってお話をして、手を繋いで、たまに喧嘩をして、だけどいつまでも一緒の時間を共有したいって、それだけじゃいけないの?
2015-06-24 22:36:25そんな絵本の中のおとぎ話みたいなわたしの拙い"好き"が情けなくて、悲しくて、だけど彼らみたいに大人のふりもできないことが堪らなく悔しくて、怖かったのだ。
2015-06-24 22:38:02「わたしはきっと、わたしが思っているよりもずっと子供なんだわ。つま先に力を入れればヒールは履けるけど、そんなに簡単に大人にはなれないわ」
2015-06-24 22:41:35